第39話 再会
ティナが学院に入学すると知ったトールは歓喜した。
(やっと、やっとティナに会える……!!)
いつも神殿の中にいるティナに会うのは至難の業で、会話を交わすなどほぼ不可能であったが、学院なら級友として接することが出来る、と思ったトールは早速留学生として入学することにする。
その頃にはもう後継者教育をほとんど終えていたトールには、十分時間があった。だから三年ほど他国に留学しても、何の問題はないと思っていたのだが……。
「トール! セーデルルンド王国に留学するって本当かい?!」
「トール様! なぜ留学など……っ!! あんな学院へ留学しても、何も得ることなどありませんぞ!」
「その通りだよ! 勉強ならこの国でも出来るじゃないか! だけど、トールがどうしてもというのなら、僕も一緒に留学するよ!」
「トール様やフロレンツ様が留学されたらその間、この国はどうなるのですか!?」
「それ以前にトール様が留学されると世間に知られたら……希望者が殺到してしまうのでは?」
「「「「……確かに!」」」」
まさかフロレンツや貴族たち、フェダールまで留学に反対するとは思わなかった。
特にトール至上主義のフロレンツは強く反対し、同行を申し出るほどだ。
「……国の未来を担う者であれば、もっと広い世界で見識を深めるべきだと思います」
「兄上。貴方には僕のためにもこの国に残り父上の補佐をお願いしたいのです。これは兄上にしかお願い出来ない、重要なことなんです」
「留学の際には、もちろん身分を隠すつもりですのでご安心ください」
トールはそれっぽい、ありきたりな言葉でフロレンツたちを説得した。
「トール……っ!! 僕を頼ってくれるんだね!!」
「おお……さすがトール様……! この国のために敢えて苦難の道を……!」
普段からトールを崇拝する勢いのフロレンツや貴族たちは、その言葉にコロっと乗せられ、今度はトールの留学を応援してくれるようになる。
しかし、邪魔者たちを黙らせることに成功し、安心したのも束の間、トールはティナがセーデルルンド王国王子の婚約者に選ばれたと知り、ひどくショックを受けてしまう。
(もし王子との婚約がティナの望んだことなら……っ、いや、でも……っ!)
トールはその後の調べで、ティナの婚約は王子のゴリ押しと、神殿と王宮の思惑が一致したことで決まった婚約だと知り、ほっと胸を撫で下ろす。
ティナと王子が愛し合っているために結ばれた婚約ではなかったことに安堵したのだ。
もしティナが隣国の王子を愛してのことなら、トールもその婚約を渋々……というか仕方なく……無理やり自分を納得させただろう。
だが、ティナに恋愛感情が無いのなら、まだ間に合うのでは無いかとトールは考えた。
(とにかく学院でティナともう一度友達になろう……! 全てはそこからだ!)
そして身分を隠すために目元も隠さねばならなかったトールは、認識阻害の魔道具である眼鏡を用意し、念を押して前髪で顔を隠すことにした。
ちなみに認識阻害の魔道具は、トールの存在感を薄めてくれるだけでなく、目元が見えないようにしてくれる優れものだ。万が一、前髪がめくれても<金眼>がバレることはない。
そんな風に試行錯誤した結果、一見すると怪しく冴えない男子生徒になってしまったが、自分の容姿に興味がないトールにはどうでも良かった。
そんなことよりも、彼の頭の中はティナとの学院生活のことでいっぱいになっていたのだ。
そして待ちに待ったティナとの再会の日。
遠目からでもすぐティナだとわかるほど、彼女は異彩を放つ存在だった。
昔から可愛いと思っていた少女は、目を見張るほど美しく成長していて、まさに聖女としてふさわしいオーラを纏っていた。
立ち振る舞いや口調も上品になっていて、まるで貴族令嬢のようだ。きっと神殿でそう振る舞うように教育されたのだろう。
優雅で気品があり、誰が見ても聖女だと認めざるを得ない美しいティナを見たトールは、だけど、と思う。
『わたしティナ! よろしくね!』
初めて会った時の、花が咲くような満面の笑顔を知っている分、トールは今のティナが心の底から笑えていないことに気がついたのだ。
トールはティナと仲良くなりたいと思いながらも、話し掛けるのをじっと我慢した。
いきなり話し掛けてもきっと、ティナは自分に心を開いてくれないと感じたからだ。
だからトールはゆっくり時間を掛けて、少しずつティナと交流を持つことにした。
まずは明るい挨拶から始め、自分の存在に気づいて貰ってから、授業のことでさりげなく話し掛ける……そんな地味なことから徐々にアプローチしてきたトールは、その甲斐あって、ティナと雑談できるほど仲良くなることが出来た。
聖女の役目や王妃教育で忙しくなったティナは、学院を休みがちではあったが、学院生活をとても楽しんでいたと思う。
「──あら、トール。お久しぶりですわね。元気にしていらして?」
「──まあ! これを私に貸して下さるのですか?」
「──トールのお話はとても興味深いですね。もっとお話をお聞きしたいわ」
相変わらず口調はお嬢様言葉だったが、トールにはそれすら背伸びしている少女のようにとても可愛らしく思えたし、時々見せてくれる年相応のティナの笑顔に触れるたび、どんどん気持ちが大きくなって、トールは自分が彼女のことを好きなのだと、何度も自覚させられた。
ティナへの恋心を自覚したトールであったが、しかしその想いはトールを苦しめることになる。
何故なら、ティナが今幸せそうじゃないのも、心から笑えていないのも、元はと言えば自分のせいだからだ。
自分がヴァルナルやリナを巻き込んだから、二人は命を落とし、ティナに深い心の傷を負わせてしまった──その事実が、トールを苛むのだ。
ティナを想えば想うほど、罪悪感に襲われる──そんな無限ループを繰り返していたある日、トールは例の大事件に遭遇する。
学院の教授に卒業後の進路で呼び出された後、教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていたトールは、ふと誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。
周りを見渡しても、自分に声を掛けたらしい生徒は見当たらない。
だけどトールは何故かその声が、とても大切なもののように感じられたのだ。
一瞬、精霊たちが自分を呼んだのかと思ったトールだったが、セーデルルンド王国の王都では精霊たちの動きが何故か鈍ってしまう。
だからトールは精霊たちのことを考え、学院に連れて来ていなかったのだが──。
結局、自分を呼んだ声の正体はわからないまま、歩いていたトールは学院中の雰囲気がおかしいことに気がついた。
誰かが喧嘩でもしたのだろうか、と思ったトールは生徒たちが話している内容を聞いて驚愕する。
──ティナが王子から婚約破棄され、そして聖女の称号を剥奪されたと言うではないか。
トールはティナが公衆の面前で侮辱されたことに激怒した。
そしてティナが常日頃どれだけ頑張っていたか知っている分、ティナを蔑ろにした王子たちに対して殺意が湧いてくる。
正直、王子たちがしたことはある意味トールが望んだことと一致する。しかし今はそれどころではなかった。
一刻も早く学院から去ったティナを見つけなければならないのだ。
トールは慌てて学院から飛び出し、必死になってティナを探し続けた。
自分の手が届かないところへティナが行ってしまうと考えるだけで、気が狂いそうになる。
こういう時、精霊の力を借りることが出来れば、すぐにティナを見付けられただろう。しかし精霊に頼れることが出来ない今、自分の足でティナを探す他ない。
そうして半ばパニックになりながらも、神殿や王宮など思い当たる場所を探し続けたトールだったが、ティナの姿はどこにも見当たらなかった。
冷静になって考えれば、すぐに思いついたであろう場所も、ティナを失いたくないと考えるあまり、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
トールは自由になったティナが、何を望むか想像し、ようやく正解に辿り着く。
ティナが冒険者になる夢を諦める訳がない。そんな彼女ならきっと──!
──斯くして、トールは冒険者ギルドでティナと無事再会することが出来た。
そしてもう二度とティナを失う恐怖を経験したくないトールは、何もかも捨てたとしてもティナのそばにいたいと強く思うようになる。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
そして四話に戻る、の巻。
次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ
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