第16話 ナンデ

 叔父さんが振り向いた先にいたのは、ラミカお姉ちゃんだった。


 雪の白い髪に、透き通るような白い肌、宝石のような美しい水色の瞳、純白のドレス。

 そんなきれいなお姉ちゃんが、俯いて顔を赤くして震えている。


「何で……、幸せになってんのよ……」


「え……?」


「何で……、黒聖女サン・ノワールのあんたが、白聖女サン・ネージュの私より幸せになってんのよ……」


「でも、お姉ちゃん、私が奴隷として売り飛ばされる前に、かっこいい人と結婚したよね……?」


「——だったのよ」


「え……?」


「あいつ! 詐欺師だったのよ!」


 顔を上げたお姉ちゃんは、怒りと悲しみが入り混じった表情で、涙と鼻水できれいな顔がぐしゃぐしゃになっていた。


「名前から年齢から! 職業! 住所! 全部嘘! 子供は五人は欲しいねなんて言って! 家まで建てさせたのに! 逃げたの!」


「そんな……」


 両親に挨拶しに来た時に、ちらっとしか見てないけれど、眼鏡をかけた紳士で優しそうな人だったのに……。


「一気に不幸へ真っ逆さまよ! でも、あんたのことを思い出した! 私より不幸な人間がいたってね! 私は不幸の底辺じゃない! それを確かめられる! と思ったのに……!」


「…………」


 不吉な私は、幸せになってはいけないのかな……? ううん、違う。みんな、幸せになっていいんだ。私も、お姉ちゃんも、叔父さんも。みんなみーんな。


「オモッタノニィ……」


「お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんの震えが小刻みになり、声も低く響くようなものに変わっていく。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」


「お姉、ちゃん……?」


「ナンデ、クロノアンタガ、シロノワタシヨリシアワセナノヨオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ!」


 お姉ちゃんが頭を抱えてしゃがむと、眩い光が放たれた。それと同時に、白い光の線が四方八方からお姉ちゃんに集まり、繭のように包んでいく。


「まずいぞ! メヒア!」


 ガザムさんが私を抱く腕に力を込めながら叫んだ。


「……ガザムさんにもわかりますか」


「ああ! これは非常にまずい! お前の姉は! 恐ろしい事をしている!」


「はい……。お姉ちゃんは、自分の聖なる力を放つ代わりに、この世界にいる全ての白聖女サン・ネージュから、力を吸収しています」


「やはりそうか! このままだとどうなる!?」


「……お姉ちゃんや、白聖女サン・ネージュが癒した傷などが開き、怪我や病で苦しむ人だらけになります」


「お前の姉は!?」


「……わかりません」


 お姉ちゃんを見ると、どんどん光の線に包まれていっている。人間の部分は、もうほとんど見えない。


「アヒャヒャヒャ! 面白いナァ!」


「叔父さん、お姉ちゃんに、何をしたんですか!」


「ンー? 俺は何もしてないゼェ? ただ、少しほんの少ーしィ、背中を押してやっただけダァ」


「背中を……?」


「そうダ。婚約者は詐欺師だった、裏切られ、こいつの精神ハ、有頂天から一気にどん底まで落下しかけてイタ」


「…………」


「綱渡リしているように、危ウイ心。そんなこいつの背中ヲ、俺は軽くトンと押してやっただけサァ? 『妹は、お前よりに幸せになってるゼェ?』ってナァ!」


「…………」


 叔父さんはわざとらしく顔を両手で覆った。


「そしたら、どうダァ? 傀儡にしてやろうと思っていたら、勝手に暴走し、オレについて来て破滅した。グフ、グフ、ギャハハハ! 女ってのは、単純デ、馬鹿デ、それで、最高ニ可愛いナァ!」


「——……」


 叔父さんは指を少し目を覗かせた。瞳孔に光はない血走った狂気の目に、寒気がした。腕を見てみると鳥肌が立っていた。


「ガザムさん」


 だけど、後ろから抱きしめてくれるガザムさんが腕をさすってくれ、あたたかくなり落ち着いてきた。


「なァ? お前もそう思うダロウ? オーク王ガザムゥ」


 叔父さんの、指の間から覗く瞳がガザムさんを捕えた。


「最後のは同意するが、前半は少しも解せんな。わかりたくもないが」


 いつもの明るく大きな声ではなく、怒気を含んだ、けれど冷静な低い声が後ろから聞こえた。


「女は複雑で賢いぞ。オークは女が生まれにくい種族だから、メヒアと暮らしてきてよくわかる」


 私を抱く腕に力が込められる。


「嬉しいのに泣く、弱々しく守ってやらねばと思えば、いつの間にか隣で堂々と立っている。そして、俺を引っ張る。泣いたり笑ったり、弱かったり強かったり、複雑で、もしかしたらこれは虜にする手法か? と、時々思うようになった。それぐらい、複雑で賢いんだ、女は」


「…………」


「男は単純だぞ? それが夢中にさせるための技だとしても、やられてもいいと思う。ちゅきだちゅきだと伝え続ける」


「…………」


「オークが一番単純だと思っていたが、違うな。この世で一番単純なのは、お前だ」


 ガザムさんが叔父さんを指した。


「ハァアァ!?」


「メヒアの姉がお前の思うように動いたと思っているようだが、それは違う。我がちゅまの姉だ、繊細で複雑に決まっている。もうお前に言われる前から精神は壊れていたのだ。そして、粉々に崩壊するのと、お前が声をかけたのが同時だった。それだけだ」


「——……」


 叔父さんが悔しさと怒りの顔で歯軋りをし出した。よく見ると、おじさんの歯は、心そのものみたいに、欠けていて、ボロボロで、不揃いだった。

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