第54話 王位継承
クロンクヴィスト王国の王宮にある会議室で、国の重鎮たちが一堂に介していた。
今行われている大会議は、年に一回開かれるかどうかの会議で、主に国の命運を左右する事態が訪れた際に開かれている。
そんな重要な大会議が、なぜ今行われているかと言うと──。
「それでは今回の本題である、王位継承の件に移りたいと思います」
──この会議で誰を次期国王とするか決定することとなったからだ。
「我が国は未だ王太子が選ばれておりませんでしたが、トールヴァルド殿下が帰国されたことを踏まえ、これを機に正式に王位継承者を決定するべきだ、との意見が多数上がっております」
王太子を決める前にトールヴァルドが留学してしまい、クロンクヴィストの王太子の座はその間空席となっていたのだ。
この国の誰もが次期国王はトールヴァルドが相応しい、と思っていたので、彼が戻り次第王太子の任命式を執り行うことになっていた。
だから今回の大会議も、実際は結果が決まっている形式的なものであった。
「我が国の慣例では王太子は婚姻、または婚約していることが条件となっております。第一王子であるフロレンツ殿下におきましては、アーデルハイト公爵令嬢と婚約されておりますが、トールヴァルド第二王子におかれましては、未だ婚約者がいらっしゃいません」
王太子がほぼ内定しているとは言え、婚約者がいなければ王太子となる資格はない。
これは王家の血が途絶えないための決まりであった。
「しかし幸いなことに、トールヴァルド殿下への求婚状が大量に送られております。一度これらの釣書や肖像画をご確認いただければ……」
大会議の進行役である議長が言葉を濁す。
何故なら、トールヴァルドには想いを寄せる相手がいると知らされているからだ。
しかし、その相手が見つからない以上、トールヴァルドにはその少女を諦めてもらうしかないだろう。
それにもしかすると求婚している令嬢や他国の姫を気にいるかもしれないと、閣僚たちは考えている。
「改めて再度宣言します。僕は王位継承権を放棄します。僕が伴侶として迎えたいのは一人だけです。彼女以外誰も必要ない」
今までずっと無言だったトールヴァルドが口を開いたかと思うと、再び王位継承権を放棄すると宣言した。
トールヴァルドの宣言に閣僚たちは慌て出し、何とか彼を説得しようと試みる。
「しかし、殿下がおっしゃるその少女は未だ行方がわからないと聞き及んでおります」
「少女の行方がわかるまで、思いとどまっていただけないでしょうか」
「殿下が見染めたお方です。たとえ身分差があろうとも、誰もその婚姻を反対しないでしょう」
「そうです! わざわざ王位継承権を放棄する必要などないのですよ?」
「その方が見つかれば、すぐ継承式が行えるよう手配しましょう」
閣僚たちがティナを捜索していることをトールヴァルドは知っていたが、あえて放置していた。
ティナを見つけた彼らは必ず彼女を懐柔しようとするだろう。
それでも放置していたのは、彼らでは絶対ティナを見つけることが出来ないと確信しているからだ。
ティナが本気で逃げたのなら、国をあげて捜索しても見つけることは困難だろう。何せ彼女は<稀代の聖女>で、<聖獣>の主なのだ。
そんなティナを見つけることが出来るのは自分しかいない、とトールヴァルドは自負している。
本当は今すぐにでもティナを迎えに飛び出したいが、目の前の問題を片付けないことには大手をふってティナに会いに行くことは出来ない、とトールヴァルドは考えていたのだ。
それにまだ幼くても<聖獣>であるアウルムがそばにいれば、ティナが危険な目に遭うことはないだろう、という信頼と安心感もあった。
──肝心のティナの方は、アウルムの正体に気づいていないだろうけれど。
だからと言って、いつまでもこの状況に我慢できるほどの余裕はない。
トールヴァルド自身、ティナに会えない鬱憤が溜まり過ぎていて、そろそろ限界なのだ。
「トール、彼らが言う通り彼女が見つかれば誰も君たちの邪魔はしないよ。継承権を放棄する必要も無いんだよ?」
フロレンツがトールヴァルドを引き止める。第一王子である彼ですら、トールヴァルドが次期国王になるべきだと思っているのだ。
「……僕は兄上が一番この国の王に相応しいと思っています」
「えっ?!」
トールヴァルドの発言に、フロレンツが驚愕する。
閣僚たちもトールヴァルドがそんなことを言い出すとは思わなかったようで、会議室中が騒然となった。
「し、しかしトールヴァルド殿下、<金眼>──いや、<王の目>を持つ貴方様はこの国の象徴であり誇りなのです。そのような方が継承権を放棄するなど許されません!」
「そうです! <金眼>は初代国王陛下の血を受け継ぐ正統なる証なのです!」
「<金眼>を持つトールヴァルド殿下の威光は諸外国にまで及んでおります。故に殿下の動向次第で国交に影響が出るのですよ?」
閣僚たちはいかにトールヴァルドの存在が国にとって重要かを語り続ける。何とかトールヴァルドを引き留めようと必死なのだ。
トールヴァルドはこのままでは埒があかないと、最後の手段を使うことにした。
「……そんなに<金眼>が大切なのであれば、この国に捧げます」
トールヴァルドはそう言って立ち上がると、手を自分の目に伸ばした。
「はっ?!」
「まさかっ?!」
「え、なっ?! 殿下!!」
「トールっ!!!」
金色に輝く瞳を自ら取り出そうとするトールヴァルドの手を、フロレンツが払いのける。
「何をするんだっ!! 目が見えなくなってもいいのかっ?!!」
いつもは穏やかなフロレンツが激怒する。ここまで怒りをあらわにするフロレンツを、トールヴァルドは初めて見た。
「でも──」
「言い訳するなっ!! どんな理由があろうとトールが傷つくのは許さないっ!! 僕はもう君が苦しむのを見たくないんだ……っ!!」
フロレンツは今にも泣き出しそうな、悔しそうな表情でトールヴァルドを見る。その顔には深い後悔の念を滲ませている。
きっとフロレンツはずっと、自分の母がトールヴァルドの暗殺を企てたことに自責の念を抱いていたのだ。
フロレンツがトールヴァルド至上主義になったのも、心の奥で罪滅ぼしの気持ちがあったのかもしれない。
「では、兄上が王太子になってください」
「え」
「そうすれば全てが丸く収まります」
「え? え? だから、それは……っ」
フロレンツはぐいぐい押してくるトールヴァルドに困惑する。彼自身、優秀なトールヴァルドが王太子になるとずっと思っていたのだ。
「僕が留学中、この国を守ってきたのは実質兄上です。兄上のおかげでこの国は平和で穏やかな治世を保てているのです。そんな優秀な兄上がおられるのに、僕が国王になる必要がありますか? 国王の素質を十二分にお持ちの兄上を差し置いて? 有り得ません」
閣僚たちはポカーンとしながらも、トールヴァルドの言葉に耳を傾ける。
「そう言われれば確かに……」
「執務が滞ることなく円滑に進められていますな」
「そういえばこの前も──」
閣僚たちがフロレンツの業績を称え始めた。
よくよく考えれば、フロレンツはその穏やかな性格で人当たりも良く、しかし芯はしっかりとしている人格者だ。そして指示も的確で公務の処理能力も申し分ない。
「もし、僕が<金眼>を持たないただの王子だとしたらどうでしょう? 皆さんはそれでも僕を王太子に、と望まれますか?」
「!?」
「……確かに」
さらに続くトールヴァルドの言葉に、閣僚たちがハッとする。
「それに僕は長い間留学していましたから、この国の情勢など全くわかりません。何も知らない僕が伴侶として望む人もこの国の人間ではありません」
閣僚たちはじっとトールヴァルドの話に聞き入っている。その目は真剣だ。
「国の実情を知らない僕たちが上手く国を回せるとでも? 兄上には『社交界の華』と称される婚約者がいらっしゃるのに?」
「おお、アーデルハイト公爵令嬢か……!」
「令嬢方は彼女に心酔しておりますからな」
「かのご令嬢なら、立派な王太子妃になられるでしょう!」
「…………」
フロレンツは言葉巧みにトールヴァルドに誘導されていく閣僚たちを、黙って見ていることしかできなかった。
ここで口を挟んでも無駄だと言うことをよく理解しているのだ。
「──ということで結論です。この国の重鎮であらせられる閣僚の皆さんは、それでも兄上が王位を継承することに反対されますか?」
「私は賛成します!」
「私も賛成です!」
「賛成!!」
会議が始まって小一時間で、トールヴァルドはものの見事に閣僚たちの意識改革に成功した。
「──という訳ですので、兄上。これからもこの国を導いてください」
呆然とするフロレンツに向かってトールヴァルドはにっこりと微笑んだ。
フロレンツはトールヴァルドの笑顔に、やはりこの優秀な弟には敵わないな、と思う。
「……ああ、任せてくれ。アーデルハイトと共にこの国を守ると誓うよ」
フロレンツは万感の思いを込めてトールヴァルドに誓う。その瞳には揺るぎない決意が見て取れる。
「だからトールは安心して彼女を探しに行けばいい。早く会いたくて仕方がないんだろう?」
「……っ、ありがとうございます。時間がかかっても必ずティナを見つけて連れてきます。その時は兄上に彼女を紹介させてください」
「楽しみにしているよ。一筋縄じゃ行かないだろうけど、頑張れ」
「──はいっ!」
国の柵から解放されたトールヴァルドが屈託なく笑う。そんな彼の笑顔を初めて見たフロレンツは目を見張る。
トールヴァルドには自由が似合う。国に縛り付けておくには勿体無いぐらいに。
そうして、トールヴァルドは王位継承問題を解決し、大手を振って王宮から飛び出した。
──ティナとの再会を信じて。
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