第47話 アウルム
『ティナー! 朝だよー! 起きてー!』
「ん……おはよう……」
アウルムの元気いっぱいな声で起こされたティナがゆっくりと目を開けると、テントの隙間から薄い光が差し込んでいた。
いつの間にか意識が落ちていて、夢も見ずぐっすりと眠っていたらしい。
ティナが元気なアウルムと一緒に外に出てみると、森の中にうっすらと霧が立ち込めていて、木々の隙間から漏れる朝の光と影のコントラストが、神秘的な光景を描いていた。
朝日を浴びながら、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだティナは、今日も一日頑張ろう、と気合を入れる。
ティナはテント内にある寝具やマットをさっと片付けると、朝食準備に取り掛かることにする。
「よし! アウルム、ご飯にしよっか」
『ごはんー! ごはんー!』
ティナは夜露で湿った薪を魔法で乾かすと、火を起こしてアウルム用の肉を焼き、昨日残しておいた煮込み料理を温める。
煮込み料理は野菜がトロトロで、更に味が染み込みとても美味しかった。煮込み料理は手間が掛からないので、これからの定番にしようと思う。
ティナもアウルムも朝食を食べ終えたので、早々にテントを片付けることにする。必要最低限の使う物しか残していないので、短時間で撤収することが出来た。
「……ふう。次はどこに行こうかな」
荷物を全て魔法鞄に収納したティナは、地図を取り出しフラウエンロープまでの道のりを考えることにする。
今いる場所からフラウエンロープまではずいぶん離れている。徒歩だと二ヶ月以上かかるだろう。
「クロンクヴィストって広いなぁ……。乗合馬車を使った方が良いかも」
本当は徒歩でのんびりフラウエンロープを目指しても良かったが、ティナは早く王都ブライトクロイツから離れたかった。
地図を見てみると、この森を抜けたところにバルヒェットという街があった。ここから乗合馬車を乗り継いで行けば、フラウエンロープまで掛かる時間を短縮出来るかもしれない。
「アウルムは馬車に乗っても平気?」
『へいきだよー』
モルガンたちの馬車に乗っている時もアウルムは大人しかった。それにティナの言うことをよく理解し、聞いてくれるので、他の客に迷惑を掛けることも無いだろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか。今日中にブライトクロイツから出たいし」
ティナは地図が示す方向へと足を向ける。
明るい森の中を通っている街道を歩いていると、後ろの方から急いだ様子の憲兵が馬に乗ってティナの横を走り去っていく。
「うーん、やっぱり何かあるよねぇ……」
昨日も街で憲兵団員が走り回っているのを見たが、今日も相変わらず忙しそうだ。もしかして事件を起こした凶悪な犯人が逃亡しているのかもしれない。
「アウルムは悪い人間の気配ってわかる?」
『うんー? 悪い人ー? わかるかもー』
人間と魔物は違うかな、と思っていたが、悪意ある者の気配ならアウルムもわかるらしい。
「本当? じゃあ、悪い気配がしたら教えてくれる?」
『わかったよー』
頼もしいアウルムがいてくれるおかげで、ティナの旅はかなり安全になった。ある程度闘えるとしてもティナ一人では限界があるのだ。
(うーん、馬を買えば少しは楽になるかなぁ?)
ティナは先ほど走り去っていった憲兵団の馬を思い出す。馬に乗っていれば、何かあった時に逃げられるな、と考えたのだ。
これから先、魔物だけでなく盗賊なんかにも遭遇するかもしれない。それに徒歩の旅人なんて格好の餌食だろう。
「ねぇ、アウルム。馬を買おうと思うんだけど、アウルムはどう思う?」
『うまー? ティナはうまに乗りたいのー?』
ティナは生き物を飼うことを独断で決めるのは良く無いと思い、アウルムに聞いてみる。アウルムも大事な旅の仲間なのだ。彼が反対すれば馬の購入を諦めるつもりでいる。
「その方が早くフラウエンロープに着くし、楽かなぁって」
アウルムと一緒に馬で走るのも良いし、疲れたら乗せてあげられるので、とても良い考えだとティナは思ったのだが。
『だったら僕に乗せてあげるよー』
「へ?」
『僕の背中に乗せてあげるよー』
「いやいやいや! 私がアウルムに乗ったら潰れちゃうよ?!」
そもそも、どう見ても子犬サイズのアウルムにティナが乗れる訳がない。
『もう足りたからー。足りたから乗せてあげられるのー』
アウルムの言葉を翻訳すると、今まで足りていなかった魔力か何かのエネルギーがもう貯まった……ということらしい。
「じゃあ、もうアウルムはすっかり元気になったってこと?」
『そうなのー。ティナといるからー』
「え、私と?!」
『そうなのー。お肉もおいしいけど、ティナもおいしいのー』
「えっ?! えぇっ?!」
もしかするといつの間にか自分はアウルムに食べられていたのか……と、一瞬考えたティナだったが、すぐさま「そんな訳ないか」と冷静になる。
落ち着いたティナが詳しくアウルムに聞いてみると、獣魔契約を結んでからずっと、ティナの魔力がアウルムに流れていたらしい。
だから弱っていたアウルムは徐々に力を取り戻すことが出来たという。
「そっか……。私の魔力がアウルムの役に立っていたんだ……。良かった……」
『ティナのおかげなのー。だからティナを守るのー』
「ふふ、すごく嬉しい。有難うね」
アウルムはティナに恩を感じてくれているらしい。だから小さい体で必死に守ってくれるという。
「アウルムの力が戻ったらどうなるの? もしかして大きくなるの?」
ティナを乗せてくれると言うぐらいだから、きっと馬のように大きくなるのかもしれない。その姿はきっと格好良いだろうな、と思う。
『なれるよー。小さくもなれるよー』
「本当?! 力が戻っても今みたいに小さくなれるんだ!」
子狼によく似たアウルムがとても可愛いので、出来れば成長して欲しくないな……と密かに思っていたティナは安堵する。
大きくなった姿も見てみたいが、それとこれとは別なのである。
『そうなのー。もう大きくなれるよー。乗るー?』
「え? は?」
ティナがアウルムの言葉の意味を理解する前に、アウルムの身体が光を帯びる。そして光と共に風が舞い上がり、”バサッ”という音がしたかと思うと、真っ白に輝く大きな羽根が現れた。
「……っ?! えぇ〜〜〜〜っ?!」
ティナはめちゃくちゃ驚いた。ここ数年で一番驚いたかもしれない。
何故なら、灰色の毛色の子狼だったアウルムが、真っ白な大きい狼に変身し、しかもその背中には大きな翼があったからだ。
『ほらー。ティナ乗れるでしょー?』
頭に響く幼い声は確かにアウルムだ。
「ほ、本当だ……! アウルムが大っきい!!」
金色の瞳に真っ白な身体、そして大きな翼を持つアウルムの姿は魔物のそれとは全然違っていた。もはやその姿は神々しくさえある。
『ほら、ティナ乗ってー。僕が連れて行ってあげるよー』
本来の姿に戻ったアウルムは、確かに速く走れそうに見える。しかしとても目立つので、この姿を他の人に見られたら大騒ぎになりそうだ。
「で、でもすごく目立ってしまうんじゃない?」
『大丈夫だよー。これがあるしー』
「……あっ、そうか!」
アウルムの言う”これ”とはアデラの店で買った首輪兼ブレスレットだ。さすが魔道具なだけあって、身体が大きくなっても全く問題なく機能しているらしい。
「だったら乗せて貰おうかな。重かったらごめんね」
ティナはしゃがんでくれたアウルムの背中にそっと乗ると、首にギュッとしがみつく。
アウルムの柔らかい毛はとても気持ち良く、思わず夢心地になる。
「あっ! 待って! 私振り落とされない?! 紐で縛った方が良いかな?」
アウルムの背のあまりの気持ちよさに、我を忘れそうになったティナだったが、騎乗するために必要な道具が何もないことに気がついた。
『落とさないよー。僕が風で守るから安心してねー』
「えっ?! 風?! え、ええ〜〜〜〜っ?!」
ティナの心配をよそに、アウルムが翼をはためかした。
すると、身体がふわっと浮き上がり、あっという間に森の上まで飛び上がる。
「うわぁ……! すごい……!!」
ティナは目の前に広がる光景に感動した。
木々が生い茂るその先には街なのだろう、大小様々な建物が立ち並び、あちらこちらの煙突から煙が立ち上っている。道ゆく人はとても小さくて、馬車はまるで玩具のようだ。さらにその先には山々が連なり、陰影をくっきりと浮かび上がらせている。
『じゃあ、行くよー!』
感動しているティナを置いて、アウルムが再び翼をはためかせると、もの凄いスピードで空を駆けて行く。
「うわ、うわぁーーーーっ!!」
今まで経験したことがない速さに驚いたものの、しばらくして安全だとわかると、ティナにも景色を眺める余裕が出てきた。
アウルムが言った通り不思議な力で守ってくれているのだろう、ティナは風に飛ばされることなくアウルムの背中に乗ることが出来ている。
そうしているうちに景色はどんどん流れ、アウルムは街から森、山をあっという間に通り過ぎて行く。
そして気がつけば、ティナは徒歩で半月は掛かるであろう距離をたった一時間で進んでいたのだった。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
アウルムって……(困惑)、の巻。
次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ
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