第38話 金眼

 宮廷魔法師のフェダールによって、クロンクヴィストの王宮に戻ったトールは、枯渇した魔力と衰弱した身体を癒すため、しばらく安静にしなけらばならなかった。


 目が覚めたら既にクロンクヴィストの王宮で、ティナとちゃんとした別れが出来なかったことに心残りがあったものの、彼女との再会の約束を果たす日を思い浮かべながら、トールはこれから自分は何をするべきなのか考えた。


(もっともっと強くならなくちゃ……! ティナを守るためには剣も魔法も鍛えないと!)


 トールは二度と大切なものが奪われないように、誰よりも強くなろうと決心する。


 そしてその決意通り、トールは王国最強とされている騎士団長に剣の特訓を、宮廷魔法師のフェダールに魔法を習い、更に勉学にも精を出した。


 元々優秀なトールはメキメキと頭角を現していき、そんなトールを誰もが「次期国王に相応しい」と褒め称えた。


 正直、トールは権力に興味はなかったが、それでも味方は多い方が良いと考え、貴族たちに自身の能力を認めさせていく。


 トールが取り込んだのは貴族たちだけではなかった。トールは彼の兄で第一王子であるフロレンツと親交を深めていったのだ。


 フロレンツの母であった正妃は身分剥奪の上、孤島に幽閉されることになったが、フロレンツには罪はないと、今まで通り第一王子として王宮で暮らすことになった。


 実際、フロレンツは正妃からの凄まじいプレッシャーで、かなり気弱な性格に育っていた。何をするにしても正妃がいちいち口を出していたので、自分から何かをしようと考えることが出来なかったのだ。


 そんなフロレンツは、自ら進んで剣術や魔術、勉学に励むトールに感銘を受け、弟なのにトールを尊敬するようになった。


 トールとフロレンツは王位継承権を持ち、玉座を巡って競争しなければならないのだが、お互い王座に全く興味がなかったので、争いなど起こるはずもなく。


 フロレンツはトール至上主義で、トールが望めば継承権を放棄しそうな勢いだし、トールはトールでティナ至上主義で、彼女を守るために必要なら、国王になってもいいかな、という程度だったからだ。


 そうしてティナと別れてから、トールはただひたすら力をつけ、自身の地位と権力基盤を強化していった。


 傍から見れば、まだ幼い王子がことを早急に推し進めようとしていると感じただろう。実際、トールは一刻も早く力を身につけなければならなかった。


 ──その理由は、誰よりも大切なティナが、神殿に連れて行かれてしまったからだ。


 トールは忙しい日々の中、時間があればティナのことを思い出していた。


 あの時──安静にしていた身体の調子が戻り、そろそろ訓練に励もうとしていたトールの元へ衝撃的な情報がもたらされた時のことは、今でも鮮明に覚えている。


「──神殿に?! ティナが?!」


 冒険者ギルドにいたはずのティナが、何故か神殿に引き取られたと知らされ、トールは驚愕したのだ。


 そして急いで事実確認をしたトールが知ったのは、神殿側の人間が強引にティナをギルドから連れ去ったこと、ベルトルドが異議を申し立てたが却下されたという内容であった。


 王都のギルドマスターであるベルトルドが抗議してもダメなら、恐らく自分に出来ることは何もないだろう。


 しかも運が悪いことに、ラーシャルード教の総本山であるアコンニエミ聖国とクロンクヴィスト王国は仲が悪かった。

 友好国でない国の第二王子からの抗議など、何の効力もない。


 だからトールはティナを取り戻すためにも、誰にも負けない強い力を身につける必要があったのだ。


 ちなみに何故クロンクヴィスト王国とアコンニエミ聖国の仲が悪いかというと、クロンクヴィスト王国はラーシャルード神信仰ではなく、精霊信仰の国だからだ。


 さらにラーシャルード教は穢れた瘴気から生まれるといわれている魔物を忌み嫌っており、その魔物の王が持つ特徴である<金眼>を忌避している。

 きっと<金眼>持ちのトールを、彼らは忌々しく思っているはずだ。


 だが、ラーシャルード教が嫌う<金眼>は、クロンクヴィスト王国にとっては古い血統を受け継いでいる証であり、誉あるものだ。


 貴族はもちろんのこと、平民からも貴ばれる<金眼>には、その色を持つ者にしか知らされない秘密があった。


 ──実は<金眼>とは精霊王から与えられる祝福で、その瞳を持つ人間は精霊たちに愛される存在であったのだ。


 クロンクヴィスト王国が珍しい精霊信仰なのも、王国の初代国王が精霊王の祝福を受けた人間だったという経緯があったからだ。


 その事実は時の流れと共に忘れ去られ、今では御伽噺となって語り継がれている。

 実際、トールも建国神話を御伽噺か何かだと思っていた。


 しかし、トールが九歳の誕生日を迎えた時、とある存在が彼の目の前に現れた。

 そしてトールはその存在──<精霊>に、御伽噺が事実なのだと教えられたのだ。


 <精霊>とは、この世界に存在する草木や動物など、自然が作るものの一つ一つに宿る超自然的な力で、万物の根源をなしているらしい。


 精霊の見た目はふわふわと光る浮遊物で、言葉を直接頭の中に話し掛けてくる。だからトールは初めて精霊を見た時、幽霊か何かと勘違いしそうになったのだ。


 驚くトールに精霊は告げた。

 ──曰く、トールは初代国王並みに精霊との親和力が高く、今は下級精霊としか感応できないが、成長すれば上級精霊とも会話ができるだろう、と。


 トールは思いがけない事実に、最高の誕生日プレゼントだと喜んだ。

 ラーシャルード教とアコンニエミ聖国に対抗する手段を手に入れたのだ。きっと自分のこの力は、ティナを助ける力になるだろう。


 トールは精霊と邂逅した日から、彼らと交流し時々手伝って貰いながら、着実に力を付けていった。


 それから一年後──ティナと別れてから五年がたった頃。

 セーデルルンド王国から<聖女>の出現が公表された。トールが一番恐れていたことが、ついに起こってしまったのだ。


 やはりティナの稀有な神聖力は隠しきれず、神殿に気付かれてしまったらしい。


『──<聖女>は神聖力を供給するための装置みたいなもんだ。神殿に良いように扱われ、自由がない生活を強いられながら一生過ごさなければならない……。そんな人生を可愛い娘に──ティナに送らせたくないんだ』


 トールの頭の中で、ヴァルナルの言葉が蘇る。

 ヴァルナルの願いを叶え、約束を守るために、自分に出来ることは何か──。しばらく考えたトールは、あることを思いつく。


(今はセーデルルンド王国の聖女でも、結局はアコンニエミ聖国の出方によって、ティナの処遇が決まってしまう。それなら、いっそ──!)


 ──ラーシャルード教の、アコンニエミ聖国を根底から覆せば良い、と。


 早速トールは精霊に協力して貰い、アコンニエミ聖国の情報を集めることにした。


 初めはただの噂だったり、主婦たちの井戸端会議のような内容であったが、その内容は長い時間を掛けて徐々に精査され、聖国の中枢へと迫っていく。


 加えてトールが手に入れた情報の中には、教皇一族の企みとアレクシスの望みもあった。

 やはり彼らは<稀代の聖女>であるティナの力を我の物にし、その威光を利用しようと企んでいたのだ。


 トールはアコンニエミ聖国の弱点となりうる情報をさらに集め、ティナを自由にするための準備を着々と行なっていた。


 そうしてティナが聖女になってから更に月日が過ぎ、ティナとトールが十五歳になった頃。

 セーデルルンド王国にあるブレンドレル魔法学院に、ティナが入学するという情報が入って来たのだ。

  



* * * * * *




お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


トールくんヤバい人だった、の巻。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

 

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