第52話 もふもふ
窓から入ってくる朝の光に起こされるように、ティナはゆっくりと目を開いた。
昨晩、精霊が戻って来るのを待っているうちに寝落ちしてしまったようだ。
ぐっすり眠っていたのか、妙に身体が軽くて頭もスッキリしている。
いつもはアウルムに起こされていたのに、今日はティナの方が早く目が覚めたらしい。
ティナはまだ丸まって眠っているアウルムを起こさないようにそっとベッドから出ると、思いっきり伸びをした。
(うーん、やっぱりいつもより身体が軽い気がするなぁ。何でだろ?)
身体の変化が気になったものの、調子が良いことに越したことはないので、ティナはまあ良いか、と深く考えるのをやめることにした。
『う、う〜〜ん……。……んゅ? ティナー?』
ティナが起きた気配を感じたのか、アウルムが目を覚ました。
朝日を浴びたアウルムの瞳が、キラキラと金色に輝いている。その光景はとても神秘的だ。
「おはよう、アウルム。起こしちゃった? ごめんね」
『……ん……おはようー……。……今日はティナが早いのねー。精霊なのねー……?』
アウルムは目を覚ましたものの、まだ寝ぼけているらしい。そんなアウルムもとても可愛らしい。
「ふふっ、今日出発するから、そろそろ起きよっか」
今日は朝食を食べた後、宿を引き払わなければならないので、もう少しアウルムを寝かせてあげたいと思うものの、ティナは心を鬼にしてアウルムを起こすことにした。
『んん〜……。わかったよー』
アウルムは小さい体を伸ばすと、ふわぁとあくびをした。
「ご飯を食べたら買い物をしようね。お肉とチーズをいっぱい買おっか?」
『ごはんー? 食べるー! お肉もチーズもいっぱい食べるよー!』
普通の動物が食べられない食材でもアウルムは平気で食べられる。だからなのか、アウルムの食べ物に対する欲求はとても強い。
この街を出て森へ向かうとなったら、調達できる食料は途中で採取できる肉か野菜ぐらいだろう。
アウルムに喜んでもらうためにも、チーズやソーセージ、ベーコンのような加工品を大量に買う必要がある。
それから、ティナとアウルムは朝食をとった後、早々に宿を出発することにした。
「あっ! もう行かれるんですかっ?!」
ティナたちが宿から出ようとした時、ティナたちに気づいたルリが声をかけてきた。
「うん、行きたい場所があるからね。それに早く宿を出ないと、ずっと居たくなっちゃうし」
実際、ここ「踊る子牛亭」はとても居心地が良かった。それに精霊が休みに来る宿ということもあり、月下草のことがなければもっと長く滞在していただろう。
「ずっと居てくれて良いのに……すごく残念です……!」
そう言ったルリはすごく寂しそうな表情をした後、キリッとした顔になった。
「あ、あの……っ!! もしよければ、獣魔さんを撫でてもよろしいでしょうかっ?!」
「えっ?! えっと、アウルムが良ければ……って、アウルムはどう? 大丈夫?」
『いいよー』
ティナがルリに許可すると、ルリの顔がぱぁああっと輝いた。
「わぁ! 嬉しいです! 有難うございます! ずっと気になってたんですよ!」
ルリは可愛いアウルムをずっと撫でたかったと言う。しかし食堂の仕事があったので、頼む機会がなかったらしい。
「うわぁああ〜〜〜っ!! すっごいもふもふ!! やだ可愛いぃ〜〜〜〜っ!!」
念願叶ってアウルムを撫で回すことが出来た嬉しさか、ルリの顔がデレデレに溶けている。
「はぁああ〜〜……っ! ずっとこのままモフっていたい……」
ちなみに、ティナが小まめに洗浄魔法をかけているからアウルムの毛はふわふわだ。
ひとしきりモフモフを堪能したルリは、満足したらしくスッキリとした顔になった。
「有難うございます……! 本当に有難うございます!! すっごく良いモフモフでした!!」
「あはは。喜んでもらえて良かったよ。あ、また近くに来たら寄らせてもらうから。その時はよろしくお願いします」
「本当ですか?! ぜひまたお越しください!! いつでも大歓迎です!!」
ルリと再会を約束したティナは、気を取り直して「踊る子牛亭」から出発した。
「よーし! じゃあ、お買い物に行こうか!」
「わふわふ!!」
嬉しそうにしっぽを振るアウルムと一緒に、ティナは市場の方へ足を向けた。
今度はいつ街に来れるかわからない分、食材や物資を大量に購入する必要があるだろう。
「ベルトルドさんの魔法鞄、超便利! まだまだ入るし買い過ぎを気にしなくて良いし!」
ティナは魔法鞄の有り難みを再度実感する。一度この便利さを経験してしまうと、もう二度と手放せない。中々中古品が出回らないのも納得だ。
魔法鞄は超高額にも関わらず常に品切れ状態だった。冒険者なら誰もが憧れるアイテムで大人気の理由も、今なら嫌というほど理解できる。
ティナたちが市場に着くと、商人や冒険者、観光客で賑わっていた。
特産品であるチーズはもちろん、野菜や果物も種類が豊富でどれもとても美味しそうだ。
「うわぁ〜。これは迷っちゃうなぁ……」
チーズだけでもたくさんの種類があり、料理に使うものやそのまま食べるものと、用途も様々だ。
「アウルムはどれが食べたい?」
『どれでも良いよー。何でも食べるよー』
アウルムに聞いてみたものの、一番困る返事が返ってきて、ティナはさらに迷う。
食べてみたいチーズが多過ぎて、どれにしようか悩んでいたティナは、ふと気がついた。
(あれ……? 別に選ばなくても、全部買っちゃえばいいのでは……?)
元々大量にチーズを買うつもりだったのだ。それに今のティナは貴族並みにお金持ちなのだ。お店のチーズを買い占めても懐は全く傷まない。
「た、たまには良いよね……? 備えあれば憂いなしって言うし!」
ティナは誰に言うともなく言い訳する。
──それから長い間、聖女として清貧な生活を送っていたティナは、この日初めて大人買いを経験した。
チーズを大人買いして吹っ切れたのか味を占めたのか、それからもティナは野菜や肉を大量に購入する。
買い物をした店の店主たちから「そんなに買って持てるのかい?」と何度も心配されるほどだった。
そんなに食料を大量に購入しても、魔法鞄のおかげでティナに負担は全くない。それに魔法鞄の容量もまだ半分以上空いている。
買い忘れがないか確認したティナは、日が高いうちに森へ出発することにした。
「アウルム、これから森に向かうからね。普通の森じゃないかもしれないから、変わった気配がしたらすぐ教えてね」
『わかったよー』
ティナはただ買い物をしただけではなかった。それぞれの店の人から、今から向かう森について色々教えてもらっていたのだ。
その中の一つに、フラウエンロープの森にある幻の湖の話があった。
昔から森の奥には綺麗な湖があると伝えられていて、その湖の水を飲めば重い病気の人間も元気になるらしい。
しかし冒険者や学者たちがいくら探しても、湖を発見することは出来なかったという。
ティナは幻の湖の話を聞いて、月下草を連想した。
もしかするとその湖がティナが探していた場所の可能性があるのだ。
市場から離れ、しばらく歩いていると、万年雪に覆われた雄大な山々が見えてきた。その麓には木々が生い茂った広大な森が見える。
『ティナー。背中に乗るー? ぼく走るよー』
「え? 走る?」
『そうだよー。ぼく走るの上手だよー』
アウルムがティナを乗せて森の中を走ってくれると言ってくれた。
前回は距離があったから飛んで移動したが、森の中を捜索するなら走った方が良いだろう。
ティナは周りに人がいないか確認し、人目につかないところへ移動した。
「アウルムが乗せてくれるならすごく嬉しいな。お願いしても良い?」
『いいよー』
アウルムがそう返事をすると、身体が光り輝いて子狼から大きな白い狼に変身した。
「うわぁ……! すごい……!」
翼はないものの真っ白に輝く綺麗な毛並みに、金色の瞳の美しい狼姿のアウルムは何度見ても神々しい。
「翼は隠せるんだ……! すごい! 不思議! カッコいいよアウルム!!」
『えへへー』
興奮したティナは、アウルムの背中に飛び乗った。二回目なので躊躇いはない。
「じゃあ、お願いね」
ティナはアウルムにぎゅっとしがみついた。柔らかいふわふわの毛はすごく気持ちいい。アウルムを撫でて溶けていたルリの気持ちがよくわかる。
『出発するよー』
アウルムはゆっくり歩き出すと、徐々にスピードを上げていった。走るのが上手だと言っていた通り、安定感があって全く怖くない。
「うわぁ……!」
流れていく景色にティナは感動する。木々の間から漏れる木漏れ日が光る道となって、ティナたちを招き入れてくれているかのようだ。
森の中はあまり人が手を付けていないらしく、豊かな自然がそのまま残されている。岩には苔が綺麗に生えていて、人が歩いた形跡はない。
ティナがふと後ろを振り返ると、アウルムの足跡が残っていないことに気がついた。
「あれっ?! 浮いてる?! すごいっ!! アウルムはホントにすごいねっ!!」
よくよく見てみると、アウルムは地面スレスレのところを走っていた。まるで透明の靴でも履いているかのようだ。
これなら、足跡がつかないから誰にも見つからないだろう。
『そうだよー。ぼくは上手だからー』
ティナに褒められたアウルムはとても誇らしげだ。
どうやらアウルムは翼がなくても少しだけなら身体を浮かせることが出来るらしい。
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