第44話 買い物
「ロリアンの宿」から出たティナは、毛色が黒色に変化したアウルムと一緒に、商店が並ぶ区画へと足を運んだ。
魔法鞄の中にはまだまだ容量があるので、食品や日用品、着替えなどを購入するつもりだ。
(ベルトルドさんに魔物の素材を買い取って貰ったお金がまだ手付かずだし、色々買っちゃおうかな)
今まで必要なものは神殿から支給されていたので、ティナが直接買い物をする機会はほとんど無かった。
だからティナはこの機会に買い物をめいいっぱい楽しもうと思う。
『ティナー。あれおいしそうー』
アウルムは露店で売られている食べ物に興味深々だ。
キョロキョロと周りを見渡しては食べたそうな顔をしている。
「ふふ、アウルムは食いしん坊だね。もうお腹すいちゃったの?」
まだ宿から出て一時間ほどしか経っていないのに、もうお腹が空いているらしい。
『戻ったからお腹すくのー。でもまだたりないのー』
「んん? あ、そう言えば聞きたかったんだけど、戻るってどういう意味? 元々アウルムは白だったの?」
「そうなのー。黒いの浴びたからー。でもティナが泣いたから戻ったのー」
ティナはアウルムが言う「黒いの」が何か考え、あ、と思う。
以前トールと幾つか予想を立てたことがあったが、アウルムは本当に瘴気にあてられていたらしい。
「そっか。黒いのって瘴気だったんだ。でも私が泣いたから戻ったって、さっきも言ってたけど……あ。もしかして涙のこと……?」
昨日の夜、記憶を思い出して泣いているティナをアウルムが慰めてくれた。
その時、アウルムがティナの顔を舐めていたことを思い出す。おそらくその時にティナの涙を舐めてしまったのだろう。
『ティナ泣いたら黒いの消えたのー。でもまだなのー』
アウルムの言葉にはまだわからないことがあるが、ティナの涙が瘴気を浄化したことは確かなようだ。
「うーん、たくさん食べたらいいのかな?」
『いっぱいいっぱい食べたらたりるよー』
もしかすると、瘴気にあてられていたアウルムは一見元気そうに見えて、本当は弱っていたのかもしれない。
それが瘴気が消え身体が活性化したことで、たくさんのエネルギーが必要になっているのではないか……とティナは推理する。
「えーっと、アウルムはどれだったら食べても大丈夫なの? 人間が食べる料理をそのまま食べちゃダメだよね?」
アウルムは狼によく似た魔物だったので、いつも肉を食べさせていた。しかしアウルムが美味しそうだと言っているのは人間が食べる前提の料理だ。
『僕なんでも食べるよー!』
アウルム曰く、狼に食べさせてはいけないものでも、アウルムは大丈夫らしい。だからイロナが作る香辛料たっぷりの料理でも食べられるのだと言う。
「何を食べても大丈夫なんだ。じゃあ安心だね。食べたいものがあったら教えてくれる?」
『わかったー! いっぱい食べてもいいー?』
「その代わり運動もいっぱいしなきゃダメだからね! コロコロに太っちゃうよ?」
『はーい!』
ティナに許可を貰ったアウルムは、早速肉を焼いている露店へと向かう。店から漂う香ばしい香りが鼻をくすぐって、お腹が空いていないティナでも食欲がそそられてしまう。
『おいしーい!』
「あらあら可愛いワンちゃんね。これおまけしてあげるわね」
『ありがとー!』
尻尾を振りながら肉を頬張るアウルムはとても可愛いので、行く先々の店でサービスして貰えた。
それからもアウルムは次々と店を巡り、美味しい料理をたくさん堪能する。
『おなかいっぱーい! おいしかったー!』
ティナはアウルムの食べっぷりに驚いた。昨日よりはるかにたくさんの量を食べているのに、この小さい身体のどこに食べ物が入ってるのか不思議に思う。
(五人分は余裕で食べたよね……。野営用にお肉いっぱい買わなきゃ……)
ティナたちが向かおうとしているフラウエンロープは辺境の地で、ブライトクロイツみたいに商店がある訳ではない。
魔物を狩るにしても、毎日遭遇するとは限らないので、食料は大量に必要だろう。
「じゃあ、次は旅に必要な物を買いに行こう」
『はーい!』
アウルムのお腹が満たされたら、次は物資の補給だ。ティナが品揃えが良さそうな店はないかと周りを見渡すと、狭い路地にある小さい店が目にとまった。
「あれ、あの店……」
気になったティナが店に近づいてみると、その店は魔道具を売っているお店のようだった。
何か旅に役立つ道具があるかもしれないと考えたティナは、その店に入ってみることにする。
「お邪魔しまーす……」
ティナがそっと扉を開けると、店の中には所狭しと魔道具が陳列されていた。中には何に使うかよくわからないものまである。
「ほぇ〜〜……」
店の奥は工房のようで、二階にはポーションや魔法が込められたスクロールが置かれている。
目新しい光景に、ティナはワクワクして来た。
「……おや。これは珍しいお客さんだねぇ……」
ティナとアウルムが魔道具を眺めていると、店の奥から店主らしきお婆さんが顔を出した。
「あ、お邪魔してます! あの、商品を見せて貰っていいですか?」
「…………」
店主にティナが許可を貰おうと質問するが、店主はじっとティナとアウルムを凝視している。
「あ、あの……っ」
返事をしない店主の様子に、ティナはもしかして勝手に入ってはいけない店だったのだろうかと心配になる。
「…………なるほど。……ああ、店の中は自由に見て貰って構わないよ」
「あ、有難うございます!」
何かを納得している店主を不思議に思いながらも、許可を貰ったティナは店内を見て回ることにした。
何か必要なものは売っていないかと眺めていたティナは、棚に置かれている地図を見つける。
「あの、すみません。この地図をいただきたいんですけど、おいくらですか?」
「その地図は小銀貨五枚だよ。お嬢ちゃんに払えるのかねぇ?」
「えっ?! そんなにするんですか?」
地図ならせいぜい銅貨一枚ぐらいだろうと思っていたティナは驚いた。小銀貨五枚なら五十倍も高い値段ということになる。
「この地図は特別製でねぇ。この値段でも安いぐらいだよ」
店主の言葉にティナはなるほど、と思う。確かにここは魔道具屋だ。ならば、きっと地図一つをとっても何かしらの付加価値があるのだろう。
ちなみに今のティナは大金持ちだ。正直言って、小銀貨五枚を支払うのになんら問題はない。
それに何となく、この店の商品はかなり良いのではないか、とティナの勘が告げている。
「わかりました! 買います!」
ティナは迷わずに地図の購入を決めた。そして魔法鞄から小銀貨を出し、店主の目の前に置く。
「じゃあ、この地図は私のものということで、使い方を教えていただけませんか?」
購入したは良いものの、魔道具としての使い方がさっぱりわからないティナは、店主に教えを乞う。
そんなティナの一連の行動をポカン、と見ていた店主は、身体をプルプルさせていたかと思うと、堪えきれなかったのだろう、ついに爆笑した。
「うひゃひゃひゃひゃっ!! 使い方もわからないのに買うなんて……っ! 見た目とは違ってずいぶん豪快なお嬢ちゃんだねぇ……! ひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
「えっ……! あ、いや、何となく良い商品なんだろうなぁって思ったので……。それに小銀貨五枚でも安いって言ってましたし……」
ティナは店主がここまで笑うとは思わずオドオドする。
「ひゃひゃ、自分で言うのも何だけど、良い買い物だと思うよ? この地図は所有者の位置を表示してくれてね。自分の現在位置がわかる優れものさ」
「え……っ! すごい! じゃあ、自分がどこにいるのか迷わずにすみますね!」
「それだけじゃぁないよ。お嬢さんが連れているその魔獣の位置もわかるからね。はぐれても簡単に見つけられるのさ」
「うわぁっ!! すごい! すごいです!! そんなことが出来るなんて!!」
「しかも拡大と縮小が出来るんだ。自分のいる国から街や村の場所まで詳しくわかるのさ!」
「……っ! 天才!! この地図を作った人は天才かも!!」
「うひゃひゃひゃひゃっ!! お嬢ちゃんも見る目があるねぇ! この地図を即決で買うなんて客は初めてだよ!」
ティナと店主のテンションが高くなっていく。ティナは地図の性能に感動し、ティナに心からの賛辞を贈られた店主はとても誇らしげだ。
「他にいる物はあるのかい? これから旅に出るんだろう? 準備は万全にしないとねぇ」
「えっと、じゃあ何かおすすめはありますか? ある程度装備は揃っているんですけど、便利なものがあれば買いたいです」
ベルトルドが揃えてくれた装備はどれも一級品で、使い勝手がとても良いので、できれば使い潰したいとティナは思っている。
「そうかい。なら、その獣魔に認識阻害の首輪を付けるのはどうだい? <金眼>持ちの、ましてや子供の獣魔なんて悪い奴らの格好の餌食だよ」
「あっ、そうだった! じゃあ、首輪を見せて貰って良いですか?」
ティナは入国審査場の審査官から言われた言葉を思い出した。彼も注意するように言っていたし、この機会に買っておこうと思ったのだ。
「そうだねぇ。首輪というのも無粋だから……ああ、これが良い」
首輪を探していた店主が見付けたのは、綺麗な魔石が付いた銀のブレスレットだ。
「これは装着者のサイズに合わせて大きさが変化するからね。獣魔が成長しても問題ないよ。首輪よりは見た目も良いだろう?」
「わぁ! 本当だ! これすごく可愛いですね! これにします!」
「おやおや、わたしゃまだ値段を言っていないよ? そんな簡単に決めて大丈夫なのかい?」
「え? そんなに高いんですか? 金貨十枚とかは流石に無理なんですけど……」
魔道具の相場を知らないティナは、このブレスレット兼首輪の値段が全くわからない。でも店主のお婆さんなら、暴利を貪らないだろうと思ったのだ。
「あんたねぇ……流石にそこまでしやしないよ。全く、どこのご令嬢か知らないけど、金銭感覚が普通じゃないね」
「いや、私は平民なんですけど……。金銭感覚は……自覚ありますね」
「ひゃひゃ、ずいぶん正直だねぇ。わたしがぼったくったらどうするんだい?」
「それは私の見る目がないだけですよね。提示された値段に納得したのなら文句は言えないと思いますし」
店主はティナの言葉が面白かったようで再び笑い出した。
「うひゃひゃひゃひゃっ! 面白いお嬢ちゃんだねぇ! 気に入ったよ! お嬢ちゃんには特別に小銀貨三枚で売ってあげるよ」
「えっ!? 良いんですか?! 有難うございます!!」
ティナは素直にお礼を言った。小銀貨三枚は決して安い金額ではないが、ティナはこのブレスレット兼首輪が十分金額に見合う価値があると思ったのだ。
実際、ティナが提示された金額は材料費で、そこに付与する術式や魔法の加工代などの手間賃は含まれていない。魔道具に詳しい人間が見たら、破格の値段に驚くだろう。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
おばあちゃん登場、の巻。
次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ
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