第8話 だいちゅきだ。

「そうか! 俺もだ! 確かにお前が黒聖女サン・ノワールだから出逢えた!」


「はい……」


「奴隷としての出逢いは好ましくないが! お前が白聖女サン・ネージュならオークの俺なんかとはっ、出逢えていなかっただろう!」


「ガザムさん……」


「何だ!」


「“ちゅき”二回です」


「む? はっ! しまった!」


「ふふっ」


 私が笑うと、ガザムさんは一瞬優しい笑みを浮かべ、そしてすぐに、いつものように豪快に笑った。


「わはは! いかんな! 俺も“なんか”と言っていた! む? もしや今のも入るのか?」


「そうですね、ふふっ」


「わはは! うむ! やはりお前は笑っている方が可愛いぞ! べそかいてる顔も可愛いがな!」


「わっ、ありがとうございますー」


「というわけで!」


 ガザムさんは大きく深呼吸をした。


「俺は! メヒアのべそかいてる顔も笑っている顔も! ちゅきだ! ちゅきだ!ちゅきだー! だいっちゅきだー!」


「わかりましたからー! ここお店ですからー!」


 ちゅき四回はさすがに心臓に悪いよー。


「わはは!」


「そうだ。ガザムさんにお願いがあるのですが」


「何だ! 何でも言え!」


「し、下着を、買いたいのですが……」


「よし! それも俺が——」


「わー! いいですいいですー! 恥ずかしいですー! 恥ずかしすぎて死んじゃいますー!」


「お前に死なれるのは困るな! わかった! 別の店に——」


「ご提案があるのですが……」


 店の奥からオーナーさんが出てきた。腰を摩っている、さっきの腿を叩いた時に痛めてしまったんだろうか……。


「当店、先月からランジェリーの販売も始めました」


「本当か!」


「はい、先程いただいた代金、入会費と洋服代を引いてもまだ余るので、いかがでしょうか?」


「うむ! メヒア! 選んでくるといい!」


「はいっ」


 オーナーさんに案内された先には、


「……さすがだー」


 銀のハンガーラックに掛けられた、刺繍が細かい色取り取りなランジェリーたち。色ごとに分かれてあって、サイズもKとか、見たことないものまである。

 え? でも、ランジェリーってこんなにきれいでしっかりしていたっけ? 私、いつも布製の簡易的なものにしか身に付けていなかったから、驚きだ。


「わわっ、手触りもいい」


 触ってみると滑らかだった。下着というのはこういうものなのか……。


「……ん?」


 違う列にある広告が目に入った。

 『勝負したい、大胆にいきたいレディへ!』、と赤い文字で書かれてある。


「勝負?」


 試しに掛けてあった、ショーツとセットのランジェリーを手に取ってみた。


「うわぁ! これ胸の先端が空いているー! 下は……、大丈夫……じゃない!」


 大事な部分を覆っている場所が、つまり真ん中が開くようになっていた。

 

「勝負する必要はないぞ!」


「わぁっ!」


 じっと見ていたから気づかなかったのか、いつの間にか後ろにいたガザムさんに声をかけられた。驚きランジェリーを投げ上げてしまい、慌てて掴んだ。


「俺はもう! お前に出逢えた時点で完敗しているからな! わはは!」


「——……」


 ガザムさんの言葉はあったかいんだけど、照れるものが多いなー。


「だから! 好きなものを選べ! 俺は目を瞑っている!」


 「むん!」と言って腕を組み、ガザムさんはぎゅっと目を瞑った。なんか可愛いな。


 好きなもの、か……。


「……すいません」


 私はしばらく悩んだ末に、オーナーさんに声をかけた。


「お決まりでしょうか?」


「——はい。この白のセットをください」



 やっぱり、私は白が好きだ。



 もちろん、憧れもあるからだけれど。



 何よりも、生まれたあの町が、真っ白できれいな故郷が大好きだ。



 大好きだから、嫌いになりたくなくて、見ているのが辛いと思う自分が嫌で、町から抜け出したんだった。



 それを、ガザムさんが思い出させてくれた。



 顔を少し上げ、ガザムさんを見た。


 何故か口までぎゅっと結んでいる。そのせいか、元から赤い肌もさらに赤くなっていく。


「——ふふっ」


 私は、豪快であったかくて、真っ直ぐに、恥ずかしいぐらい真っ直ぐに、気持ちを伝えてくれるこの人が。




 ガザムさんが。




 大好き、ううん、だいちゅきだ。

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