第40話 別れ

 トールから失った記憶の内容を聞いたティナは愕然とする。


 十二年も前にトールと出会い一緒に旅をしていて、しかも事件後ティナと一緒に保護され、その後姿を消した子供が、まさかトールだったとは夢にも思わなかったのだ。


 しかもトールはティナが記憶を失っていても、”約束”を守っていてくれた──そう考えると、心の底から嬉しい反面、今までどれだけ”約束”がトールを縛り、苦しめていたのか……想像するだけで胸が酷く痛んで仕方がない。


「……ごめ……っ、ごめん……っ! トール、ずっと大変だったよね……」


 ティナの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。


「どうしてティナが謝るの? 悪いのは弱かった俺なのに」


「違う……っ! トールは何も悪く無い……っ!! 悪いのは正妃たちでしょう?!」


 トールは権力に目が眩んだ人間たちから命を狙われた被害者で、何一つ悪く無いはずなのに、今もなおヴァルナルたちが死んだのは自分のせいだと罪悪感に囚われている──ティナはそんな柵から、トールを解放してあげたいと切に思う。


「お父さんたちがトールに苦しみながら生きろって言ったの? 違うよね? 生きてって言葉には幸せになって欲しいって願いが込められているの!! それぐらいトールにもわかるでしょ?!」


「……っ、でも、俺にそんな資格は……っ」


 まるで自分は幸せになってはいけない、と思い込もうとしているトールに、ティナは段々腹が立ってきた。


「じゃあ、仮にトールのせいでお父さんたちが亡くなったとして、それでトールはどうするの? これからも罪滅ぼしのために私を守ってくれるの?!」


 ティナは悔しくて悔しくて、トールにどんどん言葉をぶつけてしまう。


「罪滅ぼししたいなら王様になってみんなを守ってよ!! 私のことはもういいからっ! もう守って貰わなくても大丈夫だから……っ!」


 ティナの怒りと涙は止まらない。言葉に出せば出すほど、感情が昂っていく。


「違うっ!! 俺が守りたいのはティナで──っ!」


「自分を幸せだと思わない人に守って貰っても嬉しくないっ!!」


「──っ!!」


 反論しようとしたトールであったが、ティナの一言に何も言えなくなる。


 確かに、ティナの言う通りヴァルナルはトールを認めてくれたし、リナはティナを自分に託し「生きて」と、そして「大好き」と言ってくれた。


 それにヴァルナルとリナは人を恨んだり、不幸を願うような人たちじゃないことを、トールはよく知っている。


 そんな二人に罪悪感を抱きながら生きて行くのは、二人に対する侮辱になるのではないか──と、トールはようやく気が付いたのだ。


「ティ──」


「来ないでっ!!」


 トールがティナに向かって伸ばした手が、ティナの拒絶の言葉と目に見えない壁のようなものに弾かれた。


「なっ?!」


 よく見れば、トールの周りにはいつの間にか結界が張られていて、ティナに近づこうとしても頑丈な結界に阻まれてしまう。


 ──それはまるで、ティナがトールを拒む想いの強さと比例しているようで。


 驚くトールを見たティナはじりじりと後退り、一瞬何かを我慢するような表情を浮かべたかと思うと、踵を返して走り去って行く。


「ティナっ!!」


 トールが結界を叩きながらティナを呼ぶが、声が届いているのかいないのかわからないまま、ティナの姿が見えなくなる。


「くそっ!! くそっ!!」


 トールは拳に魔力を込めて結界を殴りつけるが、ティナの次元断層に近い結界はびくともしない。


 結局、トールは結界の効力が消えるまで、その場に佇むことしか出来なかった。





 * * * * * *





 トールから逃げたティナが向かったのは、モルガンたちと落ち合う約束をしていた王都ブライトクロイツの入口にある衛兵の詰所だ。


 ティナがここに向かう途中、慌てた様子の衛兵たちが森へ向かっていたから、恐らくモルガンたちが盗賊たちのことを通報してくれたのだろう。


「ティナ! 無事か?!」


 ティナの姿を見たモルガンが慌てて駆けつけて来た。かなり心配をかけたらしい。


「はい、私もトールも怪我はないので、安心してください」


「おお、そうか……。ならいいけどよ、トールはどうした? 盗賊たちを見張ってるのか?」


「あっ! うん、そうです。逃がす訳にはいかないので……」


 ティナはモルガンの勘違いを利用させて貰うことにした。

 確かに、盗賊が逃げないように見張りは必要だ。


 ……トールごと結界に閉じ込めてしまったけれど、あながち間違ってはいないよね……と、ティナは心の中で言い訳する。


「よし! じゃあ、俺はトールを迎えに行ってくる! あ、裏の厩舎に馬車を停めてるんだわ。イロナたちはそこにいるから、顔出して安心させてやってくれや」


「はい、わかりました。モルガンさんもお気を付けて」


 オルガンを見送ったティナは、イロナたちが待っている馬車へと向かった。


 そうっと馬車に近づいてみると、「わふぅ!」とアウルムが嬉しそうに尻尾を振ってやって来た。


「あ、アウルム! アネタちゃんたちを守ってくれて有難うね」


「わふわふ!」


 アウルムを抱き上げ、よしよしと頭を撫でると、アウルムはとても気持ちよさそうに目を細める。


 以前は真っ黒だったアウルムの毛色は、今はもうすっかり灰色になっていた。このままいけば近いうちに真っ白になりそうだ。


「ティナちゃん?」


「うぇっ?! あ、イロナさん!」


 ぼんやりと考え事をしていたティナは後ろから声を掛けられ、思わず変な声を出してしまう。


「良かった! 無事だったのね……って、あら? もしかして泣いた?」


「えええっ?! ど、どうしてわかっ……いや! 何でもないです!!」


 もう顔はすっかり元通りになったと思っていたのに、鋭いイロナには泣いたことを一瞬で見抜かれてしまった。


「……トール君と話をしたのね」


「えっ! ……あ、そっか。イロナさんにはお見通しですよね……。はい、トールから色々聞きました」


 ティナはそう言えば以前、イロナがトールに何か意味深なことを言っていたな、と思い出す。

 今考えれば、確かにあの時の話の内容はこの状況を暗示していたように思う。


「ティナちゃんはどうしたいの?」


「どうしたいか……。そうですね……今はとにかくトールに会いたくないです」


 トールがここに戻ってくるまでもうしばらく時間がかかるだろう。あの結界は永続的なものではなく二、三時間ほどで効果が切れるように作ってある。


 だから二時間後ぐらいにはトールと顔を合わせることになるのだが、ティナにはもっと時間が必要だった。


(あんな別れ方しちゃったしなぁ……すっごく気まずくなっちゃうだろうなぁ……)


 きっとトールはティナに許しを乞おうとするだろう。たとえティナが悪くても、彼は自分から歩み寄ろうとする人なのだ。


「ふふっ……。わかったわ。じゃあ、護衛の契約はここで終わりにしましょう」


「え……っ」


 ティナはイロナからの提案に驚いた。

 契約を終わるということは、モルガンたちとの別れを意味するからだ。


「任務完了の報告はこっちでやっておくわ。もちろん最高評価をつけておくから安心して。後始末はトール君に丸投げしちゃいなさい」


「え……っ、でも……っ!」


 突然のことにティナは困惑する。トールに会いたくないからといって、それがイロナたちと別れることになるとは、全く思わなかったのだ。


「ねぇティナちゃん。ティナちゃんの占い結果はどうだった?」


「あっ……」


 ティナは以前イロナに占って貰ったことを思い出す。

 不思議な記号が刻まれた白い石は、ティナの進む道を月明かりのように照らしてくれたのだ。


 ──豊かな実りと富を意味する<フェイヒュー>と、積極的な行動全般を意味する<ライドゥホ>。


「あの時の結果は『実を結ぶ』だったでしょう? でも対策は何だったか覚えてる?」


「──はい。早めの行動、ですよね」


 ティナの答えに、イロナは満足そうに頷いた。


「じゃあ、後は言わなくてもわかるわね?」


「はい……っ! イロナさん、本当に有難うございます……っ!」


 ティナは心の底からイロナに感謝した。

 きっと彼女に会わなかったら、今もなお自分の行動に自信が持てず、心が迷子になっていただろう。


「アネタが寝ているうちに出発しなさい。しばらくは寂しがるだろうけど、また会いに来てくれるでしょう?」


 アネタとアウルムはとても仲良しで、アネタがアウルムに懐いているようだった。

 だけどアウルムと主従関係なのはティナなのだ。

 ティナがモルガンたちと別れるのなら、アネタとアウルムも別れなければならない。


 きっとアネタは目を覚ますと号泣するだろう。

 しかし出会うことで成長するように、別れを経験することでもっと成長できるのだ。


 ティナはこの別れがきっと、アネタの成長に繋がるだろうと信じている。


「もちろんです! 落ち着いたら必ず会いに行きます!!」


「ふふ、楽しみに待っているわ」


 ティナは魔法鞄を持つと、アウルムと一緒にイロナと向き合った。


「イロナさん、今まで本当に有難うございました……っ!」


 突然やって来た別れに、ティナは寂しくて寂しくて仕方がない。

 この一ヶ月の間、モルガン一家と過ごした日々はとても楽しくて、ティナにとってはかけがえのない、一生の思い出となるだろう。


 そして何より、ティナを優しく導いてくれるイロナの存在は、ティナの中でとても大きくなっていたのだ。


 ──綺麗で優しくて、料理が上手で……とても神秘的な、不思議な人。


 イロナとの出逢いは、まるで神様がくれた贈り物のようだ、とティナは思う。


 思わず涙ぐんだティナを、イロナがそっと抱きしめた。

 温かい体温とイロナがつけている香水の優しい匂いに、ティナの涙腺が決壊する。


「ティナちゃんの探しものが見つかることを祈っているわ」


「……っ、はいっ! 頑張ります!」


 ティナは泣きながらも満面の笑みを浮かべて返事した。イロナが応援してくれるなら、こんなに心強いことはない。


 そうしてティナはアウルムと一緒に旅立った。

 本来の目的であった、月下草の栽培場所を探すために。

  



* * * * * *




お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


お俺たちの冒険はこれからだEND、の巻。


もうここで終わっても良さそうですが、もうちょっと(?)続きます。

次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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