5・千直スタート

 人波をかき分け、なんとかウィナーズサークル近くのラチ沿いで落ち着いた。そのころにはファンファーレが鳴っていて、レースをする馬たちが本馬場入場を終え、枠入りが始まっていた。


 大歓声と指笛が鳴り響く中、奇数番の馬が入り、次に偶数番、最後に大外の枠の馬が入る。


 係員たちが離れ、馬たちがある程度落ち着くのを待って、ゲートが開かれる。


 一斉に飛び出していく。出遅れた馬はいない。綺麗にスタートが切れたようだ。


 ほとんどの馬が馬場が荒れておらず、まっすぐ走れる目標となる外ラチ沿いに殺到する。内枠の馬はダッシュをつけて切り込むようにして、外ラチ沿いを目指していた。


 逆に内ラチ沿いに行かない理由としては、他のレースで芝が荒れているから。基本的にレースは弧を描いて走る。内で走るほうが距離ロスが少ない。だが、千直はまるで違う。普通のレースの常識が通用しないのだ。


 わたしたちが応援しているストレートラインは、大外の有利と持ち前のダッシュの速さで先頭に躍り出た。


 ラピッドファイアもダッシュがつき、ストレートラインの斜め後ろ辺りを追走。それを内にいた1番人気のカイソクウーマンが、斜行気味にポジションを奪おうとした。


「あれって危ないんじゃ」

「うーん……スレスレだけど、ギリギリセーフって感じかな。もっとえげつない寄せ方をするジョッキーもいるし」


 千直は平坦なコースではない。スタートして約200メートルの1メートルほどの緩い坂だ。それを上り終え、今度は下り坂に入った。


 カイソクウーマンが先頭に立つ。ストレートラインは行かせたような形だ。


「序盤で競って勝負根性を使うより、なるべく自分のペースで行かせようとしてるね」


 生で観ているとはいえ、最初か最後までは肉眼で観きれない。ゴール近くのラチ沿いにわたしたちはいる。だから、本当に間近で観られるのは一瞬なのだ。


 目の前のターフビジョンに観客たちは釘付けとなっている。思い思いの声援を送る人、給料を全部ぶっ込んだと言っている人、とにかく叫んでいる人。


 競馬場って悲喜こもごもなんだなと思う。昔よりかはマイルドになっているらしいけど。


 下り坂になって真ん中から先頭を脅かす馬たち。ポジション争いが激化していく。


 ストレートラインは外ラチ沿いにいるものの、カイソクウーマンを半馬身後ろから見ている形に収まっている。その後ろからラピッドファイアが1馬身ほど離れてジッとこらえていた。


「これから小さいアップダウンがあるけど、ここは我慢していくだろうね」

「最後はそれが終わる約300メートルってことか。がんばれー! ストレートライン!」


 徐々に馬たちが見え始めてくる。馬蹄の芝を叩く音が騎馬隊にも思えて興奮してきた。


 ターフビジョンに目を戻すと、カイソクウーマンに鞭が飛んでいた。このまま逃げ切りを図りたい。しかし、数頭の馬が横に並びかけてきた。


 しかし外ラチ沿いに耐えていたストレートラインが、カイソクウーマンがやや内に逸れたのを見逃していなかった。鞭をふるい、馬上の黒金直夏が押して押して押しまくる。外ラチに当たりそうになりながらも、一気に先頭を奪取した。


 ストレートラインが1馬身、2馬身と他馬を寄せつけない走りでゴールへ突き進む。閃光のように一瞬でわたしたちの目の前を駆け去って行った。


「これはいったんじゃない!?」


 馬券を握りしめて興奮するわたしに、真弥はまだまだだよと首を振った。


「まだラピッドファイアがいるわ」

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