第68話 大魔導士
ティナを追って森の中を進んでいると、ルシオラが何者かの魔力を感じ取った。
トールはその魔力の持ち主が誰なのか確認するため、ルシオラに魔力の持ち主がいる場所へ案内を頼む。
そうして魔力を辿った先でトールたちは、ポツンと建っている小さな小屋を発見する。
「人が住むにしては随分小さいな」
《小人族でもいるのかしら?》
警戒したトールたちが近づいてみると、その小屋は思ったよりも小さかった。もしかすると住居ではなく休憩所のようなものかもしれない。
「とりあえず、誰かいないか確認しよう」
そう言ったトールがドアをノックしようとした時、中から出て来た人物と鉢合わせしてしまう。
「わ、すみません!」
「ほうほう。こりゃまた珍しい客人だわい。今度は精霊を連れとる坊ちゃんか」
「え……っ」
トールは小屋から出て来た老人を見て目を見開いた。
一目でルシオラに気付いたこともそうだが、老人が持っている魔力が尋常ではなかったからだ。
それに老人の顔をどこかで見たような記憶があるのも気になった。
「あの、俺とどこかでお会いしませんでしたか?」
「んん〜〜? はて、人違いじゃないかのう。ワシはこの森からもう何年も出ておらんぞい」
「あれ……? おかしいな……」
自分の記憶力の良さに自信があったトールは疑問に思う。確かに、老人の顔に見覚えがあったのだが……。
「まあまあ、中に入って休憩でもしていかんか。見たところかなり疲れておるようじゃしな」
「……はい、ではお言葉に甘えてお邪魔させていただきます」
老人の申し出を受け、トールは小屋の中で少しだけ休ませてもらうことにした。
本当はすぐにでもティナの後を追いたいところではあるが、この老人が何故か気になったのだ。
トールは馬を近くの木に繋ぐと、装備やツヴァイハンダーを外し、まとめて木の影に置いた。
「ふぉっふぉっふぉ。美味い茶を淹れてやろうな」
老人は老人で、トールを全く警戒していない。初対面とは思えないフランクさだ。
そんな老人の後について小屋に入ったトールは、小屋の中を見て驚愕する。
「な……っ! これはまさか空間魔法?!」
小屋の外から見た面積と中の面積が全く噛み合っていなかった。小屋の大きさの何倍もの空間が目の前に広がっているのだ。
「ふぉっふぉっふぉ。坊ちゃんはすぐ気がついたのう」
「こんな大規模な空間魔法を見るのは初めてです! 貴方は一体……?!」
トールは至難の業だと言われている、空間魔法を行使した本人であるこの老人が何者なのか知りたかった。
「ワシか? ワシはノアじゃ。とうの昔に隠居したただの老人じゃよ」
「いや、ただのご老人がこんな難易度の高い魔法を構築するのは……って、あれ?」
老人の名前を聞いたトールは、ふと記憶に残っていたとある場面を思い出す。それは、トールとティナが通っていた学院で受けた魔法学の授業で──
「──っ! まさか……貴方は大魔導士デュノアイエ様ですか?!」
トールの頭の中で、ノアの顔と教科書に載っていた偉人の肖像画が一致した。
時系列がおかしいが、それでもトールは目の前の老人ノアが、大魔導士デュノアイエと同一人物だと確信する。
「ふぉっふぉっふぉ。坊ちゃんは随分博識じゃのう。しかも勘が鋭いと来た。もしかして坊ちゃんの名前はトール、かのう?」
「え……どうしてそれを……?!」
トールはノアが自分の名前を──愛称を知っていることに驚いた。いくら大魔導士とはいえ、自分のことを知っているはずがないのだ。
「ふぉっふぉっふぉ。そう警戒せんでもええぞい。坊ちゃんのことは嬢ちゃんから聞いとるでの」
「嬢ちゃんって……っ!? まさか、ティナ、ですか……?」
「やはり坊ちゃんは嬢ちゃんの知り合いじゃったか」
トールはノアと初めて会った時からずっと疑問に思っていたことがあった。それはノアが自分と誰かを比べるような発言を何回もしていたことだ。
「ティナはっ?! ティナはここにいるんですかっ?! もしいるのなら会わせて下さいっ!! お願いします!!」
ようやく見つけたティナの手掛かりを逃がさないよう、トールはノアに必死に頼み込んだ。
きっとティナは自分に会いたくないと思っているだろう。だけどトールはそれでもティナを諦められないのだ。
もしもう一度会えるなら、その時は何がなんでもティナに許してもらい、自分の正直な気持ちを伝えたいと思っている。
「まあまあ落ち着くのじゃ。嬢ちゃんはもうここにはおらんよ。三日ほど前に出て行ったでな」
「……あ、すみません……。そうですか、ティナはもういないんですね……」
ノア曰く、ティナはすでにここから去った後らしい。どうやらトールは一足遅かったようだ。
「まあ、出て行ったと言ったが、またここに帰って来るって言っとったぞい。ここには嬢ちゃんの部屋もあるからのう」
「え、そうなんですか?」
ノアの話を聞いたトールは意外に思う。念願の冒険者になったティナが、定住出来る場所を作っているとは思わなかったのだ。
彼女ならきっと、一つの場所に留まらず、世界中を冒険するだろうと思っていたのだが……。
「ほらほら、突っ立っとらんで座りんしゃい。聞きたいことがあればちゃんと教えるでな」
「あ、はい」
小屋の中に入ってから、ずっと立ちっぱなしだったことに気づいたトールは、ノアに言われるがまま席についた。
「…………はあ。」
椅子に座わったトールから長いため息が出る。
一ヶ月もの間、ずっと野宿だったトールは、椅子に座ることすら随分久しぶりだったのだ。そんな状態だったからか、椅子に座った瞬間、どっと疲れが押し寄せて来た。
《トール大丈夫?》
「うん、大丈夫だよ」
ずっと様子を窺っていたルシオラが心配そうに声をかけて来た。トールがかなり疲れて見えるらしい。
「いくら精霊を連れとっても、馬で森を移動するのは大変だったじゃろ。このお茶でも飲んでゆっくり休むがいい」
いつの間にやら、お茶を用意したノアが戻って来た。よく見れば小屋の中の設備は充実していて、そこら辺の貴族が住む屋敷より快適そうだ。
「あ、有り難うございます」
ノアが持って来てくれたお茶から爽やかな香りが漂って来る。トールが一口飲んでみると、ほのかな甘みが口の中に広がった。
「……美味しい、です」
この国ではあまり見ることがない薄緑色のお茶は、人の心を落ち着かせる効果があるらしい。トールはここに来てようやく一息つくことができた。
トールが素直にお茶の感想を伝えると、ノアは嬉しそうに笑う。
「そうかそうか。そのお茶は嬢ちゃんも気に入っとったでな」
ティナの話をする時、ノアはとても優しい表情になることにトールは気がついた。
その表情からノアはティナをとても大事に想っている──そんな気持ちが伝わってくるようだ。
「あの、ティナはしばらくここに滞在していたんですか?」
「そうさな。一ヶ月ほどここにおったのう」
「一ヶ月?!」
「うむ。その間嬢ちゃんはワシの面倒をよく見てくれてのう。毎日美味い飯を作ってくれたんじゃ」
ノアはそう言うと、トールの顔を見て「ふぉっふぉっふぉ」と笑い出した。
「なんじゃ。坊ちゃんはワシが羨ましいのか? 顔にそう書いておるわいな」
「え、あ、いや……っ」
ノアに指摘されたトールは、思わず手で顔を覆う。無意識に感情が漏れていたらしい。
トールは小さい頃から人に表情を読まれないように気を付けていた。それなのに、ティナが絡むと、つい感情が表に出て来てしまう。
指摘された通り、トールはティナと楽しく過ごしていたノアが羨ましかった。それに何よりティナの手料理を毎日食べていたと自慢されたのが気に入らない。
「どうやら坊ちゃんは嬢ちゃんが絡むと冷静でなくなるようじゃな」
「それは……まあ、ティナは俺が愛する唯一の人ですから」
トールは恥ずかしげもなく、正直に自分の気持ちをノアに明かした。ティナを想っていることを隠す必要はないし、ノアにはそんなトールの気持ちなんてとっくの昔にバレているはずだ。
「ええのうええのう、青春じゃのう。若いって素晴らしいのう」
ノアはトールの答えに何故かとても満足げだ。すっごく良い笑顔まで浮かべている。
「坊ちゃんは腹が減っておらんか? よければワシがご馳走してやるぞい」
「……いえ、なるべく早くティナを探したいですし、気持ちだけで──「嬢ちゃんが作ってくれた料理を食べとうないんか?」──っ、食べます!」
お茶を飲んだらすぐ出発しようと思っていたトールだったが、ノアの悪魔のような誘惑にあっけなく撃沈してしまう。
それからトールは散々ノアの昔話を聞かされることになった。
その内容はノアが七百歳以上を生きるハーフエルフだという話から始まり、若い頃からモテモテで困ったこと、時空間魔法を極めようと研究していたこと、好奇心旺盛な性格が災いして精霊に嫌われていること、今はこの森の生態系を調べつつポーションを作っていることなど、多岐に渡った。
トールはノアの話に散々付き合わされる羽目になったが、ティナの作り置きしてくれていた料理を堪能しながらだったので、全く苦にならなかった。
そして気がつけば夜も更けていて、結局トールはノアの小屋で一泊することになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます