第59話 精霊の祝福
「えっと、やっぱり私の両親も月下草を探しにここへ来たんですか?」
20年前なら両親はまだ新婚だったかもしれない。しかしティナは彼らから<迷いの森>の話を聞かされていない。
それに両親がノアと会ったことがあるのなら、必ずティナに冒険譚として話してくれたはずなのだが……。
きっと、すべての感覚を迷わせてしまう<迷いの森>で、両親も例に漏れず迷わされたのだろう。
「んん〜? どうだったかのう……。確かあの二人は月下草を見つけられんかったはずじゃ。おそらく別の素材を採取して帰ったんじゃないかのう?」
ノアが当時のことを思い出そうと、うんうんと唸っている。
彼も少しは森の影響を受けているようだが、さすがハーフエルフ。人間に比べてかなりマシなようだ。
「そうですか……。でもノアさんは20年も前のことをよく覚えていらっしゃるんですね」
「この森では滅多に人と会わんからのう。それに2人共珍しく精霊に好かれておったからな。印象深かった、というのもあるでな」
「え?! 両親は精霊に好かれていたんですか……?!」
ノアとの会話は驚きの連続だ。まさか両親とも精霊に好かれていたなんて、ティナは思いもよらなかったのだ。
「きっと嬢ちゃんのご両親は善良な気質だったんじゃろな。だからここまで入ってくることを許されたんじゃろ。祝福までは授かってはおらんかったがな」
「え。祝福、ですか……?」
「そうじゃよ。精霊から祝福された者は、精霊王に会うことを許された者ということじゃよ」
「?!」
ノアの話をまとめてみると、精霊王がいる湖に行くには、精霊から祝福される必要がある、ということらしい。
きっと街で聞いた重い病気の人間を治すほどの力を持つ幻の湖の話も、精霊王の湖のことだろうと、ティナは確信している。
「ワシは湖に行ったことがないからのう。月下草がそこにあるかどうかはわからんが、行ってみる価値はあるじゃろて」
「でも……精霊の祝福がないと、辿り着けないんですよね? どうすれば祝福を授かることが出来るんですか?」
精霊の姿が見えないティナが精霊から祝福を受けるためには、まず精霊が見えるようになる必要があるかもしれない。
それにそう簡単に受けられるものではないだろうから、途方もない時間がかかるだろう、とティナは思っていたのだが──。
「ん? 嬢ちゃんはもう祝福されとるでな」
「──はっ?!」
ティナはめちゃくちゃ驚いた。驚きすぎて、言葉が出てこない。
「なんじゃ。知らんかったのか? 嬢ちゃんはこの森に入って何日じゃ?」
「──……え? 1日、ですけど……?」
「祝福されたいうても、普通の人間がここまで辿り着くには1年はかかるぞい。嬢ちゃんが聖獣の主で精霊から祝福されとったから、そんな短時間でここまで来られたんじゃよ」
「……!?」
確かに、ノアが言う通りティナはアウルムに乗せてもらってここまで来れた。
森の中は人の手が入っていないから、もちろん道などはなく美しい自然がそのまま残っている。
草をかき分けながら進まなければならないから、歩く速度もかなり制限されるだろう。
「で、でも……っ! 私は精霊を見たことがなくて……」
「そうさな。見たところ、嬢ちゃんはまだ万全の状態じゃないからのう。魔力の流れが不自然に澱んどるでな。長い間魔力を封じられておったんかのう?」
「……あっ!? た、確かに……!!」
ティナは聖女の証である腕輪を思い出した。
聖女になってからずっと身に付けていた腕輪は、結界を維持するために必要で、膨大な量の神聖力を常にティナから奪い続けていた。
10年以上身に付けていた腕輪が無くなった反動なのか、今のティナは魔力が安定していないのだろう。
「すごい!! ノアさんすごいです!! 何でも知っていらっしゃるんですね!!」
「ふぉっふぉっふぉ。そんなに褒められたら照れちゃうのう」
ティナの心からの賞賛を受けたノアが、嬉しそうにくねくねして照れている。
「しかし嬢ちゃんは随分魔力が多いのう。若いのに大したもんじゃ。今までよう無事じゃったのう。国の権力者に目を付けられんかったのか?」
「え、そんなに多いですかね? 確かに、しばらく神殿にいましたけど……」
神殿がティナを無理やり連れて行ったのも、その身に宿す神聖力の多さが理由だった。そう言う意味ではノアが言う通り、権力によって自由を奪われていたのかもしれない。
「あれ? でも魔力と神聖力は違うものじゃないんですか?」
この世界の人間は差はあれど皆、魔力を持って生まれてくる。
しかし神に選ばれた者は魔力ではなく神聖力を与えられる、とティナは神殿で教えられたのだ。
──神聖力を持つ者は特別な存在である。だからラーシャルード神に感謝しながら、日々その力を神殿のため、人々のために捧げなければならない──。
ティナはずっとそう教えられてきたのだが……。
「いんや? 魔力も神聖力も元は同じものじゃて。ただ、大切な人を救いたいという想いが神聖力となる場合があるでな」
神聖力は決して特別な存在に与えられるものではなく、ラーシャルード神を信仰するしないに関わらず、その想い次第で誰にでも使える力になる──とノアは教えてくれた。
「嬢ちゃんはうんと小さい頃から、誰かを助けたいと思い続けておったんじゃないかのう」
ティナはノアの言葉を聞いて、両親のことを思い出す。物心ついた頃から二人は旅をしていて、常に危険に晒されていた。
二人が高ランクの冒険者であっても、怪我は日常茶飯事だったのだ。
──きっと、生まれた頃からティナはずっと、両親を守りたいと思っていたのだろう。
「…………」
ノアの言葉はどれも納得出来るものばかりで、疑問に思っていたことの説明もついた。
ティナはフレードリクから婚約破棄され、アンネマリーに聖女の称号を奪われた日を思い出す。
あの日からティナは不思議に思っていたのだ。神聖力を持たず、ただ魔力が多いだけのアンネマリーが、なぜ聖女の腕輪を外すことが出来たのか。
結局、神殿が必要としていたのは神聖力を持つ人間ではなく、より多い魔力を持つ人間だったのだ。
神聖力は神殿の威光を示すための託言──口実なのだろう。
「……つい長話をしてしまったのう。嬢ちゃんは腹減っておらんか? 一緒に飯でも食うか?」
黙り込んでしまったティナを気遣うように、ノアが食事にしようと言ってくれた。
「はい、そうですね。じゃあ、私がノアさんにご馳走しますよ」
ティナは感謝の気持ちを込めて、ノアに食事を作ってあげたいと思う。
この場所でノアに出会えたのは僥倖の極みだろう。彼に出会わなければきっと、道に迷わなかったとしても、精霊王に会えなかったような気がするのだ。
「そうかそうか! そりゃ楽しみじゃわい! 人の手料理なんぞ何年振りかのう……」
「えへへ。料理上手じゃありませんけど、食材をたくさん持っていますから」
それからティナは、いつの間にか眠っていたアウルムを起こさないように、料理を作り始めた。
街で買ったチーズやソーセージなどの加工品も惜しむことなくふんだんに振る舞った。
野菜たっぷりのラタトゥイユにミートボールを入れて旨みを足した煮込み料理や、ソーセージにハーブや野菜をベーコンで巻いた炭火焼き、木の板に魚や野菜を載せて蒸し焼きにする燻製料理など、何品も作っていく。
「……おぉ、おお……っ!! な、なんて美味そうなんじゃ……!!」
『ティナー。ごはんー? いい匂いがしてるのねー』
ノアが感嘆の声をあげ、匂いに目を覚ましたアウルムが起きてきた。
「ふふ、たくさん作りましたから、いっぱい食べてくださいね。残ったら倉庫に保存していただいてもいいですし」
「お、おお!! それは嬉しいわい!! しばらくは美味い食事が食べられるわい!」
ティナの料理にノアは大喜びだ。アウルムもしっぽをブンブン振って食べている。
大量に作ったつもりだったが、意外にノアは大食漢で、料理はみるみるうちに減っていく。
「ノアさんはお酒も飲まれるんですよね? おつまみも作りましょうか?」
「なんと! おつまみ! 嬉しいのう! ぜひお願いするぞい!」
倉庫にはワインや酒類も大量に保管されていた。ティナはそれらに合いそうなおつまみを作っていく。
街のパン屋で買ったリュスティックやカンパーニュと、ブルーチーズやカマンベールなどのチーズ類を一緒に盛り付ける。
そして何種類かのきのこで作ったアヒージョを作った。
「おお! これはいかん……!! 酒がどんどん進んでしまう……!!」
ノアは倉庫から持ってきたワインを飲みながらおつまみを堪能する。
ちなみにノアはアヒージョで残ったオイルまでパンと一緒に食べてくれた。食べっぷりがとても気持ちがいい。
「あ〜〜。満足じゃ〜〜。こんな美味い料理は500年振りじゃ〜〜」
ワインを飲んだノアはほろ酔いで、とても気分がよさそうだ。もし明日二日酔いになっていたら、治癒魔法で直してあげようとティナは思う。
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいです」
「大喜びじゃよ〜〜。嬢ちゃんにはお礼をせんといかんのう〜〜」
よほど嬉しかったのか、ノアはティナに何かお礼をしたいと言う。
むしろティナがノアにお礼をしたかったから料理を振る舞ったのに、それではお礼の意味がなくなってしまう。
「お礼なんてとんでもないです……! ……あ。それじゃあ、ここにしばらくテントを張らしていただいてもいいですか?」
「……ん? 外にテントを張るのかのう? なら、もう一つ部屋を拡張するから、そこで暮らせばいいぞ」
ノアの小屋にはいくつか部屋があるが、書庫だったり研究室だったりして、客室のようなものが無かった。
だからティナは外にテントを張らしてもらい、しばらくここで過ごさせてもらおうと思っていたのだが……。
さすが大魔道士というべきか、ノアはいとも簡単にティナ用の部屋を用意してくれたのだった。
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