第18話 私は、世界でたった一人の黒聖女

「…………」


 どちらかなんて、選べるはずがない。


 天秤にかけるまでもなく、どちらも大切だ。


 でも、私のせいでお姉ちゃんはこうなった。

 こうなったから、世界はもうすぐ、白で染まる。


 ……だから、お姉ちゃんを、救う?

 いいや、違うな。


 お姉ちゃんを救う事が、世界を救う事に繋がるんだ。


「……私は、お姉ちゃんを救います」


「そうカァ! 姉をエラビ! 大勢の人間を見殺しにスルンダナァ!」


「いいえ」


「アァ?」


「私は、ガザムさんと結婚して欲張りになったんです。だから、、救います」


「姉を選ぶンダロウ?」


「はい。お姉ちゃんは今、白き呪いに包まれようとしています。それを解けば、聖なる力へと戻り、白聖女サン・ネージュへも力が帰り、みんな癒されます。だから、お姉ちゃんを救えば、世界も、救えるんです」


「…………」


「よくぞ言った! それでこそ我がちゅまだ!」


 ガザムさんが誇らしげな満面の笑みを向けてくれた。それを見て、私も嬉しくなり自然と笑っていた。


「メヒア、と、言ったな……」


 エレクトさんが苦しげな声を出した。振り向くと、顔面蒼白になり、胸を押さえうずくまっていた。


「エレクトさん! どうしたんですか!?」


「その、男が言っていた通り……。白聖女サン・ネージュの癒しの力が呪いへと変化している……。白聖女サン・ネージュの聖なる力にあやかっていない者は、この世界にはいない……。その代償が、もう、きているのだ……」


「…………」


「私は、曲がりなりにも王だ……。強靭な精神を、いつも心がけている……、から、まだ何とか持ち堪えているが……、部下たちは……」


 周りを見てみると、エルフさんたちが罵倒し合っていたり、自らを罵り、泣き叫んだり地面に頭を叩きつけたりしている。

 阿鼻叫喚あびきょうかんの、恐ろしい、絵画のようだ。


「憎悪、嫉妬、孤独、恐怖……。色々な負の感情が湧き上がろうとしている……。早く、早くお前の姉を何とかしないと……、大変な事になるぞ……」


「ソウイウコトダァ! メヒアァ! もう! この世界ノ馬鹿ニンゲンハ! 互いや自らを否定シ! 肉体や精神共々! 死ノウとシテイル!」


「…………」


「ナノニ! メヒアァ! お前はナゼ飲まれナイ! オマエこそ真っ先に飲まれるベキ人間ダロウ! 劣等感のカタマリガァー!」


「そうですね。昔の私なら、もう精神をやられていました。何で、私は髪と瞳が黒いのか。何で、私には、癒しの力がないのか。何で……、私は、黒聖女サン・ノワールなのか、と」


 目を閉じ、これまでの自分を思い出していた。


 叔父さんの言うとおり、私は、劣等感の塊だった。……ううん、劣等感なかった。


 お姉ちゃんは白く美しい髪に純白の洋服を着て、両親は「自慢の娘だ」と、喜んだ。

 嬉しそうな両親、誇らしげなお姉ちゃん。


 黒いお洋服、黒い髪、黒い瞳。

 お姉ちゃんと見比べ、何でこうも違うのか、と、悩んだ。


 お母さん! お父さん! 少しでいいから私も見て! 癒しの力は使えないけど! その分! お家の手伝いとか一生懸命するから! 言うこともちゃんと聞いてっ、もう白い服も着ないから!



 だから! だから!



 少しでいいから!



 お姉ちゃんに向ける笑顔を! 私にもっ……!



 思い出の中の両親は、私を少し蔑視べっししただけ。お姉ちゃんに視線を戻し、また笑顔を向ける。



 ……私も、二人の、子供なのにっ……! 何でっ……!



「…………」



 本当に、劣等感しか、なかった。


 私は、劣等感でできていると言っても、過言ではなかった。


 でも、今は、違う。


 ガザムさんを見上げた。


「ん? どうした?」


 私が欲しかった笑顔が、ううん、それ以上の熱くて優しい笑顔を、私に向けてくれた。


 ガザムさんが、黒い髪も、黒い瞳も、呪いを解く力も、私の劣等だった部分を、みんなみんなちゅきだと、受け入れてくれた。肯定してくれた。


 だから。


「私は今、ガザムさんへのちゅきで溢れ、そして、ガザムさんからのちゅきで包まれているんです。だから、飲まれたりしません」


「…………」


「今なら、今の私なら、自信を持って、こう言えます」


 私は胸に手を当て、叔父さんを見据えた。


「私は、世界でたった一人の黒聖女サン・ノワール、メヒア・アランチェカです」



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