第22話 聖女追放の後

 ブレンドレル魔法学院で起こったフレードリクの婚約破棄騒ぎと、大神殿で起こったアンネマリーの出来事は、速やかにセーデルルンド王国の王宮へと伝わり、国王の耳に届くこととなった。


「……ったく!! 何を考えとるんだあのバカ息子はっ!!」


 事の顛末を聞いた国王──グスタフは、フレードリクの愚行に怒りを顕にしていた。


「既にこの一件は、ブレンドレル魔法学院の生徒全員が知ることとなりました。最早事態の収拾は不可能かと」


 国王に報告に来た参事官から、疲労の色が滲み出ていた。生徒からの聞き取りや神殿とのやり取りで相当疲弊してしまったようだ。


「うぅぬ……!! フレードリクを連れて来いっ!! 奴に土下座でも何でもさせてクリスティナ嬢に許しを請うのだ!!」


 グスタフは国王として、大神殿と揉めるわけにはいかないと考えている。

 大神殿の大神官であるオスカリウスは、ラーシャルード教の中でも強い権力を持ち、次期教皇だと噂されるほどの人物であった。

 そんな人物と敵対するようなことは絶対にあってはならないのだ。


 穏便に済ますことが出来ないなら、フレードリクの廃嫡まで視野に入れなければ、とグスタフは考えている。


「……それが、どうやらクリスティナ様が行方を晦ましたとのことで、未だ発見に至っていないと聞いています」


「何だとっ?!」


 この国を瘴気から守る役目を負う聖女の失踪など前代未聞であった。近隣諸国に知られれば冷笑されるだろう。

 聖女を我が手に、と望む者は世界中にいる。隙あらば取り込もうと欲する国も一つや2つではない。

 ラーシャルード神を崇拝する宗教の総本山があるアコンニエミ国からも、聖女の身柄を渡すように、と通達が何度も来るほどだ。


 クリスティナとフレードリクの婚約も、フレードリクからの強い希望があったものの、本当の目的はクリスティナをこの国に繋ぎ止めておくための楔だったのだ。


「そしてフレードリク殿下ですが、現在精神的ショックを受け療養中です。お連れしても会話にならないかと」


 オスカリウスの怒りを買ったフレードリクは、殺気が混じった怒気の直撃を受け、それがトラウマになったらしく、部屋に籠もって出てこないらしい。


「何ということだ……!」


 グスタフは絶望的な事態に頭を抱えこむ。

 しかし、こうしてはいられないと思考を切り替えると、参事官へと指示を飛ばした。


「……とにかく、使える人員全てを動員し、クリスティナ嬢の行方を追うのだ!!」


「かしこまりました」


 参事官が退出すると、入れ替わるかのように側近が急いで入ってきた。


「陛下! 大神官様と聖騎士殿がお越しです!」


「何っ?! すぐにお通ししろ!」


「は、はいっ!!」


 グスタフはオスカリウスとアレクシスを謁見の間へと招き入れた。


「オスカリウス殿、この度は愚息が迷惑をかけた。大変申し訳無い」


 グスタフはオスカリウスに向かって深々と頭を下げる。

 いくら大神官の権力が強く、大神殿との関係を悪化させたくないとはいえ、一国の王がこうして頭を下げるのはあり得ないことだ。


 オスカリウスはグスタフのこういう公明正大なところを評価していた。そしてその気質が息子に受け継がれていないことを残念に思う。


「どうか頭をお上げ下さい。フレードリク殿下の処遇についてはまた後日話し合うとして、まずはクリスティナ様の保護を最優先していただきたく存じます」


「その件に関しては先程人員を手配した。こちらとしても出来るだけのことはさせて貰うつもりだ」


 グスタフの言葉にオスカリウスが頷いた。王宮の人員を割いて貰えるのは有り難い。


「では陛下、一連の騒動を引き起こした首謀者と思われる者を捕らえておりますが、その者の処遇は如何されますか?」


「……うむ。フレードリクを唆したという令嬢か。一度話を聞いてみる必要があるな」


「ならば連れて参りましょう。衛兵、かの者をここへ」


 オスカリウスが衛兵に向かって指示すると、扉が開かれ件の令嬢──アンネマリーが連れられて来た。

 すっかりくたびれたアンネマリーの様子に、以前のような華やかさは欠片もない。


「……う……うぅっ……」


 衛兵によって頭を押さえつけられたアンネマリーが呻き声を漏らす。


「よい。その手を離してやれ」


 グスタフが命令すると、衛兵たちはすぐに手を離して下がったのだが、アンネマリーはそのままぐったりとしている。


「……? この令嬢はどうしたのだ? 随分衰弱しているようだが……」


「この者は<聖女の腕輪>を身に付けております」


「なっ?! 腕輪を?!」


「はい、この者はクリスティナ様を糾弾し、聖女の証である腕輪を奪いました。そしておこがましくも腕輪を身に付けた罰なのでしょう、こうして魔力の枯渇に苦しんでいるのです」


「……う、うむ。それは何というか、自業自得というか……」


 年若い少女の疲弊した姿に一瞬同情したグスタフだったが、少女がやらかした内容を聞いてドン引きしている。

 腕輪の本当の用途を知れば、誰も身に付けようと思わないだろう。


 聖具として代々の聖女が所持していたこの腕輪には、身に付けた人間の魔力を吸い寄せる術式が刻まれていた。

 術式で集められた魔力は填め込まれた魔石へと蓄積される仕組みとなっている。


 そして年に一回、神殿で執り行われる重要な儀式───聖霊降臨祭に於いて、聖女から神へ捧げられた魔石は、王都を守護する結界の動力源として使用されるのである。


「腕輪の術式によってかなりの量の魔力が必要ですから、クリスティナ様のように膨大な魔力を持つ方か、神に身を捧げた巫女にしか継承は許されないはずなのですが……。この者とフレードリク殿下はご存じなかったようです」


「……うぬぅ……アイツにはホトホト呆れ果てた。<聖女>の存在理由を履き違えるとは……!」


 この国の人々を守るために、魔力が少ない者にとっては死に繋がる腕輪を、危険を顧みず敢えて身に付け、その身体を神に捧げる──そんな清らかで高潔な魂の持ち主だからこそ、皆が聖女だと崇め、称えるのだ。


 ──ただ優しいだけ、魔力が多いだけでは聖女には成り得ない。


「しかし、クリスティナ様が不在の今、腕輪を外せるほどの魔力を持つ女性を見付けるのは困難です。それにもうじき聖霊降臨祭の時期ですから、この者にはギリギリまで腕輪を付けさせ、魔力を補充して貰いましょう」


「そ……! そんな……っ!!」


 オスカリウスの提案にアンネマリーは絶望する。


「魔石の魔力はほぼ満たされている状態だ。お前は運が良い。クリスティナ様が魔力を貯めていて下さったおかげだな。精々クリスティナ様に感謝すると良い」


「……そうだな。それしかあるまい。しかしこの令嬢の体調管理はしっかり行うように。万が一にも、命を落とすようなことだけは避けていただきたい」


 グスタフはオスカリウスの提案を受け入れることにした。

 アンネマリーに罪滅ぼしをさせるにも、丁度いいだろうと考えたのだ。


「もちろんです。しかし、聖霊降臨祭が終わるまでにクリスティナ様を見付けなければ、結界の維持は難しくなるかと」


 残りの魔力はアンネマリーから補充するとしても、それは一時しのぎにしかならない。

 クリスティナか、彼女並みの魔力を有する者を探し出さねばならないのだ。


「どうか私にお任せ下さい! 私がクリスティナ様を必ず見付け出します!」


 アレクシスがオスカリウスとグスタフに申し出た。


「そうだな。お前が一番クリスティナ様の行動を熟知しているし、適任だと思うが……聖王国から戻ったばかりで疲れているのではないか?」


「いえ! 問題ありません! 私は一刻も早くクリスティナ様の無事を確認したいのです!」


 長旅から戻ったばかりのアレクシスを思ってのオスカリウスの言葉であったが、アレクシスにはいらぬ心配だったようだ。


「ならばお前に任せよう。無事クリスティナ様と共に戻って来て欲しい」


「はい! では行って参ります!!」


 アレクシスはろくに挨拶もせず行ってしまった。彼は常にクリスティナのそばにいた護衛騎士だ。主が行方不明で気が気じゃないだろう。


 王宮から飛び出したアレクシスは、クリスティナが何処へ向かうか推測していた。きっと自分の推測は間違っていないと、確固たる自信もある。


 アレクシスは、長年クリスティナに仕えていた自分が一番、彼女のことを理解していると自負しているのだ。


 そうして、アレクシスは彼女が実の父親のように慕っている、冒険者ギルドセーデルルンド王国王都本部の最高責任者──ギルド長であるベルトルドの元へ、確信と共に急いだのだった。


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


ティナちゃん逃げてー!の巻。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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