第61話 遺恨


 クロンクヴィスト王国には公爵の位を持つ三つの家門があった。


 そのうちの一つであるアッヘンバッハ公爵家は今代の皇后を排出し、その勢力は飛ぶ鳥も落とす勢いで、王室にも匹敵する程であった。


 そして皇后である娘は王子を出産し、行く末はその王子が王太子となるだろう、と国中の誰もが思っていた──トールヴァルドが生まれるまでは。


 このクロンクヴィスト王国に於いて<金眼>を持つ者は、初代国王の正統なる後継者として尊ばれる。

 そんな王子の誕生に国は湧き、たとえ第二王子だとしても次期国王にするべき、との意見があちらこちらから聞こえてくるほどであった。


 実質的にアッヘンバッハ家がクロンクヴィスト王国を支配出来るまであと少し、というところまで来たというのに、トールヴァルド一人のために今までの苦労が全て無駄になってしまう。

 <金眼>を持つトールヴァルドの存在は、アッヘンバッハ公爵の野望を妨げる最大の障害となったのだ。


 そんな目障りなトールヴァルドをこの世から抹殺するために、嫉妬深い娘である正妃と共謀し、公爵はありとあらゆる手を用いたものの、その尽くを失敗してしまう。


 まるでトールヴァルドを守る見えない力が働いているかのようだ、と公爵は感じた。そうしてトールヴァルドは見えない何かに守られながら成長していく。


 公爵の目に、トールヴァルドがまるで化け物のように映ったのは必然で。


 そんなトールヴァルドが成長していくにつれ、公爵は焦燥感に襲われる。

 それはトールヴァルドが優秀で、彼を認める貴族の家門が日に日に増えていったから、というのもある。


 このままではトールヴァルドに王太子の座を奪われてしまう、と思われたある日、運良く公爵家の手の者が側妃を暗殺したのだ。


 側妃の訃報に国中が騒然となり、国王が悲しみに暮れている隙をついて、公爵の派閥は王国の実権を握ることに成功する。


 ──残るは邪魔者のトールヴァルドを抹殺するのみであったが、側妃の侍女に邪魔をされトールヴァルドは行方を眩ませてしまう。


 激怒した公爵は闇の世界の人間にコンタクトをとり、思いつく限りの暗殺者ギルドにトールヴァルドの暗殺を依頼する。

 その依頼料は天文学的数字に昇ったが、確実に王国を手に入れられるのなら、と思うと苦にならなかった。


 しかし、そんな人生を賭けた大勝負にも、公爵は敗北してしまう。

 抜け殻のようになったと思っていた国王を油断していたのが敗因であった。


 結局、公爵家は取り潰しとなり、正妃だった娘ともども公爵は処刑されることになる。


 ところが公爵だった元当主は影武者を使い、自分だけ処刑を免れることに成功する。

 娘は死んでしまったが、自分さえ生き残れば何度でも家門を立て直せるはずなのだ。


 そうしてクロンクヴィストから逃亡している道中で、元当主はとある人物と出会う。


 その人物はトールヴァルドのことを忌み嫌っており、彼を殺せるのなら、と元当主に協力を申し出てくれたのだ。


 それから元当主はクロンクヴィスト王国の情報を渡す代わりに、その人物から庇護を受けることが出来た。


 そしてトールヴァルドが学院に留学している間、元当主は力を貯め、協力者を募り、地盤を築きながら虎視眈々とトールヴァルドを殺す機会を窺っていたのである。


 予定よりは早かったが、トールヴァルドが国に戻り、予想外にも自身の孫であるフロレンツに王太子の座を譲った後、護衛もつけず一人で王宮を飛び出したと聞いた元当主は、今がチャンスだと判断した。


 協力者が用意してくれた暗殺者を引き連れ、今度こそ確実に金色の瞳の化け物を殺してやるのだと、転移魔法で先回りしてトールヴァルドを迎え討つつもりであった。


 元当主自身、念願であったトールヴァルド暗殺が、後少しで叶うと信じて疑わなかった、それなのに──。


「ぐっ……!! くそぉっ!! 許さん!! 許さんぞぉっ!!」


 トールヴァルドが魔法に長けているのは理解していたが、元当主は本当の意味で理解していなかった。まさか最上級の氷魔法まで使えるとは思いもしなかったのだ。


 そんな元当主は今、身動き出来ないように拘束され、地に転がされトールヴァルドに見下ろされている。


「うーん、誰の協力を得ているのか教えて欲しいんですけど……無理そうですね」


「当たり前だっ!! 儂は絶対に喋らんぞっ!!」


 元当主は実際、協力者の名前を知らなかった。

 会う時はいつも顔を隠していたから、男ということしかわからないのだ。


「その協力者はよほど俺のことが気に食わないんですね。ちなみに俺のことをなんて言っていましたか?」


「そうだ!! お前を殺してやりたいほど憎んでおったわ!! その金色の目が忌々しいんだと!! まるで獣のようで悍ましいともな!!」


「……なるほど。貴重な情報を有難うございました」


「は? え? ぐぎゃっ」


 トールは元当主にお礼を言うと、首にツヴァイハンダーを突き立てた。

 元当主の首から血が溢れ出て、凍って真っ白な地面を真っ赤に染めていく。


 トールは死体に構わず、馬に跨って再びフラウエンロープへと向かう。

 死体をわざと放置したのも、元当主の背後にいる人物への警告だ。


 元当主から得た情報でトールは元当主の協力者──いや、協力する組織に当たりをつけた。


「──アコンニエミ聖国、か……」


 トールがぽつりと呟いた。


 アコンニエミ聖国は、ラーシャルード教の総本山である宗教国家だ。


 ──ある意味、ティナを不幸にした原因の一つでもある。


 アコンニエミ聖国は<金眼>を持つトールをずっと目の敵にしていた。それにトールのことを「忌み子」だと表現するのもあの国だけだ。


 そして冒険者に憧れていたティナを無理やり神殿に連れて行き、聖女として奉仕させ、あまつさえ魔力を搾り取り、一生その身を縛りつけようとした。


 アコンニエミ聖国は、ティナと同じような数多の人々の犠牲で成り立っている国、と言っても過言ではないのだ。


 いつかアコンニエミ聖国には今回のことと、ティナが受けた仕打ちに対する報復をしなければならないだろう。その時は容赦無く徹底的に潰すつもりでいる。


 だけど今は、とにかくティナに会いたい──会いたくて会いたくて、その笑顔で自分の心を癒してほしい、とトールは切に願う。


 ──このままではきっと、心までも凍てついてしまうだろうから。






 それからトールは休むことなく、ひたすらフラウエンロープへと突き進んだ。

 アコンニエミ聖国から追手が来る可能性を危惧していたが、警告が効いたのか何事もなく進むことが出来た。


 そうして王宮から飛び出して二週間ほど経った頃、トールはついにフラウエンロープに到着する。


 トールはティナに会いたい一心で、街に寄ることなく通り過ぎ、<迷いの森>の入り口に降り立った。


 森は噂に違わず広大で、鬱蒼と生い茂る木々はまるで砦のような威圧感がある。普通の人間なら言い知れぬ恐怖を感じ、その場から逃げてしまうかもしれない。


「ルシオラは何か感じる?」


 トールは精霊であるルシオラがフラウエンロープへ近づくに連れ、元気になっていくのを感じていた。

 それはまるで、本来の力を取り戻していくかのようだった。


 ルシオラは嬉しそうにトールの周りを飛び回ると、森の入り口へとトールを誘う。


「……え? 案内してくれるって?」


 ルシオラから伝えられたイメージは、森の奥深くに巨大な力を感じる、というものだった。その力がルシオラに影響を与えているという。


「じゃあ頼むよ。もしティナの気配を感じたら教えてほしい」


 ルシオラから肯定の返事を伝えられたトールは、ルシオラの存在を頼もしく思う。ルシオラには今まで何度も助けてもらっているのだ。


「うん、行こう」


 まるで得体の知れない化け物が口を開け、一度入ったら二度と逃げられない──そんな錯覚を起こしそうな恐ろしい森に、トールは全く躊躇うことなく足を踏み入れた。


 ティナがいるのなら、そこが火山の噴火口でも海底でも構わず、トールは飛び込むだろう──ティナはずっと前から、トールの生きる全てなのだから。

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