第45話 手掛かり
お金を支払ったティナは、アウルムにブレスレット兼首輪を付けてあげた。予想通り、とてもアウルムに似合っている。
「ふふ、アウルム可愛い! よく似合ってる!」
『ほんとー?』
「ほんとほんと! 苦しくない? 大丈夫?」
『大丈夫だよー!』
「なら良かった。失くさないように気をつけようね」
『わかったー』
ティナがアウルムに確認を取っていると、店主が驚いた様子でティナに声を掛けて来た。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん!! あんた、獣魔と会話出来るのかい?」
「え、はい。そうですけど……」
ティナがきょとん、とした様子で答えると、店主は信じられないという表情の後、呆れた声を出した。
「……ったく、只者じゃないとは思ってたけど……。 まさかねぇ……」
「えーっと……?」
やれやれと言った店主の様子に、ティナは何かやらかしてしまったのかと心配になる。
「あんた、獣魔と会話出来るなんて人に言っちゃいけないよ! まだこの国なら大丈夫だろうけど、ラーシャルード教の息がかかってる所じゃ魔女扱いされちまうからね!」
「──えっ……」
ティナの胸がどくん、と跳ねる。ここでラーシャルード教の名が出てくるとは思わなかった、というのもあるが、魔女扱いされるなんて初めて聞いたからだ。
「あいつらに魔女だって疑われたら最後、お嬢ちゃんは捕まって二度と外へは出てこられないよ! だから重々気をつけるんだよ! いいね?」
「は、はい……っ! 肝に銘じます……っ」
顔を青くしながら返事をするティナに、店主は驚かせ過ぎたか、と少し可哀想に思う。
「念のためお嬢ちゃんもこれを付けておきな。獣魔とお揃いだよ。サービスさ」
店主はティナにそう言うと、アウルムのブレスレット兼首輪と同じものをティナの前に置いた。
「えっ、でも……っ!」
「いいから持ってお行き。あんたも目立たないようにした方が良いだろう」
ただでさえティナは人目を惹く容姿をしているのだ。それなのに珍しい獣魔まで連れていたら、あっという間に悪人に連れ去られてしまうかもしれない。
「……っ、有難うございます……っ! あの、私に出来ることはありますか? 何かお礼をしたいんですけど……!」
最低でも小銀貨三枚するブレスレットを貰う訳にはいかないと、ティナが店主に申し出る。お金を受け取って貰えないのなら、何か店主の役に立つことをしたい、とティナは思ったのだ。
「そんなもん何もないよ……って言いたいところだけど……。そうさねぇ。じゃあ、お嬢ちゃんの話を聞かせておくれ」
「えっ! 私の話、ですか……?」
店主の希望をティナは意外に思う。店の掃除や荷物運びを頼まれると思っていたからだ。
「ああ。この店は客があまり来なくてね。退屈しているんだよ」
確かに、ティナたちがこの店に来て結構時間が経つが、お客さんが来る気配はない。
並んでいる魔道具を見る限り、随分腕が良い魔道具師なのに、とティナは不思議に思う。
「私の話なんかでよければ……」
ティナは聖女だった頃の話はせず、今は亡き両親の望みを叶えるために旅をしているのだと話した。
「ふんふん、なるほどねぇ。あんたも苦労しているんだねぇ。それでご両親の望みって何なんだい?」
「それが、月下草の群生地を見つけることなんですけど……。店主さんは場所をご存知ありませんか?」
月下草は主に治療ポーションの材料として使われている。この店でもポーションが売られているので、ティナは店主が何か知っているかもしれない、と思ったのだ。
「…………。嬢ちゃんはその場所を見つけてどうするんだい? 採集でもして大儲けするつもりかい?」
店主がギロリとティナを睨む。月下草は今や一株だけで金貨十枚もする希少な植物なのだ。その群生地を見つけたいと言えば、お金目当てだと思われて当然だろう。
「ち、違います! 私は月下草を栽培したいんです! そうすれば病気で苦しんでいる人も助けられるかなって……!」
ティナは慌てて訂正する。正直、両親が残してくれた財産だけで十分過ぎる程あるのだ。これ以上お金があっても使い道に困ってしまうだろう。
「ふーん、見上げた心がけだねぇ。まるで慈悲深い聖女様みたいじゃないか」
「うぇっ?! そ、そうですか? あはは……」
店主の口から”聖女”という言葉が出たことにティナはギクっとする。
自分の正体に気づかれていないとは思うが、何となくこの店主もイロナ同様、全てを見越しているような雰囲気を醸し出しているのだ。
「……月下草は精霊の許可なしに摘むと、二度と咲かないと言われているんだ。巷に流通している月下草はそうして乱獲されたものさ。だから年々入手が困難になるんだよ」
「……精霊……!」
ティナは店主の話に驚いた。両親が記録していたメモの中に、そんな情報は無かったからだ。
「お嬢ちゃんは精霊を見たことあるかい? もし精霊に気に入られたら、月下草を分けて貰えるかもしれないよ」
「あの、私精霊を見たことが無いんですけど……っ。どうすれば精霊を見ることが出来ますか?」
膨大な神聖力があるとはいえ、ティナは精霊を見たことが無かった。そもそもラーシャルード教は精霊の存在に懐疑的だった。だからティナも精霊について深く知ろうと思わなかったのだが……。
『僕見たことあるよー。トールにくっついてたよー』
「えっ?! アウルムは見たことがあるの?! トールに?!」
ティナはアウルムからもたらされた情報に驚愕する。アウルムが精霊を見れることにも驚いたが、トールのそばに精霊がいたとは思いもしなかったのだ。
「ん? トール? まさかトールヴァルド王子のことかい?」
「あ……! えっと……はい、そうですね……」
「お嬢ちゃんは殿下と知り合いだったのかい? さっきはただの平民って言ってたけど?」
確かに、アウルムの言葉からして二人は知り合いだということが予想できる。それにただの平民が王族を愛称で呼ぶことはあり得ないので、ティナが身分を偽っていると思われても仕方がない。
「わ、私は本当に平民です! トールとは、その……ブレンドレル魔法学院の同級生で……」
店主に嫌われたくないティナは、他意はないと伝えたくて必死に説明する。
「……ふーん、なるほどねぇ。だから殿下は眼鏡を必要とされていたんだね。大体のことは察したよ」
「え……。トールの眼鏡を知って……? あ! まさか!?」
ティナはトールが顔を隠すために、眼鏡を常に掛けていたと知っている。しかし、今考えれば、前髪と眼鏡を隠すだけでトールの存在感を隠すのは難しいことに気がついたのだ。
「殿下の眼鏡はわたしが作った魔道具だよ。あんたらに渡したブレスレットと同じ、認識阻害の魔法がかかっているんだよ」
「やっぱり! あの眼鏡は店主さんが作ったんですね?! すごい……っ! だから誰もトールに気付かなかったんだ!」
どうやらティナの想像以上にこの店主はすごい人物のようだった。
「ああ、どこから伝え聞いたのかはわからないが、ある時ひょっこりここに来て……ああ、そうか。精霊に聞いたんだねぇ」
店主は何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいたが、納得したようにうんうんと言っている。
「さっきの質問の答えだけど、精霊を見たけりゃ自然に触れてみることだね。精霊は自然が作るものの一つ一つに宿っているんだ。自然に触れてその存在を感じ取れれば、見ることが出来るんじゃないかねぇ」
「自然と……? うーん、わかりました! やってみます!」
店主の言葉は抽象的でよくわからないものだったが、きっとこのアドバイスは重要な意味を持っているのだろう、とティナは思う。
「まあ、素質も影響するからね。見えなくてもがっかりすることはないよ」
「はい! 教えていただき有難うございます!」
ティナは店主に心から感謝した。はたから見れば気難しそうな人だが、こうして会話してみればとても優しい人だということがわかる。
「じゃあ、そろそろ帰んな。旅の準備で忙しいんだろう? 早くしないと日が暮れちまうよ」
店主はそう言うと、椅子から立ち上がろうとするが、ずっと座りっぱなしで体が固まってしまったのか、「いたたた……」と唸っている。
「大丈夫ですか?! どこか悪いところでも?」
ティナは慌てて店主に駆け寄ると、転ばないように身体を支えた。
「ああ、随分前に腰を痛めてねぇ。こうして動くのも一苦労だよ。すまないが、奥の部屋まで連れて行ってくれないかい?」
「はい、もちろんです」
ティナは店主を支えながら指示された部屋の扉を開き、ベッドに横たえられるように補助する。
「手伝わせてすまないね。助かったよ。わたしは大丈夫だからもうお帰り」
店主はティナに帰るよう促すが、ティナは首を振って否定する。
「いいえ。せっかくですし、店主さんの腰を診せてくれませんか?」
「何だい。お嬢ちゃんは医術の心得でもあるのかい?」
「……まあ、そんなもんです」
正直ティナに医術の心得はなかったが、今まで怪我人や病人を治癒して来たのだ。あながち嘘ではないだろう。
「じゃあ、頼もうかねぇ。そういえばまだ名前を聞いていなかったね。お嬢ちゃんの名前を教えておくれ」
「えっと、ティナと言います。あの、店主さんのお名前も教えて貰えませんか?」
「そうかい。ティナか。良い名前だね。わたしの名前はアデラだよ」
「アデラさん……。素敵な名前ですね!」
ティナはアデラに名前を教えて貰えたことに喜んだ。アデラみたいなタイプは今日初めて会った人間に名前を教えないかも、と思っていたのだ。
「ふん……! そんな良い名前でもないさ」
きっと照れ隠しだろう、アデラはぷいっとそっぽを向いてしまう。
ティナは構わずアデラの腰を摩り、そっと神聖力を流し込んでいく。
するとティナの神聖力が心地良かったのか、アデラがウトウトしだした。
そうしてティナが神聖力を流し終える頃、すっかりアデラは熟睡していた。ティナは起こさないように、そっとアデラにブランケットを掛ける。
アデラが起きた時にはきっと、身体は元通り元気になっているだろう。腰以外の悪いところも治癒したから、すごく驚くかもしれない。
「じゃあ、帰りますね。おやすみなさい、アデラさん」
ティナは部屋の扉をそっと閉めると、アウルムと一緒に店を出た。
「アウルム、買い物の続きをしようか」
『うんー! 僕お肉食べたいよー!』
アウルムはティナたちが話している間にまたお腹が空いたらしい。
「そういえば私もお腹が空いてるみたい。ついお話に夢中になっちゃった」
アデラの店の居心地が良かったからか、気が付けばとっくに昼を過ぎていた。アウルムに言われ、ティナは自分のお腹も空いているのだとようやく自覚する。
「じゃあ、アウルムのオススメのお店を教えてくれる?」
「わかったー!」
ティナはアデラに貰ったブレスレットを着けると、大通りへと繰り出した。
(またアデラさんのお店に行きたいな……)
そして月下草探しの旅の途中、またクロンクヴィストに来ることがあれば、その時はアデラに会いに行こうと思う。
──この時のティナは知らなかった。アデラの店には簡単に辿り着けないよう隠蔽の術式が施されていたことを。
そしてティナが治癒したことで、余命幾許も無いアデラを無意識に救っていたことを。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
ティナさん無意識に人命救助、の巻。
次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ
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