第3章 白は黒。黒は白。

第15話 オレだヨォ

「オレだヨォ、メヒアァ」


 名前を呼ばれ振り返ると、薄汚れたスーツを着た、白髪しらが混じりで黒髪の中年男性が、エルフさんの喉元にナイフを向けていた。


「エレクト様っ、申し訳ありませんっ!」


 エルフさんが、苦痛と恐怖に顔を歪めた。


「貴様っ……!」


 エレクトさんが立ち上がると、


「メヒア、誰だこの鼻くそみたいな奴は」


 ガザムさんが言い放った。


「は?」


 エルフさんを人質にしている男性は、眉をぴくりと動かした。


「……この鼻くそみたいな人はですね。情けないことに、私の叔父なんです」


「こんな鼻くそがか! 信じられんな! わがちゅまの親戚とは思えん!」


「信じられん、のは、こっちなんデスケドォー!」


 叔父さんは目をかっ開いた。


「奴隷として売り飛ばされたって聞いたカラァ! 性奴隷として扱わレェ、身も心もズタズタになってイルと思って見に来タラァ! 何幸せにナッテンノォ!? 何綺麗な服を着ちゃってイルノォ!? 信じられないンデスケドォ!」


 叔父さんの目が血走ってきている。

 、昔から思っていたけれど、とうとう心を病んでしまったんだな……。


「ちゅまに綺麗な服を着て、幸せに笑ってほしいと願うのは、夫として当然だろう」


「ちゅま! ちゅまぁ!? アヒャヒャヒャ! 腹が捻じれるワァ! 笑わせないでクレヨォ!」


「何が可笑しい」


「だってヨォ! オークっつったラァ! 女を見かけたら襲い孕ませようとシ! エルフを見かけタラ! 戦闘を吹っカケ! ついでに孕ませようとスル! 野蛮デ! 下品な種族ダロウ! それがちゅま! アヒャヒャヒャヒャ!」


「…………」


 ここに部下さんたちがいれば、激怒して叔父さんに襲いかかっただろう。

 でも、ガザムさんは二百人超えのオークさんを束ねる王様なんだ。こんな、わかりやすい挑発のような侮蔑ぶべつでは、動かない。

 ガザムさんを見上げると、思っていた通り、真っ直ぐ叔父さんを見据えていた。その瞳は揺らがず、力強い。


「女やエルフを襲う。それは否定しない。オークのさがだと思っている。だからこそ、そのオーク印象を変えるため、部下たちの武器は破壊し、戦闘以外のちゅきを見つけるよう命じてきた」


「戦闘以外のちゅき!? アヒャ、アヒャ、アヒャヒャ。どいつもこいつも笑わせんナヨォ!」


 叔父さんはいきなり髪を掻きむしりだした。その事により、ナイフは地面に落ちた。その隙にエルフさんが自分の家へと急いで戻っていく。


「そこのエレクトとかいう奴ハァ! ガザムを手に入れたいっつーかラァ! 呪いをかけてつれてきテェ! トドメを刺せば永遠にオマエのモノだゼェつったラァ! そうまでして手に入れたくなかっタ、呪いを解いてクレっつーかラァ! 知らないヨーンって言ってやっタァ! そしたラァ!」


 大きく弧を描き、歯茎を剥き出しにして叔父さんは笑った。情緒不安定だ、見ているこっちが辛い。


「泣きながらオークのトコに戻してやんノォ! ハァ!? ふざけんなダロォ!?」


 目をかっ開き、涎を飛ばしながら叔父さんは憤怒した。


「そうだったのか、助かったぞエレクト」


 ガザムさんがエレクトさんを優しい眼差しで見つめた。


「いや……。礼を言われる資格はない。私の弱さが、あのような事を招いたのだからな」


 エレクトさんがまた項垂れていく。


「それでも、部下たちの元へ返してくれた。だから、メヒアと出逢え、呪いを解いてもらえた。お前のおかげだ」


「——……」


 エレクトさんの目から、静かにつーっと涙目が流れていく。


「ネェネェネェ! チョットチョットチョット! ナーニ勝手にいい雰囲気になってんノォー!?」


 叔父さんが狂った操り人形のように、首をカクカクと上下に動かしながら絶叫した。


「腰抜けエルフヤロウもサァ! オークを呪っテェ! 解く方法を知らなくテェ! 絶望すると思ったのニィ! 精神壊れないでやんノォ! ハァ!? 意味ワカンナインデスケドォ!? オレの計画をどうしてくれンノォ!?」


「叔父さんの計画に、ガザムさんやエレクトさんを利用しないでください」


 叔父さんが機械のようにゆっくりと私を見た。


「アヒャ、アヒャヒャ。メヒアァ、でもオレはいいことを思い出したんだヨォ。とっておきの傀儡になる素材がいたコトヲォ。ナァ? ラミカァ?」


「え……、お姉、ちゃん……?」

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