第2話 それはどうなの?

「あぅー」


俺は指先に集まる小さな精霊たちをころころと転がしていた。

今はオーガが我先にと指先に集まってきたので、ちょちょいと手のひらで動かして遊んでいた。オーガもちょっと楽しそうにしている。


他にもスライムとドラゴンがいる。ふよふよとジャンプし、羽をパタパタさせている。

皆小さくてかわいく、遊びが好きだ。



あれから一月ほど経過した。

俺はファンタジー世界に異世界転生した。

こんな精霊なんてものがいるのだから、ファンタジー世界で間違いないだろう。


まだ起きている時間よりも、寝ている時間の方が長いために、分かったことは少ないが、断片的にもわかったことがある。


俺が転生した家庭は、なかなかに裕福な家らしい。

最初に母親が接触したときは気づかなかったが、メイドが何人かいるのに気づいた。


彼女たちは母親がいないときに俺の世話をしたり、母親を呼んで母親を補助したりしている。

俺が何かを汚せばすぐに新しいのが出てくる。さっきも小便を漏らしたら速攻で変えてきた。なんとも赤子にやさしい空間だ。


これだけいれば乳母もいそうなものだが、彼女たちの中に乳母はいない。

乳を与えるのは母親のみというルールがあるらしい。



転生先が裕福な家庭というのは運がいい。

裕福な家庭なんて世の中に2割もいないくらいだろうし。


おそらく貴族階級だろう。メイド達を何人も雇っているし、彼女たちの話からしてもそうだ。

なぜか俺は生まれた時から言葉がわかったのだが、これによってメイドたちが話していることがわかるのだ。


彼女たちの話はほとんどが世間話ではあるが、それだけでもある程度高い身分というのはわかる。


料理人のだれだれが下町のだれだれと付き合っているとか、母親が俺のことでナイーブで大丈夫かなとか、どこどこが戦争しているとか。


こういった話題は固有名詞が出てくるのだが、次々と出てくるためにどれがどれだか覚えきれない。


話の長い先生の話を聞いている気分になってくるのだ。

子供の頭は興味を維持するのが中々に難しい。すぐに精霊たちを追ってしまう。


彼女たちの会話にはお客様が来るのでしばらくここにいなさいとか、主人が出かけたのでここにいなさいとかもある。


とりあえず、何か家にイベントというか日常とは異なることが起きれば、普段は一人いるかいないかなのだが、俺のそばに3人以上つくようになっていた。


…なんかすごい俺を大事にしているのがわかるのだが、そんな物々しく守るのはどうなんだ?

それだけ命狙われやすい立場なのかな。


大丈夫かな、うちの家。

ひょっとして暗殺とかされそうなくらい悪評のある貴族とかだったらのかな?


いやけど、あの母親がそんな悪評つくとは思えない…。あの母親だぞ。

あの一生懸命な姿を思い出すとそれはなさそう…。


やっぱ大事にされているだけかな。

貴族だと、こういったことは普通なのかもしれない。




しかし貴族、貴族かぁ。

だとしたら貴族としての役割とかあるよな。基本は街や領地の統治か。


ただ領地を治めるだけなのだろうか。いや、一つの領地を治めるなんてのはとても難しそうだけど。


ひょっとしたら精霊なんていうがいるのだから、特殊な役割を持つ貴族とかありそうだな。

せっかく楽しそうな世界に歓迎してもらったんだ。いい役割だといいな。


まぁ、まだ何も確定していない。向こうから話してくるのは最低でも2歳になったくらいだろう。遅くて10歳くらいか?

その時までは断片的にしかわからないし、一人で深く考えて、勘違いしておかしな行動をとらないようにしよう。


…どういう将来だろうと、受け入れてもらえるといいね。




ともかく、おそらく貴族の家に転生して、いろいろと普通よりも幸福な生活を送っている俺だが、気に入らないことある。


それは呼び名だ。呼び名が気に入らない。


母親は俺のことを「メクソ」と呼んでいるし、メイドたちは「メクソ様」と呼んでいた。


あのメクソだ。目糞だよ。それはどうなの?


メクソに様もくそもあるか。これ、あとで裁判起こして名前変えれないかな。


…ひょっとして後で捨てる予定だからそんな名前で呼んでいるのだろうか。


いや、いや。そんなことはない。あれだけ手厚く様子を見てもらってもらってそれはない。


ひょっとしたら「メクソ」という名前には目糞ではなく、別の素晴らしい意味があるのかもしれない。そうだろう。そう思おう。


内心で、別の名前でも作ろうかな。少なくともメクソよりいい名前を。





「あうあ~」


俺は再び手慰みに、指先に力を集めた。

すると、一度離れていたわらわらと精霊たちが再び集まってきた。


この指先に込めた力。


便宜上、これを霊力と呼ぶ。魔力でもいいのだが、精霊が好んでいるので霊力だ。

まさか精力と呼ぶわけにもいかないし。


一か月前の段階では霊力を意識的に込めるなんてことはできず、精霊たちが吸うのに任せていた。ただ、しばらくしてこれを自分の力で出せないかなとあれこれ頑張っていたら出せるようになっていた。


コツとなったのは心臓と感情だったな。


この霊力、実は泣いているときや喜んでいるとき、つまりは感情が表に出ているときによく外に出ているらしい。以前泣いてるときに精霊が寄ってきたためにそれで気づいた。


心臓かそこらへんに感情と共に力を込めると何かが湧き出す感覚があり、その湧き出した力を指先に集めると精霊たちが寄ってくる。


精霊たちはこの霊力が好きらしい。いつも食べては満足そうな顔をしている。今はコミカルなゴブリンとオーガがほんわかした笑顔で食べていた。

俺はこの顔を見るのが好きだ。ほのぼのする。


霊力を使うのは微妙に疲れるが、なんていうかこの精霊たちが食べた後の満足そうなこの顔を見ると満たされる感覚があるために、何度も霊力を出している。


感情と共に出てくるこの霊力、子供のほうが出やすいのかもしれない。

たまに見るメイド達に霊力があるのかどうか見ると見えなかった。

ひょっとしたら他の人の霊力は見えないのかもしれないが。


そして大人たちの周囲には精霊たちも見えなかった。


もしかしたら普通の子供の周りには精霊がたくさんいるのかもしれないな。

だとしたら、泣いた子供の涙にすり寄ってきてるエルフとかスライムいたらめっちゃ可愛いやん。


逆に大人には精霊が近づかないのは、そこらへんに原因がありそうだ。避けているというよりは興味がないといった感じではある。



「あぅ~」


ああ、疲れてきたな。霊力をある程度出した。

もう今日はないよっていう雰囲気を出すと精霊たちは名残惜しそうに離れていく。


最近は俺に懐いてきたのか、手を振っている精霊も出てきた。

今日はエルフとダークエルフが仲良く両手をいっぱいにして振っている。


そのうち名前でも付けようかな。とりあえず目糞じゃなくてもうちょっといい名前を付けようとは思う。



さて、今日も寝るか。

ぼんやりした意識につられて目を閉じようとすると、ふと何かが気になり、そちらの方へ頭を頑張って向けると視界の端に何かが映った。


なんだあれ…。

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