第46話 スローライフ


 ティナとアウルムは露店で買い食いしながら、旅に必要な物資を購入して行った。


 アデラに貰ったブレスレットは優秀で、以前はチラチラと送られていた視線も、今は全く送られて来ない。

 まるで誰もティナとアウルムの存在に気づいていないようだ。


 ティナは人の視線を気にする必要がない開放感を噛み締めていた。


 聖女だった頃からずっと、人の視線に晒されて来たこともあり、自分では慣れていたつもりだったが、誰も自分を気にしない状況がこんなに快適だったのかと、ティナは初めて実感することが出来たのだ。


(こっちから声を掛けない限り気付かれないってすごい! やっぱりアデラさんはすごい魔道具師なんだ!)


 アデラの店で購入した地図もとても便利だった。

 使い方は簡単で、ティナとアウルムの魔力を登録すれば、地図上に二人を示す点が現れる。ティナは赤い点、アウルムは青い点なので、お互いどこにいるのか一目でわかるのだ。


 ティナが現在地の確認のために地図を眺めていると、少し離れた先に小さい森があることに気がついた。


「ねぇ、アウルム。アウルムは宿に泊まるのと野営どっちがいい?」


『お肉が食べられたらどっちでもいいよー』


 アウルムの行動原理はお肉一択で、お肉さえ食べられればどこで過ごしても平気らしい。


「じゃあ、一回野営してみようか。これからは野営することが増えるだろうし、本格的に旅を始める前に練習してみたいの」


 今まではトールやモルガンたちと一緒に野営をしたが、ティナ一人で野営を経験したことは無かった。

 しかも設営などもほとんど彼らがやってくれたので、一度自分一人で野営が出来るのか試したかったのだ。


『いいよー。僕もお手伝いするよー』


「有難う。頼りにしてるからね」


『はーい! がんばるよー!』


 そうと決まれば善は急げ、日が暮れる前に設営を終わらす必要があると、ティナは急いで移動することにした。


 ティナたちが地図を見ながら目的地へ向かっていると、忙しそうな憲兵の姿が目にとまる。


(今日はやけに憲兵の姿を見るなぁ……。何かトラブルでもあったのかな?)


 憲兵たちは何かを探しているのか、みんながみんな慌ただしく動いていた。

 憲兵は主に若い女性に声を掛け、何かを確認しているようだが、当然の如くティナには気付いていない。


 ティナたちは走り回る憲兵を横に、街の外れの方へと足を向ける。


「そういえばこの辺りって魔物が出たりするのかな?」


 小さいとはいえ、森の中で野営をする場合は魔物に注意しなければならない。

 どんな魔物が生息しているかで危険度が大幅に変わって来るのだ。


『うーんとー。この近くにはいないみたいだよー』


 耳と鼻をぴくぴくさせた後、アウルムがティナに教えてくれた。


「もしかしてアウルムは遠くにいる魔物の気配を感じられるの?!」


「うんー。何となくわかるよー」


「すごい! アウルムは本当にお利口さんだね! おかげで安心して野営が出来るよ!」


『えへへー!』


 アウルムが一緒にいてくれるだけでこんなにも心強いとは、とティナは手放しで喜んだ。


 たとえ魔物が出たとしても、ティナの結界で自分達を守ることは出来る。しかし、予め魔物がいないとわかっていると心に余裕が出て、精神的にも楽になるのでとても有難い。


 ティナはどんどん森の奥へと進んでいく。アウルムが魔物の気配を感じたら教えてくれることになっているので、安心して野営地を探すことが出来た。


「この辺りにしようか」


 ティナが決めた場所は、森の中の少し開けた場所だった。


「じゃあ、私はテントを張っておくから、アウルムは薪を集めて来てくれる?」


「はーい! まかせてねー!」


 アウルムもアネタと一緒にお手伝いで何度か薪拾いをしていて、手慣れているから安心して任せられる。

 手伝ってくれるアウルムのために、ティナはお肉をいっぱい焼いてあげようと早々に設営を終わらせることにする。


 ティナは風向きを確認し、方向を定めると大きい石を取り除き平坦にした。そして魔法鞄からテントを出すと手際よく組み立てて、マットや寝具を敷いて寝床を確保する。


 設営を終わらせたティナが、ふと下を見ると、アウルムが集めてくれた薪が山積みになっていた。


「アウルムお疲れ様。すぐお肉焼くからね」


『わーい! お肉ー!』


 ティナは火を起こすと肉を切り、鉄串に刺して焼いていく。

 肉を焼いている間に野菜を切り、炙っておいた肉と一緒に鍋で煮込む。そして塩、胡椒などのスパイスで味付けをし、具材に火が通るまでしばらく待つ。


 イロナが作るような手の込んだ料理ではないが、一人でする初めての野営だ。無理に背伸びせず、簡単な料理から始めて、少しずつレパートリーを増やしていこう、とティナは考えている。


「もうすぐ焼けるからね。もうちょっと待ってね」


『うんー! 待つよー!』


 肉が焼け、煮込み料理が出来るまで、もうしばらく時間が掛かるだろう。

 ティナはアウルムを膝に乗せ、暮れていく空を見上げながら、静かに流れていく時間を堪能する。


(こうしてのんびりするのって何時ぶりだろ……)


 もちろん、聖女時代はこんなゆったりとした時間なんて与えられなかった。

 冒険者になってからも、トールとモルガン一家が一緒だったので、こうして一人になる瞬間がほとんどなかったのだ。


 しかし一人だとのんびり出来る反面、賑やかな時間を知っている分だけ、まるで祭りの後のような寂しさを感じてしまう。


(モルガンさんたち元気かなぁ……。確かバルテルス地区にお店を構えるって言ってたっけ……)


 ティナはアネタやモルガンに挨拶が出来なかったことが心残りだった。

 突然姿を消した自分にひどく驚いただろう。イロナがフォローしてくれているとは思うが、きっと心配をかけたに違いない。


 ぼんやりとティナが考え事をしていると、いい匂いが漂って来た。どうやら煮込み料理が完成したようだ。


「アウルム、そろそろご飯にしようか」


『わーい! ごはんー!』


 ティナは鉄串から外した肉をアウルム用に皿に盛りつける。そして自分用に煮込み料理をよそい、温めておいたパンを皿に乗せた。


「じゃあ、食べようか。あ、熱いから気をつけてね」


「だいじょうぶー。僕へいきだよー」


 アウルムはそう言うと、焼きたてで熱そうなお肉をパクパクと食べている。魔獣だからか、熱いものも平気らしい。


(ほんと、アウルムって不思議だなぁ。本当に魔物なのかな……?)


 子狼のような姿だが頭には黒い二本の角があり、本来の毛色は白だと言う。物知りのトールも知らない不思議な子だ。


『おいしーい! ティナおいしいよ!』


「ふふ、有難うね。そういえば、アウルムはどこから来たの? どうして瘴気まみれになっていたの?」


 ティナは初めてアウルムと会った時のことを思い出す。

 旅の途中の森の中で、ティナが張った結界の炎に焼かれ、倒れていたアウルムをトールが抱き上げていた。

 あの時ティナが感じたのは魔物とは違う反応だったと思う。


『うんとねー。もっともっと奥にいたのー。でも黒いの来たからー』


 アウルムの言葉を訳してみると、きっと黒いのは瘴気のことで、奥というのは森の奥のことだろう。


「じゃあ、アウルムが住んでいたところに、瘴気が発生したってこと?」


『しょうきー? わかんないけど変な人間が黒いの置いてったのー』


「えっ……?! 人間が?!」


 この世界に発生する”瘴気”は簡単に言うと”悪い空気”のことだ。見た目は黒い霧みたいなもので、生物が触れると触れた場所から徐々に、身体全体を腐らせていく。

 更に瘴気が発生した場所は草木が枯れ水は腐り、生物が住めない場所になってしまうのだ。


 だから瘴気の発生を確認したら、すぐ浄化しなければならない。

 瘴気の浄化が出来る唯一の手段が神聖力だ。そのため、神聖力を持つ聖女や神官たちが必要とされているのだが……。


 しかしアウルムの話が本当なら、人間が瘴気を持っていた、ということになる。


(どういうこと……?! アウルムが嘘をつく訳がないし、誰かが意図的に瘴気を撒いているってことだよね……)


 思いがけないところから怪しい情報を得たティナは、神殿に知らせるべきかどうか考える。


「うーん、それとなく大神官様に手紙を送ってみようかな……。結局挨拶出来ないままだし……」


 神殿の上位神官たちは碌でもなかったが、大神官のオスカリウスは清廉潔白な人だった。

 孤児になったティナを可愛がってくれたお爺ちゃん的存在だ。


 ティナが聖女になってからはお互い忙しく、中々顔を合わせる機会はなかったが、それでも会った時はよく労ってくれたのだ。


 ただ、大神官にティナのことがどのように伝わっているかわからない。もしかしたらティナのことをすごく怒っているかもしれない。


(あ、そうだ! ベルトルドさんに手紙で知らせてみよう! ギルドでも調べてくれるかも!)


 聖女の存在に胡座をかいて、自分達の役目を放棄しているような上位の神官たちには正直腹が立つが、下位の神官たちはよく頑張ってくれていた。

 いつでも苦労するのは下の者たちなのだ。そんな彼らが苦労するのは忍びない。


『おいしかったー! お腹いっぱーい!』


 ティナはアウルムの声にはっと我にかえった。アウルムはお肉に満足したらしく、ころん、と寝っ転がっている。


 ティナも煮込み料理とパンでお腹がいっぱいになっていた。まだ少し残っている分は、明日の朝ごはんにするつもりだ。


 食後の後片付けを終え、ほっと一息ついたティナは、ふと空を見上げてみる。


「わぁ……!」


 視界いっぱいに広がる星空は圧巻で、そういえばこうして夜空を眺めるのは久しぶりだな、と思う。


『精霊を見たけりゃ自然に触れてみることだね。精霊は自然が作るものの一つ一つに宿っているんだ。自然に触れてその存在を感じ取れれば、見ることが出来るんじゃないかねぇ』


 街から外れた森の中、自然に囲まれたティナの頭の中で、アデラの言葉が蘇る。


(あ……。何となくアデラさんの言葉の意味がわかるような気がする……)


 今はまだ上手く言葉で表現出来ず、はっきりとしたことはわからないが、もっと自然溢れる場所へ行けば、精霊の息遣いを感じ取れるかもしれない。


 これから向かうフラウエンロープは、大自然が織りなす景観が素晴らしい場所だという。人の手もあまり入っていないらしいので、きっと精霊がたくさんいるに違いない。


(精霊と仲良くなれたら良いな……)


 ティナは両親が残してくれた種を何とかして芽吹かせたいと思う。


 アデラの話では、精霊に気に入られたら月下草を分けて貰えるかもしれない、とのことだった。それなら、月下草が育つ場所を教えて貰える可能性がある。


 月下草と精霊には密接な関係があるようにティナは感じた。きっと月下草を育てるにしても、精霊の協力は必要不可欠だろう。

 しかしティナは、月下草関係なく精霊と友達になりたいと思う。


 ふと気がつけばすっかり夜は更けていて、アウルムも気持ち良さそうに眠りに落ちていた。

 ティナはアウルムをそっと抱き上げると、テントの中に作っておいた寝床に置き、自身も寝る準備をする。


 毛布を被って目を瞑ると、身体がとても疲れているのを実感する。一日中街を歩き回っていたので当然のことなのだが、楽しくて気付かなかったらしい。


 眠りによって今日という一日が終わり、目覚めることで新しい一日が始まる。新しい一日はどんな日になるだろう、と期待しながら、ティナは眠りについたのだった。

  



* * * * * *




お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


キャンプ料理食べたい(願望)、の巻。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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