6・一騎打ち
そのラピッドファイアが物凄い勢いで追ってくる。馬上の小幡光利が、長い腕を使って押しているのだ。腰も激しく動き、まるで馬上で暴れ狂っているようにも見える。だが、1完歩(かんぽ)、2完歩ごとに距離が縮まっていく。
対してストレートラインに乗る黒金直夏は姿勢がブレていない。腕は激しく動いてはいるが、下半身は最初のままピタッと維持されていた。
ストレートラインとラピッドファイアが、ほとんど並んでゴール板を通り過ぎた。肉眼で確認しづらい場合は写真判定が行われる。着順掲示板の右上の「審議」と1着と2着の間に「写真」の文字が点灯した。
「どっちだろう。わたしはストレートラインだと思うけど」
「ホント、わずかな差だったよ。なんかラピッドファイアに持っていかれたかもしれない」
周りのお客さんたちもどっちだろう? とざわざわしている。中には早くしろー! などという人もいたけど。
ターフビジョンには、ゴール前の瞬間のリプレイ動画が繰り返し流されていた。隣の着順掲示板は、3着から5着までは点滅している。明らかな差があったから、こちらは覆りようもない。
固唾をのんで見守る中、不意打ちのようにパッと上から17、14と番号が点滅に加わり、10秒ほど経って確定ランプが点灯するとともに、それが収まった。
「やったー! 真弥、当たったよ!!」
「よかったね結子! 私も久々に完全的中して嬉しいよ!!」
わたしたちは抱き合いながら喜びを分かち合った。
せっかくだから、勝利した黒金直夏を一目見ようとウィナーズサークルへ向かった。
馬名と番号の入ったゼッケンを片手に、名前を呼ばれるたびに手を振ったり投げキッスをしたり。小柄な体が躍動し、ファンサービスに余念がなかった。レース直後なのに、笑顔いっぱいで観客たちに応えられるってすごいな。
重賞や特別なレースでもないので、インタビューはなし。関係者と口取りの写真を撮って引き上げてしまった。
「ああ、ないんだ……」
「ファンサ満点のインタビューが聞けないのは、残念だよね」
生の声を聞きたかっただけに、かなりがっかりした。
でも、しょうがない。レースに出るジョッキーは忙しいからね。1日の全レースを騎乗する鉄人のような人もいるぐらい。
黒金直夏も若手で忙しいジョッキーのひとりだから、次の13時45分出走の8レース目も騎乗機会がある。のんびりしている暇なんてないのだ。
「どう? 生で観た競馬は?」
「めちゃくちゃ楽しかったし、興奮したよ。ありがとう」
「もうちょっと観ていく?」
「うん。もっともっと観たいな」
結局、この日は最終まで観たり馬券を買ったりした。収支はプラスだったのだが、グッズがかわいすぎてプラス以上お金を使ってしまった。
「馬券以外でマイナスになる要素があるんだね……」
「競馬場あるあるだからしょうがないよ」
両手に大量のグッズが入った紙袋を提げ、わたしたちは悲喜こもごもの競馬場を後にしたのだった。
競馬女子と一直線 ふり @tekitouabout
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