3・UMAOTOME(ウマオトメ)
晩ごはんの時間から夜中までひたすらわたしたちは語り合い、お互いのオススメの動画を見合った。
お酒も最初は軽いものから日本酒や焼酎を飲み、正直後半は何を話したかすら記憶が定かではない。
わたしは気がついたらソファに寝転がり、毛布にくるまっていた。まるでピラミッドのミイラスタイルだ。
ベッドのほうを見る。部屋主はもう起きているのか、そこにはいない。かけ布団が丁寧に折り畳まれている。
ぼうっと部屋を眺めていると、真弥が洗面所から出てきた。
「おはよ〜結子ちゃん」
「おはよう。私も今起きたところ」
顔を洗ったのにも関わらず、まだぽやっとしている。低血圧なのかな。
「洗面所、借りるね」
顔を洗って歯を磨く。少し頭が痛い。様々な種類を飲み過ぎたせいか、頭に残っているみたいだ。
出汁の匂いが漂ってきた。味噌汁か何か作っているのかな。
部屋に戻ると、お揚げと牛肉の乗ったうどんが用意されていた。
「簡単なので悪いんだけど」
「そんなことないよ。いただきます」
すすってみて驚いた。めちゃくちゃおいしい。
「お店のような味でおいしいよ」
「そりゃ、実際にこれを使ってるからねー」
ペットボトル容器を見せてくる。そのまんまお店の名前が書いてあった。
「売ってるんだ」
ふたりで笑った。
昨夜は共通の話題ですごく盛り上がった。そのおかげか初対面の壁は取り払われ、お互い気の置けない関係になっていた。
「このスープだけじゃ物足りない気がするから、出汁もしっかり取ってそれっぽくしてる。朝から営業してれば食べに行ったのにね」
「真弥の作ったほうがおいしいよ」
「ありがとね。二日酔いなんてさっさと吹っ飛ばして、出かけよ!」
ふたりで出かける約束をしていた。行き先は新後競馬場。開催期間中で、実際に馬が来て走っているそう。
レースは名物になっている千直(せんちょく)。芝の直線1000メートルをただひたすらに走り競う。3歳以上且つ1勝している馬のみが出走するとのこと。
馬の世界は厳しく、1勝するだけでも大変なのだそうだ。国営の中央競馬と決められた競馬場での開催では特に。1勝できただけでも選ばれしもの。尊い存在なのだ――そう真弥に教え込まれた。
競馬の世界に入りたての人間は、勝ち続ける馬しか知らない。それまで知っていてもグローリータイムズぐらい。走るたびに勝利につぐ勝利。強すぎてニュースにもなっていた。今は引退して種牡馬(しゅぼば)としてがんばっているみたいだ。
レースも知っているのは特に格が高いG1(ジーワン)レース。その次は有馬記念と日本ダービーぐらい。G2(ジーツー)、G3(ジースリー)は何それ?
わたしもそのひとりだった。だけど、教わったおかげで、初心者に毛が生えたぐらいにはなったつもりだ。
翌日は天気も良くて歩くと少し汗ばんだ。
真弥のアパートから競馬場まで徒歩20分ほどかかった。競馬場には無料の駐車場はあるのだが、開催となれば昼過ぎからは混むらしく、真弥は徒歩を選択した。
わたしは一度も行ったことないから従うだけだ。歩くのも好きだから不満はない。
車は楽だけど混むのは嫌だし、賭け事の施設の運転マナーが良さそうに思えなかった。ちょうどバスの時間とタクシーの乗降が重なり、入場門前は混雑していた。
「はいどうぞ~」
入場を済ませ、近くにいた職員からチケットみたいなものを渡される。無料ドリンク引換チケット? UMAOTOME(うまおとめ)……? あっ、これが最近情報番組で取り上げられているUMAOTOMEか。土日の競馬場に出没するという噂の。
「行ってみようよ」
「う、うん」
明らかに真弥は尻込みしていた。
「キラキラしたスポットは行きづらくてね……」
「わたしよりキラキラ寄りなのに、何言ってるの。ちょうど喉乾いたし、ほら」
真弥の腕を掴み、案内板に従って進む。
「あれかな?」
緑を基調とした看板に、中央には蹄鉄(ていてつ)で作られたハートマークのロゴ。その下に白抜きでUMAOTOME SPOTと表記されていた。
馬に関する小物や写真が壁に飾られ、木目調のカウンターにはドリンクやスイーツが所狭しと並んでいる。さすがにスイーツや、冷蔵庫のヨーグルトは有料みたい。
個包装になっているハーブティーを手に取る。パッケージには様々な毛色の馬があしらわれており、とてもかわいかった。
ケーキとクッキーを購入し、空いている席に座った。
すでに馬談議に花を咲かせているグループもちらほらいた。
「ねえねえ! 初めて来たんだし、ビギナーズセミナーを受講してみようよ!」
「いいね! 競馬新聞なんて読んだことないし!」
「馬がかわいいのはわかったけど、馬券の種類が多すぎてわけわかんないしね」
ビギナーズセミナー? そういうのもあるんだ。わたしは昨日の夜に真弥にマンツーマンで教えられたけど。
「私たちも試しに受けてみる?」
真弥がニヤニヤしながら視線を投げて来る。
「受けなくていいよ。その分施設を見たり、馬券を買ったりしたいから」
「うんうん。じゃ、13時15分発走のレースを買ってみようか。時間的にもパドックから見れそうだし」
昨日話していたいわゆる千直のレースだ。
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