精霊の隣人~餌付けした精霊たちが強すぎて困ります
サプライズ
第1話 結論から言うと、いつの間にか俺は転生していた。
結論から言うと、いつの間にか俺は転生していた。
転生したのはおそらく1,2カ月前だろう。
最初は転生という言葉自体が荒唐無稽で意味不明なために、夢の世界か何かだと思っていた。
目を開いても視界はぼやけていて、見えるのは何かよくわからない景色ばかりだ。
耳が遠く音は朧にしか聞こえず、感覚は常にお湯の中に使っているかのようにぬるい。
まるで夢の中で夢を見ているかのような感覚だ。
世界を世界とまだ認識できない。
そんな世界でも、目を開けるたびに出てくる巨大な生き物、口を開ければ無意識に入ってくる何か。
頻繁に聞こえる言葉のようなもの。そしてたまに流れる歌。
これらが俺の意識を夢の中からから、どんどんどんどんと現実へと引き上げていった。
引き上げられた現実の中、あらためて周囲を見ると、どこか寝台のようなところに寝かされている。
子供が落ちないように何か手すりのようなものがある寝台で、体は温かい何かにくるまれていて、どこかから風が流れてるたびに音が出る風鈴のようなものが寝台の端に括り付けられていた。
さらに情報を得ようとして首を動かそうとしてもうまく動かない。
だが、目の前のものはぼやけているが、明らかに縮尺がおかしいのはわかった。。
ああ、本当に赤子なんだな…。
そして今まで何度も泣き、何度も小便を垂れ流し、何度も動こうとして自由に動けなかったことを思い出した。
徐々に認識できるようになった現実での過去の行為が、さらに俺の意識を覚醒させていった。
これらが転生でなければ、ただの恥辱だな。
こんな泣くわけないし、動けないのもおかしいし、そして小便垂れ流しなんてありえない。
転生でなければ悪夢だ。
この現実を収納する箱に書くべきタイトルは悪夢か転生か。
どちらでも好きなように書き込めそうだ。
よって俺は転生したのだと結論付けた。
確認がてら、若干ぼやけた世界を見ながらふと思った。
俺はいつ死んだのだろう。俺はなぜ死んだのだろう。
というか。…あれ? …というか?
転生前、俺は何をしてたっけ?
一度疑問が出ると、次々と疑問が出てくる。
生まれは? 最後にいたところは? 何を食べていた? 友達は?
だが記憶をたどっても何も答えは出ない。
思い出そうとすると、痛みが出てくる。
…だめだ、これ以上を思い出せない。
今の俺は、ただただ自意識がここにあり、そして記憶はない。
そんなことあるのか? どんな人間にも記憶があるはず。
転生の時に記憶が置いてけぼりになった?
転生ってそういうものなのか。
不可解なことが次々と疑問を生み出し、頭の中でどこかに出ていくこともなくグルグルと回っていく。
不可解が疑問となり、疑問はさらに疑問を生み出す。
そしてやっと見つけた出口には不安があった。
…不安が次から次へと生まれて体全身を襲う。
寒気が血管を通っていき、胸に集まって何か穴が開いていく…。
どこからともなく声が聞こえてきた。延々と喚く声。
ああ、これは自分の声だ。過去に何度も泣いてきたからわかる。
精一杯の悲鳴。
…見放さないでと全身が叫んでいる。なぜ、何故、この感情はどこから。
すると、巨大な何かが慌てた様子で俺のもとにやってきて、持ち上げて俺を抱っこする。温かく安心する何かだ。
ふんわりとする匂いが俺の全身を包み込んだ。
ああ、この匂いはここ1,2か月何度も嗅いだ匂い。
この匂いが俺を懸命に守ろうとしているのがわかる。
これが母親の匂いか。
「大丈夫、大丈夫よ。」
がむしゃらに泣く俺を優しい声で落ち着かせる。
体を揺らしながら手で体を撫でる母親に合わせて、俺の体も揺れる。
少し、だが穏やかな川を流れる船に乗るかのような揺れに、気持ちも穏やかな気分になっていく。
胸の中がすっと暖かい何かで埋まっていき、泣き声が収まっていった。
何故死んだのかは、不明のまま。その事実は変わらない。
転生した理由も皆目見当もつかない。
だけど、頭の中で巡っていた理解不能のことは、どこかへと去っていき、不安は不思議となくなっていった。
そして泣き止むと母親が言った。
「精霊様、どうかお守りください。うちの子はいい子なんです。冥界の元へ連れてかれるような悪い子ではないのです。どうか、どうかこの子に加護をください」
母親の精一杯の祈りのような独り言。
精霊? 今精霊って聞こえた?
赤ん坊の頭は不思議なもので、不安で埋め尽くされていた体が、一瞬で好奇心で埋め尽くされた。
いや、心が不安で覆っていたからだろうか?
それを打ち消すようなものに興味がいったのかもしれない。
視界の端には白や青、赤、緑の色とりどりの光があちらこちらに見えていた。
精霊とはひょっとしてこれらのことだろうか。
意識が夢の中にあった時もいた気がする。
ふらりとやってきては離れていく光だ。
何かチラチラするなぁと不思議に思っていた。
一度あれらを精霊と認識すると、それらの光の姿は途端にはっきりと見えるようになった。
他の景色は朧げなままで明確には見えないのに。
ええ…。 なんかすごい。
ファンタジー世界の生物が赤ん坊の指先ほどの小ささとコミカルな姿でそこら中を元気に飛び回っていた。
小さなエルフとダークエルフが俺の寝台と思しきところで寝ていた。
小さなゴブリンとオーガが子供の喧嘩のように喧嘩しあってる。
ペガサスが遠くにある棚の上でゆったりとグリフォンと世間話をしているように見えた。
サイクロプスとドワーフが床で飲み比べをしていた。
侍と騎士が馬に乗って走り回っている。
小さなスライムがぽよんぽよんと飛び、他のスライムと一緒になっては、離れていっている。
天使がドラゴンに飛び方を教えているのも見える。
色とりどりで種族様々、夢の世界。
精霊たちはそれぞれに思い思いの時間を過ごしていた。
だが、その光景は俺にとって新しい世界への歓迎会が目の前で開かれているように見えた。
この世界は怖くない。怖くないんだと、自分を迎え入れてくれているような感覚。
俺は不思議と笑った。ファンタジー、異世界、新世界での生誕。今日、初めて俺はこの世界への生を実感した。
「あぅあ…」
俺が声を上げると、その中の一、二体が俺に気づいたかのように近づいてきた。母親の体を避けるようにふわりと飛び、俺の手に触れるか触れないかの距離に来ると、何かが吸われるような感覚があった。
何だろう、これ。ちょっと怖いけどそれ以上に嬉しさがあった。
世界と関わりを持てたこと、その喜びを不思議と受け入れた。
先ほどの精霊以外にもいろんな精霊がやってくる。
エルフやダークエルフ、グリフォンやドラゴンっぽいのもやってきた。
精霊たちは同じようにちょっとだけ何か抜いて、そしてそれを食べるかのようなしぐさをして、満足したかのように離れていった。
…なんだったんだろう。何を吸われたのだろうか。
だが、不思議はあっても不安はなかった。
その間も母親のゆりかごは続いていた。
俺はこの世界で生きていけるだろうか。いや、この世界で生きていきたい。
今度は、今度は? いや、今度こそ生きていく。
現実へとはっきりと浮かび上がった意識が覚悟を決めた。
「大丈夫よ。大丈夫。メクソ。」
…今めくそって言った?
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