第64話 ルシオラ
ティナを求めて<迷いの森>に足を踏み入れたトールは、ルシオラに案内されながら森の奥へと進んでいく。
森の中は人の手がほとんど入っておらず、自然がそのまま残されている。
それは逆にいうと、進むべき道がないために移動にかなり時間がかかるということだ。
トールが森の中に足を踏み入れてから、すでに十日が経過していた。
<迷いの森>は広大で、ルシオラが案内してくれなければ、今自分がどこにいるのかわからず、その名の通り迷っていただろう。
日が昇っているうちに進めるだけ進み、日が暮れると早々に野営をする。
今日も馬を走らせてかなりの距離を進んだトールは、巨大な樹の根元にもたれながら空を見上げた。
木々の間から見える星空は圧巻で、まるで自分が違う世界に取り残されてような錯覚を覚える。
月は綺麗な満月で、月の光が森の中を優しく照らしている。
ルシオラは月の光の中でくるくると回っていて、とても機嫌が良さそうに見える。
昔からルシオラは満月になると動きが活発になり、こうしてくるくると踊るように飛び回るのだ。
森の中に入ってから、以前より元気になったルシオラは、蛍のような大きさからひと回り大きくなっていた。
まるで森から生命力のような不思議な力を受けているようだ、とトールは思う。
そして今、満月の光を浴びたルシオラはさらに光り輝いている。
トールが幻想的な光景を眺めていると、ルシオラの光がさらに強くなっていった。
「えっ?! ルシオラ?!」
今までにない強い光にトールが驚いていると、大きく膨れ上がっていた光が弾けた。あまりの眩しい光にトールの視界が真っ白に染まる。
一体何が起こっているのか、トールがそっと目を開けると、そこには燐光を纏った小さい女の子がいた。
《トール! わたし力が戻ったよ!》
ルシオラはくるぶしまである長い青色の髪の、可愛らしい少女の姿になっていた。見た目は十歳ぐらいに見える。
しかし実際の大きさは手のひらサイズで、全体的に光でぼやけており、一目で人間じゃないことがわかる。
「ルシオラ……! それが本当の姿なのか?」
まさか精霊が人間に似た姿になるとは思わなかった。しかもイメージではなく会話が出来ている。
《うん……! ここはルーアシェイア様の力の範囲内みたいだからね! それに今日は満月だから、この姿になれたんだよ!》
「ルーアシェイア? それは、ルシオラが感じていた巨大な力の?」
《そうだよ! ルーアシェイア様はわたしたち精霊の王様だよ!》
「え、精霊王がこの森の奥に?!」
《いると思うよ! 普通の人間じゃ会えないけど、トールはエーレンフリートの子孫だし、わたしが祝福しているからね! きっと会えるよ!》
クロンクヴィスト王国を建国したエーレンフリートが、精霊王から祝福され<金眼>を与えられたことは、以前ルシオラから教えられていたものの、まさか精霊王がこの<迷いの森>にいるとは……トールは思いもしなかった。
「ルシオラは精霊王と会ったことがあるの?」
《ううん。わたしは初代の精霊ティニアから引き継いだ五番目だから。精霊樹から生まれていないの》
「え? 五番目? 精霊樹?」
ルシオラから聞かされる話は初めて聞く言葉ばかりで、トールは困惑してしまう。
《そうよ? ティニアはエーレンフリートが亡くなる時、一緒に命を消したの。だけどエーレンフリートの子孫を守らなきゃいけないから、持っていた精霊樹の実で次代の精霊を生み出したのよ》
「なっ……!?」
《一応、力や記憶は引き継いでいたけど、交代する度に弱くなっちゃったの。でも今は元気だよ!》
「…………」
トールはルシオラの話を聞きながら、頭の中で整理した。
どうやら精霊は精霊樹になる実から生み出されること、ルシオラはエーレンフリートと共にいた精霊、ティニアの力と記憶を引き継いだ五番目の精霊だということ──。
ルシオラと会話する時、今まではイメージで意思疎通していたが、「はい」や「いいえ」以外は抽象的な内容がほとんどだった。
しかし、こうして言葉にしてみると情報量が全く違ってくる。
「ルシオラが五番目ってことは、精霊にも寿命があるのかな?」
《わたしの前の精霊たちは二百年ぐらい生きていたみたいね。わたしたち精霊は自然から離れれば離れるほど弱まっちゃうの。だから街にいる精霊は百年ほどで消えちゃうわ。王宮にはゆりかごがあるからまだマシね。それにわたしはトールの魔力を分けてもらっているから、まだまだ寿命はあるんだけどね!》
「ゆりかご? それ、もしかして……」
《エーレンフリートが持っていたペンダントよ。その中で眠ると力をあまり消耗しないのよ》
トールは初めてルシオラの存在を知った、九歳の誕生日のことを思い出していた。
あの時は九歳の誕生日ということで、特別に宝物庫に入る許可をもらったのだ。
ちなみに何故九歳なのかというと、初代国王であるエーレンフリートが旅に出た時の年齢にちなんで、ということだった。
そしてトールはエーレンフリートが使っていた防具と剣などの遺品や、討伐した魔物の魔石に、冒険で手に入れた貴重なアーティファクトを見学した。
その時見た遺品の中に、確かにペンダントがあったと記憶している。
「なるほど、そうだったんだ」
精霊は時々ゆりかごから出てはエーレンフリートの子孫を見守っていたのだろう。
ルシオラがトールの前に現れたのは宝物庫を見学した後だった。きっとトールの気配を感じ、目が覚めたのかもしれない。
「じゃあ、これからはこうしてルシオラと会話できるんだ。すごく嬉しいな」
《うふふ。わたしもすーっごく嬉しい! ずっと歯痒かったのよね!》
イメージでは細かいニュアンスまで伝わらなかったから、ずっとルシオラはもどかしかったと言う。
《早くティナとアウルムに会いたいわ! わたしを見たらびっくりすると思うの!》
ずっと一緒に旅をしていたものの、ティナはルシオラの存在に全く気づいていなかった。アウルムとは疎通があったものの、当時はお互い会話が出来るほどではなかった。
しかし、力を取り戻した今ならきっと、二人と仲良く出来るに違いない、とルシオラは信じて疑わない。
「そうだね。俺も早く会いたいよ」
《わたしに任せて! ティナとアウルムの気配を感じたらすぐに教えるわ!》
「うん、ありがとう。頼りにしてる」
実際、トールはルシオラをとても頼りにし、感謝していた。
しかもこれからは会話ができるから、ティナを探す効率がかなり上がるだろう。
次の日、トールは夜明けと同時に出発する。ティナに追いつくにはまだまだ時間がかかるだろうが、せめて彼女の痕跡だけでも早く見付けたかったのだ。
《あ〜〜……。元に戻っちゃったよ〜〜!》
ルシオラと会話ができるようになったものの、精霊が人間の姿になれるのは満月の日の夜だけらしく、今のルシオラの姿は光の玉に戻っている。
だから表情はわからないが、声からしてものすごく落ち込んでいることがわかる。
「不思議だね。どうして満月の夜だけなんだろう」
《ルーアシェイア様が月を司るからかもね。満月は力が一番強くなるし》
「月を司る、か。じゃあ月下草も精霊王と関係がありそうだね」
《そう思うんだけど……。その辺りは記憶が無いの……役に立てなくてごめんね……》
ルシオラはティニアの記憶を完全に受け継いでいないため、ところどころ記憶が抜け落ちていると言う。
きっと彼女は記憶があればティナを助けてあげられるのに……と思っているのだろう。
「ルシオラにはいつも助けられているよ。ヒントもたくさん教えてもらったしね。それだけで十分だよ」
《うぅ、トールぅ〜〜っ!》
トールに励まされたルシオラが頭に飛び乗った。もし人の姿だったなら、しがみついているように見えるだろう。
《ほんと、トールってば身内にはすっごく優しい……って、あれ?》
トールの頭上で跳ねていたルシオラの動きがピタッと止まる。
「どうした?」
さっきまで賑やかだったルシオラが黙ってしまう。何かの気配を感じたのかもしれない。
《あのね、ずっと向こうの方に魔力を感じたの》
「魔力?! もしかしてティナの?!」
《ティナの魔力かどうかは、ここからじゃ遠すぎてわからないけど……》
今いる場所から魔力を感じた場所まで、かなり距離があるという。
「方角はわかる? とりあえずその場所に行ってみよう」
《うん! こっちだよ!》
ルシオラに誘われ、トールは魔力の持ち主がいる場所へ向かう。
もしその主がティナだったら、と思うと居ても立っても居られない。
しかし、目的の場所まではずいぶん遠いらしく、一日や二日では辿り着けなさそうだ。
「ルシオラ、魔力の持ち主はまだそこにいるかな?」
《どうやら移動はしていないみたいね。ずっと同じ場所にいるみたいよ》
「そうか……」
トールは魔力の主がティナじゃないのでは、と思い始めた。ティナならそこに留まらず、移動しているはずだからだ。
しかし、もしティナではなかったとしても、この森にいること自体その人物が只者ではないことを示している。
トールはその人物が何者なのか気になってきた。
そして魔力の気配を感じて三日ほど経った頃、トールとルシオラは森の中に佇む小屋を発見する。
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