2・野球と競馬とバイト帰りの一杯
夏のどうしようもない暑さもようやくやわらぎ、天気が良かったから徒歩で来ていた。
真弥さんも気分によるけど基本的に徒歩で通っているのだそう。聞けば、わたしが借りているアパートの近くに住んでいるとのこと。
さすがに外の人間にペタっとした髪を見せたくない。なので、プロ野球チームの横浜ベイギャラクシーズの帽子をかぶった。
「もしかして、ベイギャラクシーズのファン?」
「そうなんです。昔から大好きで、弱くてしょうがないころからずっと」
「誰が好き?」
「抑えの大湾(おおわん)ですね。ダイナミックなフォームとハキハキした明るい性格。スタイルが一致しているのがいいです。
あとは移籍してきたショートの武蔵(むさし)とかも堅実な守備がカッコいいんですよね。それに、若手の良い意味での壁になって、刺激を与えてくれているのも大きいです」
「いいわねぇ〜。私も大湾好きだよ。武蔵も激シブだよねぇ。かわいい娘と渋いおじさん。実は結子ちゃんって結構よくばりさんなのかな?」
「そんなことないと思うんですけどね。当たり前なんですが、真面目に真摯にプレーをしてる選手が好きなんです」
「髪を染めてるとかチャラそうな選手はNG?」
「んー、別に髪を染めてようが、タトゥーが入ってようが一生懸命にやってるように見えればなんでも。……結局はどんな選手も好きなんです。みんなひとつやふたつ良いところがあるじゃないですか」
「あはは、確かにねー。結子ちゃんは優しいファンだ。こんな娘滅多にいないよ」
「いやいや……そういう真弥さんは競馬が好きなんですか?」
いつの間にかカバンの外には、3頭の小さな馬のぬいぐるみが飛び出していた。
「大好き! もうね、野球も好きなんだけど、競馬は頭ひとつ抜けるね! 小さいころからずーっと好きなんだ!」
「おお、いいですね」
「結子ちゃん知ってる? ベイギャラクシーの戸津(とつ)監督って馬主なんだよ! 今年なんてチームも絶好調だし、馬も絶好調! トツノスターダムなんて皐月賞獲ったし、トツノサマービーチは宝塚(記念)を勝つし。ほかにも重賞を獲った馬が何頭もいて、もうね戸津好きの私としては最っ高なわけ!」
あまりの勢いに面食らってしまったけど、好きなものを好きって言える真弥さんに好感が持てた。
ちなみに戸津監督とは戸津直樹(なおき)という横浜ベイギャラクシーの監督。現役時代は先発として活躍。横浜一筋30年。パンチパーマがトレードマークの監督。ヤのつく職業と関係を持っているわけではない。
「賞とか記念とかはわかりませんが、きっと強いんですね」
「そう! めちゃめちゃ強いの!」
わたしの言葉が火をつけてしまったらしい。コンビニにつくまで競馬の講座が続いた。でも、不思議と苦痛ではなかった。イキイキと話す真弥さんは楽しそうだし、競馬に魅力を感じ始めたからかもしれない。
コンビニでの買い物を終え、真弥さんは袋から早速缶チューハイを取り出した。タンブラーのフタを外し、なんのためらいもなくそれを注いだのだった。
「飲んでみてよ」
タンブラーを受け取って少し飲んでみる。
「これは……おいしいですね」
アイスの甘味と、ドライ系の缶チューハイの組み合わせが絶妙にマッチしている。ゴクゴク飲んでしまいそうだけど、缶チューハイのアルコール度数を考えるとそこまでいけない。
「そうでしょ!? 真夏のバイト帰りに、これを飲みながら帰るのが最高なのよ!」
確かにいいかもしれない。想像するだけで清涼感に満たされる。今は時期的にあまりよろしくないけど。
「ねえ、これから時間ある? 野球と競馬、存分に語り合おうよ!」
同意見だった。ここまで話が合う人だとは思っていなかったから、もう少し話していたいと思っていたところだ。
「わかりました。わたしも家からグッズを持っていきますね」
「晩ごはん鍋でもいい? いっしょに食べよ」
「いいですね。夜は冷えますから。食べ物とか飲み物もいろいろ持参しますね」
「自分が飲み食いする分だけでいいよ。実家が食料をたくさん送ってくるから」
真弥さんの住むアパートの前で一旦解散した。203号室か。ちゃんと憶えておかないと。
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