第3話 ライダーキックでぶっ飛ばす

それは不気味な色をした何かだった。

3,4種類の様々な生物をルールなく混ぜ合わせたような姿をしていた。


目が4つあり、腕が8つあり、足が4本。けど歩かず、体を引きずるようにしている。ときどき、何か高いのか低いのかよくわからない音を出していた。

そして何か臭う。何の臭いかはわからないが、少なくともいい臭いではないのは明らかだ。


とにかく不気味なソレ、怪物は何かを嗅ぐようなしぐさをしつつ、周辺を探っている。


その動き一つ一つが気味悪く、体中がぞわぞわした。

どこか生理的に受け付けない感覚が心臓から湧き出てきて、触れたくない。


本能から、あの不気味な怪物を恐れていた。


恐怖が胸の奥底から徐々に湧き出てきて体中をぐるりぐるりと巡り、俺の感情を支配していく。

やがて目から涙が出てくるが、すんでのところで泣くのを抑えた。


今、声を上げてはだめだ。

本能の感情を、紙切れほどしかないわずかな理性で囲う。


だが、心臓にある霊力が全身から漏れ出るのを抑えることはできなかった。

疲れた体にまだあった霊力が少しずつ出ていくのを感じる。


するとそれの匂いを感じ取ったかのように、不気味な怪物はこちらを見た。

4つの目をこちらに向けて、足を動かしてこちらに向かってきた。


やばいやばいやばい!


こらえていた恐怖が決壊し、感情的に泣いてしまった。


「オギャアアアアアア!!! オギャアアアア!!!」


泣き声が聞こえる。自分の泣き声が体を震わせているのを感じる。

ひたすらに誰かを呼ぶように泣き続けた。


だが、どれだけ泣いても普段はいるメイド達は誰も来なかった。


(なんで誰も来ないの!)


この間も不気味な怪物はじわりじわりと近づいてきた。


やばいやばい! あれに触れるとやばい!


恐怖とともに涙が出て、そして恐怖が絞るようにさらに霊力が漏れ出て、それによりさらに不気味なソレの速度が上がる。

もう寝台を登り始めた。感覚で、もうあとすぐ側まで来ているのがわかる。


そして寝台のふちに顔を出した不気味な怪物はにたりと笑ったような気がした。

獲物を目の前にして喜んでいる。


寝台のふちにある手すりから体を押し込んでこちらに入ってこようとしている。ぎゅうぎゅうと体が押し込まれ、そして顔の部分がこちら側に入ってきた。


(誰か! 助けて!)


「オギャアアアア!」


願いを込めた赤子の鳴き声が部屋に響き渡った。

その願いが何かに触れた気がした。


ふわり。


周囲の空気が変わった。


どこからともなく緑色に光る何かがやってきて、不気味な怪物を吹っ飛ばした。


(え?)


吹っ飛ばされた怪物は後ろに傾き、別の光が怪物へと突進してさらに吹っ飛ばす。


二回吹っ飛ばされた怪物は手すりへとぶつかり、さらに吹っ飛ばされて寝台から落ちた。

下からウギャッという嗚咽が漏れる声が聞こえた。


(あれは、エルフたち?)


緑色に光る球はよく見れば先ほど霊力を与えていたエルフたちだった。


驚いて鳴き声がやんだ。


何がどうなった? 精霊が助けてくれた?


緑色に光る球の片方を見ると確かにそれはエルフで、彼女たちはこちらに手を振って寝台から降りていった。


やっつけたのだろうか?

だが、まだ寝台の下では何かが戦っている気配がする。


体をよしよしと動かして寝台のふちにある枠から下を見ると精霊達が怪物と戦っていた。



温かい土色に光ったゴブリンとオーガがどこからかこん棒を出して怪物を殴っていく。

赤く光ったトロルと鬼が怪物の足を持ってその動きを封じていた。


白く光った騎士がペガサスに乗ってランスチャージを仕掛けていた。

怪物から伸びてくる長い手をグレーに光る侍が空を飛んで両断していき、その切れ端を合体した水色に光るスライムが踏みつぶしていく。

天使に背負われたドラゴンが空中から火を噴いていた。


彼らが攻撃するたびにどんどんと怪物は小さくなっていった。

そして最後に高く高く飛び上がったエルフとダークエルフが回転して一層緑に光り、怪物に向かってかかと落としを決めた。怪物の頭が二つに割れていく。エルフとダークエルフのコンビはその後華麗に着地し、シュバッとポーズを決める。


怪物はこの攻撃が決め手になったのか沈黙し、少しずつ霧となって消えていった。あの嫌な臭いも消えていく。


精霊たちはポーズを決めたエルフとダークエルフのコンビに拍手したり、飛んだり跳ねたりしており、なんか勝利BGMが流れてそうな雰囲気になっていた。勝利の舞という感じだ。


助かった…。助かったんだ。


心の恐怖がなくなっていく。


精霊たちに助けられた。

その事実が、不気味な怪物を、あれだけの恐怖をもたらした何かだったものを、ただのちょっと奇妙な何かに変わっていくのを感じた。


いざとなったら精霊たちが助けてくれる。エルフやゴブリン、ペガサス達の光が俺の心を満たしていくのを感じる。


「あうー」


ありがとう。言えないけれど感謝の言葉を伝えた。

言葉が聞こえたのか、精霊たちは俺に向かって手を振り始めた。


今度もっと霊力をあげよう。

今回のお礼だ。一杯上げればもっと守ってくれるかもしれない。


気が緩むと頭が重くなってそのまま眠気がやってきた。

そこでやっとメイド達が入ってきた。眠いままでぼんやりとしていた頭がちょっとだけ覚醒する。


「おや? メクソ様、先ほどまで泣いていたようですが…。寝てますね、変な姿勢で」

「そうね? またお小便かしら?」


寝台の端で枠に頭をかけながらの姿勢だったので不自然に思われたようだ。

俺はメイド達に姿勢を正されながら寝かされ、体を確かめられる。


「お小便ではないようですね。何で泣いていたのでしょう。」

「わからないですね。かぐや様が恋しかったのでしょうか…。けど、穏やかな寝顔です」

「かわいいですよね。メクソ様」


体が撫でられる。そして目やにを取られる。


「ええ、このまま無事でいてくれればいいのですが」

「去年のアリス様の子のようにならなければ・・」


…無事? 無事ってなんだ?


俺の頭の片隅に疑問を残したまま、眠りについた。

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