第41話 再出発

 イロナと別れたティナは、アウルムと歩きながらどこへ向かうか考える。


「うーん、栽培場所の候補を上げるなら……やっぱり山の中だよね」


「わふぅ!」


 人の言葉がわかるらしいアウルムが、ティナの呟きに返事する。

 尻尾を振りながらちょこちょこと歩くアウルムの姿はとても愛らしく、周りの通行人も微笑ましそうにアウルムを見ている。


「ふふっ、じゃあ、ちょっと遠いけどフラウエンロープに行こうか。すっごく大きな山があるんだって」


「わうっ? わふわふっ!!」


 アウルムが嬉しそうに返事をする。ずっと森にいたであろうアウルムは、王都ブライトクロイツのような人が多い所より、自然が溢れる場所の方が過ごしやすいだろう。


「よし決まり! じゃあ、今日はもう少し歩いて、良さそうな宿があったら泊まろうね」


「わふわふ!!」


 今までずっと、ティナのそばには誰かがいてくれた。だけど今日からティナは一人で冒険することになる。

 きっと今は平気でも、ふとした時にひどく一人を寂しく思うかもしれない。


(アウルムがいてくれて本当に良かったな……)


 ティナは嬉しそうに横を歩くアウルムを見る。


 愛らしい姿にはとても癒されるし、自分の言葉にアウルムが反応を返してくれることが、今はとても有難い。


 それからティナはこれからのことを考える。


(えーっと、とりあえずフラウエンロープへ行って、栽培場所を探して……。良さそうな場所がなかったら、イリンイーナへ行ってみようかな)


 イリンイーナは両親と一緒に旅行したことがある国だ。クロンクヴィストやセーデルルンドとはまた違った文化圏の国で、見るもの全てが珍しかったと記憶している。


(イリンイーナで見たお月様は綺麗だったなぁ……まるで……ん? あれ?)


 ティナは昔のことを思い出そうとして、ふと何かが気になった。思い出そうとした記憶とは違う、別の何かがあるような気がしたのだ。


(何かあったような気がするけど……ま、いっか! そのうち思い出すでしょ!)


 気を取り直したティナは、そろそろ宿を取ろうと思い、周りを見渡した。

 今ティナがいる場所は、王都ブライトクロイツの端にある街だ。


 本来であれば、冒険者ギルドに行ってベルトルドに連絡を入れるところなのだが、もしトールが自分を探していたら、ギルド経由で居場所がバレるかもしれない──そう考えると、ギルドに足を向ける気になれなかったのだ。


 とにかくトールと会いたくないティナは、トールがいるかもしれない王宮から、なるべく離れたルートでフラウエンロープへ向かおうと考えていた。


「うーん、どこの宿にしようかなぁ……。アウルムはどこが良いと思う?」


 これからの旅のことを考えると、あまり高級な宿に泊まるのはやめた方がいいだろう。

 総じて安い宿は防犯が緩いが、ティナの結界が最強のセキュリティになるのだ。

 快適な宿であれば、多少防犯対策が緩くても問題ない。


「清潔で料理が美味しい宿だったらどこでも良いんだけど……外観じゃわからないしなぁ」


 クロンクヴィストに来るのが初めてなのと変わらないティナには、評判の良い店がどれなのか全くわからない。


 もういっそ勘で選ぶか、とティナが思っていると、アウルムが「わふわふ!」と吠えて駆け出した。


「あっ! ちょっと、アウルム!」


 ティナは慌ててアウルムを追いかけた。ここでアウルムを見失う訳にはいかないのだ。


 そして角を曲がりアウルムが向かったのは、こぢんまりとした小さい建物で、かかっている看板を見ると宿屋のようだった。


「わふわふ!」


「え、もしかしてここに泊まりたいの?」


「わふぅ!」


 アウルムがふりふりと尻尾を振り回している。その顔は何となく誇らしげで、目もキラキラと輝いている。


「じゃあ、ここにしようか。アウルムのお薦めだしね」


「わうわう!!」


 アウルムが嬉しそうに飛び跳ねる。自分の希望をティナが聞いてくれてすごく喜んでいるようだ。


「じゃあ、アウルムも一緒で大丈夫か聞いてくるからここで待っててくれる? 食べ物に釣られたりどこかに行ったりしちゃダメだからね?」


「わふ!」


 アウルムの様子に大丈夫そうだと思ったティナは、「ロリアンの宿」と書かれた看板がかかっている建物の扉を開く。すると、中から楽しそうな、賑やかな声が聞こえて来た。


「わぁ……!」


 一見、小さいと思っていた建物には奥行きがあり、予想よりも中はかなり広かった。

 一階は酒場と食堂を兼ねているようで、所狭しと並べられたテーブルはほぼ満席だ。


「あら、可愛いお客さんね! いらっしゃい!」


 料理を運んでいた年配の女性がティナに気づいて声を掛けて来た。


「えっと、部屋をお借りしたいんですが……」


「あら、宿泊をご希望なのね。だったら奥のカウンターで受付をお願いできるかしら?」


「はい、わかりました」


 ティナが給仕の女性に教えられた通り、奥のカウンターへ行くと、この宿の主人らしき壮年の男性がいた。


「おや、いらっしゃい。お一人様で?」


「あの、獣魔が一緒なんですけど、大丈夫ですか? 子犬ぐらいの可愛い子なんですけど」


「そうですねぇ。本来であれば獣魔は外の厩舎でお預かりするんですが……。粗相をしなければ大丈夫ですよ」


「あ、有難うございます! 賢い子なので大丈夫です!」


 ティナはアウルムと一緒に泊まれると言われて安心した。


「じゃあ、これが部屋の鍵になります。部屋は三階の奥の部屋ですね。お食事はどうされます?」


「食事付きでお願いします。獣魔用の肉もお願いできますか?」


「わかりました。では食堂に来られたら従業員にお声かけください。それから──」


 宿屋の主人から料金などの説明を受けたティナは、外で待たせていたアウルムを連れ、教えて貰った部屋に入った。


 部屋はそう広くないものの、綺麗に整えられた部屋は清潔感があり、まさにティナが思い描いていた宿そのままだった。


「うわぁ! まさにこれ! こんな部屋に泊まりたかったの! アウルムってば、この宿のことよくわかったね! すごいよ! ホントお利口さんなんだから!」


「わふっ! わふわふ!!」


 ティナがアウルムを褒めまくる。

 実際、アウルムはお値段もお手頃で快適な宿に連れて来てくれた。いくら嗅覚が良くてお利口だとしても、ここまでわかるとは思えない。


(やっぱり<金眼>だと何か特別な力があるのかなぁ……?)


 アウルムの瞳を見て、トールを思い出しそうになったティナは、慌てて思考を放棄する。


「さ、ご飯に行こうか! アウルムもお腹が空いたよね?」


「わふわふっ!!」


 ティナはアウルムと一緒に一階へ降り、食堂の従業員に声を掛けると、隅っこのテーブルに案内された。

 席に着いて周りを見渡してみると、店内の様子がよくわかる。客層からして意外と治安は良さそうだ。


 中にはチラチラとティナを見る若い男性も何人かいるが、声を掛けて来る気配はない。近くに住んでいるらしい家族連れがいるところを見ると、料理の評判が良い食堂のようだ。


 しばらくティナが食堂の様子を観察をしていると、テーブルの上に料理が運ばれて来た。

 焼きたてパンに具沢山のスープ、肉汁溢れる鶏のソテーなど、どれもとても美味しくて、裏通りにある食堂なのにほぼ満席な理由に納得する。


 美味しい料理に快適な宿は冒険にとって必要不可欠だ。出発早々良い宿と出会えたことはとても幸運だとティナは思う。

 そんな幸運を運んで来てくれたアウルムは、嬉しそうにお肉を頬張っている。


 ティナはいつもそばにいてくれた存在がいない寂しさを誤魔化すかのように、可愛いアウルムの姿を眺めて癒されることにした。


「なあ、聞いたか? 今セーデルルンドが大変なんだってな」


 そうしてアウルムを眺めていたティナの耳に、気になる言葉が入って来た。


「ああ、聞いた聞いた! 聖霊降臨祭が開けないかもしれないってな」


(──えっ?! 聖霊降臨祭が? どういうこと……?)


 耳を澄ましたティナに更なる情報が入って来るが、その内容にティナは衝撃を受けた。


 聖霊降臨祭は、セーデルルンド王国の王都を守る結界を維持するために毎年行われる重要な儀式だ。

 魔物が発生する大森林が近くにあるセーデルルンド王国にとって結界は命綱となっている。


 王都と王宮を守る結界があるから、その周辺の領地に兵力を注ぐことが出来ていた。

 現在のセーデルルンド王国は結界に頼り切っており、もし結界がなければ兵力が足りず、魔物の氾濫が起きた時対処出来なくなるだろう。


 それは以前から危惧されていた事案だったが、クリスティナ──<稀代の聖女>が存在することで安心していたのだろう、対策が後回しになっていたのだ。


「確か偽の聖女が本物を追い出したって? 今まで守って貰っといて酷いよなぁ」


「これからあの国は大変だな」


「まあ、自業自得だよな。あの国は聖女がいなけりゃ何の取り柄もないのによ」


「そうそう、今までだって随分と偉そうだったじゃないか。自分たちは選ばれた国の民だなんとかってさ!」


「その選ばれた国がこれからどうなるかだな。きっと有難いラーシャルード神とやらが助けてくれるんだろうぜ」


「わははは! そりゃすげぇ! 俺も奇跡の御業を見てみてぇわ!」


 セーデルルンド王国の噂話を聞き、ティナは思わず頭を抱えてしまう。


(あーっ! もうっ!! だからもしもの時のために対策しといてって言ったのに!)


 ティナは全く危機感がない王国の面々の顔を思い出して悪態をつく。


 結局彼らが大事だったのはティナの神聖力だけで、ティナの言葉など何一つ聞いていなかったのだ。


「……アウルム、部屋に戻ろうか」


「わふっ」


 食堂を後にしたティナは、部屋に戻るや否やベッドに飛び込んだ。


 セーデルルンド王国はラーシャルード教を国教としているため、王家と神殿も交流がある。

 だからラーシャルード神を揶揄うような人間を見たことがないティナは、先ほど噂していた男たちの様子に驚き、何となくショックを受けたのだ。


(そういえば、クロンクヴィストはラーシャルード神を信仰していないんだっけ……)


 正直、ティナは信心深い訳ではないが、一応聖女として神殿で過ごしたこともあり、ラーシャルード神に対する信仰心もある程度持っている。

 しかし、先ほどの話を聞いてしまうと、<聖女>──自分の存在が、国の精神的発展の妨げになっているのではないか、と思ってしまう。


「わふぅ?」


 ベッドにうつ伏せになったまま、動かないティナを心配したらしいアウルムが、ベッドに前足を乗せてひょっこりと顔を出した。


「あ、ごめんねアウルム。何でもないよ」


 ティナはアウルムの瞳を見て、ふとトールの瞳と綺麗な顔を思い出す。


 最後に見たトールの悲しそうな表情を思い浮かべると、胸の奥がズキっと痛む。けれど、ティナがトールのそばにいる限り、彼はいつまでも過去に囚われたままだろう。ならば今は、離れる方がお互いのためになるに違いない。

 それにティナの気持ちの整理が着く頃にはきっと、トールも冷静になっているはずだ。

  



* * * * * *




お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


アウルム有能説、の巻。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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