第5話 ライダーキックとかかと落としは確かにおかしい。
「あら、あなた美味しそうな匂いしてるわね」
声が聞こえて、頭を横に向けるとそこには全身が緑色に光っている少女がいた。
狸の獣人だろうか。獣人というと獣ベースの人間か、人間ベースの獣がいるが、この少女はどちらかというと人間ベースに獣の特徴を付けたような感じだ。
頭には茶色い狸の耳が緑色の髪からチョンとでている。
緑色の瞳を持つ目の周辺には黒っぽく濃いアイシャドーがあり、そこで狸に見える。
背は小学生から中学生の間くらいで、大人には届かないくらいだ。
服装は明らかに軽装と呼べるような、気軽に着れそうで甚平のようなものだが、ところどころに装飾されている彩や飾りから高級品だとわかる。
そして全身が薄い。薄いというか透き通っているように見える。人間のように見えるが、精霊なのかな?
いや、獣人だからもともと人間じゃないか。
ただ、いやな感じはしなかった。あの怪物のような雰囲気はどこにもない。
だから俺は見知らぬ人が目の前にいても落ち着いていた。
「あうー」
(誰だろう?)
「あら、あなた私が見えてるのね。子供にしても目がいいわね」
最初は俺の手を見ていたその少女は、今度は俺の目を覗いてきた。
じーっと、透き通るような少女に、というか本当に透き通っている? やっぱ精霊じゃないか。
「へえ。これ、もう少しで精霊眼に行きそうね。すごいわね。」
「せーれーがー?」
「そう、精霊眼よ。って、あれ? あなた声も聞こえるの?」
「うん」
「まぁ、珍しい」
そういう少女は目を丸くしてこちらを見る。
精霊眼っていうのは精霊が見えることとだろう。子供にしてもっていうことは子供で見れる人は多いんだろうな。
しゃべることができるというのはよくわからない。この少女が最初に話した精霊だしな。
「あなた、名前はなんていうの?」
「・・・めくす」
「目糞って。 ああ、そうか。まだ幼名の時期か」
精霊少女は俺の名前を聞いた時に半笑いだったが、そういえばと顔に手を当てた。
「よーみょー?」
「そう、幼名。精霊術師を輩出する家では、三歳まではそういった人が触れたくないものの名前を付けることが多いの。そうすることで悪いものが寄り付かないようにっていう願掛けよ。まぁ、あまり効果はないのだけれど」
幼名なのかこれ。だとすると、あとで別の名前になるってことか。
よかった。一生メクソさんは嫌だった。
「このまま成長すれば精霊眼も持てそうだし、私の言っていることもわかるし、それにこれだけ精霊に愛されているし、次代の風間遊(カザマユ)家は有望ね。一時はどうなることかと思ったけど、よかったわ。それに、このこなら…。」
といって、精霊少女は考えに集中していった。
その会話の間、並んでいた残りの精霊達は俺の指をたびたび突っついて霊力を催促していた。物理的に突っついているわけじゃないのだが、なんとなく見なくてもそうしているというのがわかる。
すでにもらって霊力を綿あめのように食べている精霊たちは、この少女に興味があるのか、俺の頭や肩の上に乗りながら少女を見ていた。
ただ、ニーラ・ヤーラは早々に食べきって精霊少女の髪や服を引っ張ったりして遊んでいた。他にも緑色の光を持つ精霊たちは似たように彼女の周りでいたずらしたりしていた。
少女の方はそれらの精霊を気にせずにこちらを見ている。普段から精霊はあんな感じで遊んでいるのかな?
精霊たちがせっつくので、再び霊力を出すことにした。今は茶色の光を持つゴブローに茶色の霊力を出した。ちなみにオガローは今日は来ていない。
ゴブローは霊力をもらうとうれしかったのか勢いよく走り回り、そしてこけて霊力綿あめに顔から突っ込んでいた。
「それ、私ももらっていい?」
霊力に興味を持ったのか、精霊少女がねだってきた。別に構わない。
俺が霊力綿あめを準備しようとすると、少女が痛そうにした。
「いたっ! え? なに?」
彼女が足元を見ると、ムサシが少女の足をたたいて、精霊たちが作った列の最後を示していた。
ムサシ的には、相手がどんな相手だろうと皆平等に並ばないといけないらしい。
「ならぶって~」
「並ぶ? 私も並ばないともらえないの?」
「うん」
「私これでもこの山の主なんだけど…。なんで小精霊が私に逆らうのかしら…」
といってムサシを見るが、ムサシは動じずに列の最後を指さした。
精霊少女についているニーラ・ヤーラはムサシにアッカンベーしていた。それでもムサシはぶれなかった。
「これだから鉄の精霊は…。まぁいいか」
と言って精霊たちの後ろに並んだ。優しい精霊なのかもしれない。
とはいえ今日も精霊はたくさんいるから、俺の霊力持つかなぁ。せっかくだから彼女にも霊力を食べてもらいたいから、あそこまで霊力が持たさねば。
というか山の主ってなんだろう。近くに山でもあるのか? 部屋から出たことないからわからない。
考えるのはそこそこに、俺は霊力が最後まで持つようにこっそり一人一人に渡す霊力の量を減らしていく。
だがそれでもいっぱいいっぱいだった。彼女がたどり着くころには俺の体はへとへとだった。
「あなた、大丈夫?」
「だいじょ~びぃ」
「全然、大丈夫じゃないわね。悪霊じゃあるまいし、また今度でいいわ。その時に食べさせてね」
といって、精霊少女は俺に向かって手をふるうと、緑色の光が俺の体を包んでふわりと持ち上げて寝台へと連れて行った。
精霊ってこういうこともできるんだな。いや、本来の精霊はこういうことをしてくれるのかもしれない。俺が見てきた光景が特殊なだけで。
ヒーローショーとして楽しんでいたが、ライダーキックとかかと落としは確かにおかしい。
正直、ハイハイするのもきつかったから助かった。ああ、いかん。疲れたら眠気がやってきた。
「あ、そうだ。用事があるんだった。結界が緩んでるから直してって言いにいかないと」
そういって、少女は緑色の風に変化してどこかへといってしまった。
あの精霊少女、何だったんだろう…。 名前、そういえば聞いてない。
そんな考えと共に、俺は眠りについた。
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