第55話 形跡
ティナを見つけるために王位を放棄したトールは、旅の準備を素早く済ませると、とある場所へと向かった。
トールが向かったのは、王都ブライトクロイツの端にある街だ。
「ここも久しぶりだな……」
狭い路地裏にある、まるで隠れ家のような店の前に立ったトールは、懐かしさを感じながら扉を開いた。
「お久しぶりです」
店の中に入ったトールは、所狭しと並ぶ魔道具が陳列されている棚の、その先にいる店主に向かって挨拶をした。
「……誰かと思えば殿下じゃないか。ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけどねぇ」
トールがこの国の第二王子だと知りながらも、この店の店主──アデラの態度は変わらない。
店の中では身分関係なくただの客なのだ。魔道具を売るも売らないもアデラの気分次第なのだ。
「え? 俺に、ですか?」
「そうだよ! あんたの知り合いらしい女の子がここに来たけど、あの娘は一体何者なんだい?! あんたなら知っているんだろう?!」
「ティナがっ?! ここに来たんですか?!」
トールはティナがこの店に来たことがあると聞いて驚いた。
何故なら、この店の主人であるアデラは元王宮魔術師で、その彼女が趣味で営んでいるこの店は、限られた者しか訪れることができないからだ。
そしてアデラは高名な魔道具師でもあり、彼女の魔道具を欲しがる者はこの国以外にもたくさんいる。きっとこの店の存在が知れ渡れば、客で溢れかえっているだろう。
元々人嫌いのきらいがあるアデラは、この店を隠蔽の術式で隠し、極たまに訪れる客を相手に余生を送っているのだ。
「そうだよ。ある日突然やって来てね。高価な魔道具を即決で買って行ったよ」
「ティナが……」
トールはティナの様子を聞いて嬉しくなり、思わず顔が緩んでしまう。
「……何だい。あんたたちはそんな関係かい。どうりであんたのことを愛称で呼ぶ訳だ。……ん? それにしてはあの娘、随分遠いところへ行くんだねぇ」
「ティナの行き先を知っているんですか?! 教えてくださいっ!! お願いします!!」
まさかこんなところでティナの手掛かりが見つかるとは思っても見なかったトールは、アデラにティナの居場所を教えてくれるよう、必死に頼み込む。
「いや、わたしゃあの娘がどこへ行ったかは知らないよ……! ただ、月下草を探しているんだったら、森の奥深くだろうと思ったのさ」
「……そうですか……」
もしかして、と思ったものの、結局ティナの行き先がわからないトールはがっくりと肩を落とす。
そんな彼を、アデラは興味深そうに眺めている。
「あんたは随分変わったねぇ……。前はそんなに感情を表に出さなかったのに。あのお嬢ちゃんの影響だね?」
昔からトールを知っているアデラは、トールが感情豊かになっていることに驚いた。
「……はい。ティナが絡むとどうしても感情を抑え込むことができないんです」
はにかむように言うトールは、年相応の少年のように見えた。いつもは大人びていたトールのそんな姿に、アデラは心の底で安堵する。
「そうかい。それはいいことだね。……で、あんたをそんな風に変えちまったあの娘は結局何者なんだい? <金眼>の魔物と意思疎通ができるなんて、只者じゃないんだろう?」
「えっと、どうしてそんなに彼女が気になるんですか? 彼女が何かしたんですか?」
人に興味を示さないアデラが、ティナにここまで興味を持つなんて、とトールは意外に思う。きっと悪い意味ではないだろうけれど。
「あの娘はねぇ。私の身体をすっかり健康にしちまったんだよ! 長年悩まされていた腰痛も完治させてね。今じゃ走れるぐらいだよ!」
ティナに腰をマッサージして貰ったあの日、うたた寝をしてしまったアデラが目を覚ますと、すでにティナたちの姿はなかった。
店の戸締りのため、身体を起こそうとしたアデラは、自身の変化に驚いた。
いつもは腰が痛くて起き上がるのに時間がかかっていたのに、全く痛みを感じることなく身体を起こせたのだ。
しかも常に感じていた心臓の痛みまで消えていて、アデラはティナが自分を癒してくれたことに気がついた。
「おまけしたブレスレットのお礼か何か知らないが、これじゃあ全く割に合わない。何としてもこの借りを返さないとね! 気持ち悪いったらありゃしないよ!」
言葉はきついが、アデラは何とかティナにお礼をしたいのだと言っているのだ。素直じゃない性格のアデラだからよく勘違いされてしまうが、本当は根は優しくて義理堅い。
「じゃあ、俺からティナにアデラさんが感謝していた、と伝えておきますよ」
「なんだい。あんたあの娘の居場所がわかるのかい?」
「それはわかりませんけど……必ずティナを見つけますから。たとえ何年かかってでも」
何の根拠もないのに自信満々のトールに、アデラは呆れた顔をしている。
「あんたを待ってる間に私が先にくたばっちまうよ……ったく」
アデラはそう言うと、陳列している棚から地図を取り出した。
「ほら、これを見な。あの娘は月下草を探しているんだろう? なら行き先はフラウエンロープの可能性が高い。あそこはクロンクヴィストで一番大きい森がある場所だからね」
「フラウエンロープ、ですか? 確かあそこには……」
「<迷いの森>があるね」
アデラが言う<迷いの森>とは広大な面積を誇る最古の森として、学者や冒険者たちに知られている。
森林資源も豊富で、貴重な動植物が生息しているといわれ、昔から何度も調査や開発を試みようとしたが、その全てが失敗に終わってしまった。
入り口付近ならまだ大丈夫だが、一旦森の奥に足を踏み入れると方向感覚を失い、熟練の冒険者でも遭難してしまうことから、<迷いの森>と呼ばれるようになったと伝えられている。
まるで来る者全てを拒絶するかのような場所であるが、森に入っても無事に帰ってくる者が極稀に現れるらしい。
その者たちは性別も年齢もバラバラで共通点がないため、何故その者たちだけ大丈夫なのか未だ判明していない。
とにかくその<迷いの森>は謎と不思議に満ちた場所なのだ。
「……そこにティナが向かったのなら見つけやすいですね。他の国じゃ探し出せるかどうか難しいですから」
ティナが<迷いの森>に行ったかもしれないのに、何故か安堵しているトールを見てアデラは不思議に思う。
「何だい。あんたはあの娘があの森で迷わないって確信しているのかい?」
「はい。ティナですから」
ティナの無事を信じて疑わないトールに、アデラもなるほど、と思う。
確かにティナは不思議な少女だった。初対面なのに彼女を妙に気に入ったのも、何か理由があるのだろう。
「まあ、あんたが言うんならそうなんだろうねぇ。で、どうするんだい? 今すぐフラウエンロープへ行くのかい?」
「そうですね、すぐに向かいます。あ、ちょうど良かった。この地図買います」
トールはアデラが出して来た魔道具である地図を指差した。
彼がここへ来た本来の目的は、便利な魔道具かないか探しに来たのだ。
「……その地図は小銀貨五枚だよ」
「わかりました。はい、これ」
アデラが提示した金額を聞いたトールはすんなりと料金を支払った。
まだ魔道具として何も機能を使っていないから、はたから見るとただの地図にしか見えないのに、だ。
「王族ともなると、こんな地図一枚がそんな大金でも平気なのかねぇ」
「え? でもこれアデラさんが作った魔道具の地図なんですよね? だったら十分小銀貨五枚の価値はあるでしょう?」
アデラのぼやきを聞いたトールが不思議そうにしている。トールはトールでアデラに全幅の信頼を寄せているのだ。
「……全く。あんたたちは似た者同士だね」
「そう言われると嬉しいですね。あ、この地図の使い方を教えてくれませんか?」
ティナと同じことを言うトールに、アデラは我慢できず、ついに笑い出してしまう。
「うひゃひゃひゃひゃっ!! 本当にあんたたちは……っ!! くくく……っ!!」
しばらく笑っていたアデラは、ようやく落ち着くとトールに地図の使い方を説明した。
「なるほど。やはりアデラさんの魔道具は素晴らしいですね」
説明を聞き終えたトールは地図を持つと荷物の中へと仕舞い込んだ。
「……あの娘──ティナに会ったらよろしく伝えとくれ」
「はい、必ず。また一緒にここへ来ますから、待っていてくださいね」
「ふんっ! 早くしないと店をたたんじまうからね!」
アデラはぷいっと顔を逸らすものの、それが照れ隠しなのだとトールはわかっている。
「ははは。じゃあ急がないと。では、また」
トールはアデラに挨拶すると、颯爽と店から出て行った。
「……本当に、あんたらはお似合いだよ」
去って行くトールの後ろ姿を眺めながら、アデラは少し寂しそうに呟いた。
結局、トールはティナが何者か教えなかった。きっとティナには明かすことができない秘密があり、そんなティナをトールは守ろうとしているのだろう。
「やれやれ。もうしばらく頑張らないとねぇ……」
アデラは店内を見渡した。そしてトールとティナが二人一緒にこの店を訪れる姿を想像すると、柔らかい笑みを零す。
そしてその想像が現実のものになるまで、いつまでもこの店で待っていようと思うのだった。
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