第12話 本当に伝言係
ガタゴトと揺られて、なだらかな坂道を登っていく。
牛が引く牛車の乗り心地はそれほど悪くなかった。
牛といっても闘牛のような引き締まった筋肉と角を持つ巨大な牛だ。
そんな牛が二頭ひいている牛車に乗って、俺たちは次の儀式の場所まで向かっていた。
周囲には耳がひげのように後ろに流れており、黒い毛並みを持つ狼に似た獣が一緒に歩いていた。
その上には人が乗っており、護衛をしていた。
あの狼、めちゃくちゃかっこいい。何て名前の獣だろう。
ニーラ・ヤーラ達も楽しそうに黒い狼に乗っていた。
いたずらするなよ。
俺がそういうことを思うと、ニーラ・ヤーラ達はオオカミの耳をふわふわと浮かせた。
はぁ…。
俺たちは今、風間山の麓から少し登ったところにある『精霊の輪』という場所に向かっていた。
これから行う儀式の場所へと向かっているのだ。
向かっているのは俺たちだけじゃない。牛舎に備え付けられている窓から後ろを覗くと、大小さまざまな牛が歩いているのが見えた。
荷物を載せたり、人をのせたり、後ろに車を引かせているのもある。
荷物の中にちらりと見えるのは種か何かだろうか?
「結構いろんな人が儀式に来るのですね」
「ええ、各地の有力者が新たな年の挨拶に訪れるの。この地に住む風の大精霊様とこの地を治める風間遊家にね」
ほう。
これだけの人が挨拶に来る家か。
なんか傾いている家かと思ったら、そうでもないらしい。
「皆大精霊様を信仰しているんですね」
「そうね。ここら辺の人たちは皆そうだわ。風間山におわす精霊様は歴史も長いようだし」
牛車の中には俺とかぐや、それに風告が乗っていた。
公的な儀式なので行くときは家族一緒で行くものらしい。
「あれらは何ですか?」
俺は先ほど見た彼らが運んできている荷物を見ていった。
量は多くないが気になる。
「あれらは今年植える農業の籾だねの一部よ。今年も無事に育ちますようにって、精霊に奉納したり、加護をいただいたりするの。他にも精霊が好みそうなものとかも捧げものにするよ」
「へー」
奉納。神社みたく、精霊に捧げるというわけか。
神秘的な存在として扱われているんだな。
…まぁ、俺はそういった捧げものがどのように扱われているのかをユリカからすでに聞いているのだが。
ただ、それら奉納がこうした文化になって何代も続いているのを見ると、ちょっとおもしろいな。
俺と母親が会話を続けていると、その姿を父親がいぶかしげな表情でじっと見ていた。
「どうしました?」
「随分と…。」
「なんです? 風告様」
「…なんでもない」
母親が威圧しているのか、風告はいいづらそうな表情をしてそのまま何も言わなかった。
何だろう? 何かあったのかな?
『精霊の輪』
大昔にここで風の大精霊と最初の精霊術師が邂逅したといわれる場所。
そこでは儀式の準備が進められていた。
山の中にある大きな広間であり、木造の壁や布が敷かれて飾り立ててあった。
風の精霊の儀式はよく外で行われるらしい。
まだ開始の時刻ではないのか集まっている人は方々に挨拶したり、座り込んで雑談に興じていた。
広場の奥の方に一段高い木造の台があり、そこに捧げものが山のように積まれていた。
捧げもの、めっちゃ雑におかれている。これが精霊スタイルか…。
目の前の雑さにあきれていると、付近に見覚えのある姿があることに気づいた。
緑色の光をまとったユリカだ。
その隣には狐がいる。
鮮やかな緑と黄色の毛並みを持つ人の背丈よりは低いくらいの狐のような生き物だ。
こちらは、精霊ではないようだ。
霊力の光はあるのだけれど精霊という感じがしない。実体がある。
その狐にユリカが話しかけていた。
あれが噂の精霊獣の風月狐か。
ユリカいわくあまり話を理解しない精霊獣らしい。
だが彼女の話を聞く限り、ユリカに振り回されてめちゃくちゃ苦労してそうな伝言係となっている獣だ。
その風月狐隣に分家の凪麦がいた。近くには妻と那奈もいる。
凪麦は精霊眼を持っていないためにユリカが見えないが、何となくそこにいるのがわかるようで神妙な顔をして風月狐に話しかけていた。
風月狐はユリカを見たり、凪麦を見たりと忙しそうにして、そして何かを伝えようといろんな風に体を動かしていた。
めちゃくちゃ必死な様子が伝わる。
あー。ああやって精霊の言葉を伝えてるんだなぁ。本当に伝言係。
ボディーランゲージによる伝言ゲーム。一回で伝達ミスが起きる自信がある。
…めっちゃ苦労してそう。ご愁傷様。
しかし、狸が狐に命令していると思うとちょっとおもろいな。
この世界にうどんや蕎麦ってあるんだろうか?
「さて自由よ。来なさい」
「?」
ユリカや風月狐達の様子を見ていると、父の風告に話しかけられた。
何だろう。
初めて父親に名前を呼ばれた気がする。
今日決められたから当たり前だが、違和感がすごいな。
父親についていくと、『精霊の輪』の広間の奥の方にある一段高い台のところに連れていかれた。
捧げものが置かれている場所だ。
「これらは皆が運んできた大精霊様に捧げる品々だ。…また去年より増えているな」
そういって少し嫌そうな顔を父親は見せた。増えるのはよくないのか?
精霊術師なら、精霊への奉納品が増えるのは嬉しそうな気がするが。
「ごちゃごちゃです」
「大精霊様はどうせ奉納品で遊ぶからな。祝福を受けるための品は別においてあるから、これで問題ない」
問題ないらしい。確かに精霊は遊びがちだ。
俺は自分についている精霊や、先ほどの大精霊のユリカを思い出すと納得した。
そういえば乱雑か整理整頓されていることの違いを気にするようなのは、ムサシくらいか?
「そこから適当にいくつか葉っぱをつまんで、この皿の上に起きなさい」
父親は脇に置いてあった皿を手に取って、そこに置くように指示した。
俺はそこに適当につかんだものを置くと、父はまたついてくるように言った。
人目のない会場のわきに連れてかれる。
「あちらを向いて座りなさい」
俺が座ると、目の前に皿が置かれて、そして唐突に髪を切られた。
「え?」
「これを手に」
そして、少しだけ切られた髪を手のひらの上に置かれる。
ちょうど白色と緑色の混じった部分の髪を切られた。
ああ、俺の貴重な緑髪が。
「私に続いて言いなさい。『精霊よ、髪と霊力を対価に、これを浮かせよ』」
これが精霊術だろうか。そんな命令口調なんだな。
精霊を使役すると考えるとそういうものだろうか。
俺には精霊が見えていて、友達感覚でいたからなんか違和感があるな。
「精霊よ、我が髪と霊力を対価に、これを浮かせよ」
いうと、ニーラ・ヤーラがちょっと不満げに捧げものを浮かせた。
不機嫌だからちょびっとだ。
そして怒ったように頬をつまんでくる。
痛いからやめてくれ。
やっぱ命令されるのは嫌いらしい。それとも名前を呼ばなかったからか?
好みの問題かな?
精霊にも多分そういう適正というか性格があるんじゃないかな。
ニーラ・ヤーラ達は自由気ままだから命令とか嫌いそうなんだよな。
ムサシとかは命令された方が気楽そう。どうなんだろう。
そしてニーラヤーラ達が髪を緑色の光に変えていき、そのままニーラ・ヤーラ達に吸い込まれていく。
触媒ってこれのことか。
なるほど。
だから加護検めの儀の時に髪の色のことを気にしてたんだな。
確かに触媒が髪なら、あれだけ神経質に気にしていてもおかしくない。
「ふむ。いいだろう」
父親の風告が満足したようにいった。
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