第21話 聖騎士

 多忙で大神殿を留守がちなオスカリウスであったが、彼は常にクリスティナの身を案じ、可愛がっていた。

 時々垣間見える不安そうな瞳もきっと、王妃になることへの不安なのだろうと思っていた──いや、思い込んでいたのだ。


 オスカリウスは自分の浅慮に後悔する。どうしてクリスティナをもっと慮らなかったのか、と。


 初めはその魔力量や、聖女としての素質が惜しくて強引に神殿入りとした。しかし、クリスティナと共に過ごすうちに情が湧いてしまったのだ。まるで本当の孫娘のような親愛の情が。


 クリスティナが落ち着き、自身も多忙だったため、彼女を他の神官に任せてしまったのが間違いだった。


 王室との関係を配慮する余り、クリスティナの気持ちを蔑ろにしていたことに気付かなかった自分の至らなさと、クリスティナの血が滲むような努力を踏みにじったバカ王子に、オスカリウスは腸が煮えくり返って仕方がない。


 そしてクリスティナが──代々聖女がその身を削ってまで大切にしてきた、その聖宝を、卑しい身に纏わせ、穢したこの少女が、オスカリウスは絶対に許せなかった。


「……あ、ぅ……あ、あ、あ……っ、ゆ、許し……っ!!」


 広い神殿内を満たすほどの、濃厚な殺気に、アンネマリーは恐怖で顔がぐちゃぐちゃになる。ちなみにフレードリクはとうの昔に気絶してしまっている。


 オスカリウスが手に魔力を集めると、青白い炎が現れた。これは大神官が大罪人に罰を与える<裁きの炎>だ。


 そうしてオスカリウスがアンネマリーに向かって青白い炎を向けた瞬間、神殿のドアが大きく開け放たれた。


「オスカリウス様っ!!」


 突然現れた予想外の人物に、オスカリウスの放っていた殺気が霧散した。


 オスカリウスの怒りに巻き込まれていた神官たちは、殺気の重圧からようやく開放されて安堵する。

 そして本来であれば、ここにいないはずの人物──聖女の、クリスティナの聖騎士であるアレクシスに感謝した。


「オスカリウス様、どうか怒りをお収め下さい! この者たちを害してはいけません!!」


「……くっ!」


 アレクシスに諌められたオスカリウスが魔力を断つと、青白い炎が揺らめきながら消えていった。


 オスカリウスが怒りを収め、炎を消したことで、アンネマリーはようやく自分の命が助かったと実感できた。


 アンネマリーは絶体絶命のところを救ってくれた人物の方へ顔を向け、そして絶句する。


「──っ!!」


 怒りに我を忘れたオスカリウスを諌めることが出来るほどの、胆力を持つこの人物は一体誰なのかと思い顔を見てみれば、そこには眩いほど顔が整った青年がいた。


(……やだ、すごく格好良い……っ!! この人は一体……? 聖騎士、よね?)


 そこで転がっている王子より遥かに見目が良い聖騎士に、アンネマリーは一瞬で恋に落ちた。命の恩人という吊り橋効果もあったかもしれない。しかし目の前の美しい聖騎士はアンネマリーの好みドンピシャだったのだ。


 アンネマリーがアレクシスに見惚れる中、アレクシスはオスカリウスから事の顛末を聞かされていた。


 ──曰く。

 フレードリクが一方的にクリスティナとの婚約を破棄したこと。

 勝手にクリスティナから聖女の称号を剥奪し、しかも聖女の腕輪まで取り上げたこと。

 身分不相応なアンネマリーを聖女だと祭り上げ、腕輪を渡したこと。


 そして極めつけは、クリスティナを偽物の聖女だと糾弾し、学院から追い出したこと──。


 オスカリウスから簡単に説明されただけでも、その内容がひどいことがアレクシスに理解できた。


 話を聞いたアレクシスは、未だ惚けた顔をして自分を見つめるアンネマリーの方へ向き直り、にっこりと笑顔を浮かべた。


「初めまして。私は聖女様付きの聖騎士で名をアレクシスと申します」


 笑顔のアレクシスの破壊力は抜群で、アンネマリーはすっかり彼の虜になっていた。

 アレクシスの柔らかい美声にうっとりしていたアンネマリーは、その言葉の意味を理解してハッとする。


「……え? 聖女付き……?」


「はい、そうですが……何か──」


「わ、私! 私聖女です……っ!! こ、これっ、証の腕輪です……っ!!」


 アンネマリーはアレクシスに腕輪を見せた。ほんのりと光る腕輪は紛うことなき本物だ。


「……なるほど。これは本物で間違いありませんね。しかしこの腕輪は当代の聖女であるクリスティナ様のもの。それを何故貴女がお持ちなのでしょう?」


「クリスティナ様は聖女の資格がありません! 彼女は下町のゴロツキ達と不純な仲なのです! 汚らしい男たちと遊び呆けているのですよ!! そんな卑しい女が聖女だなんて間違っています!!」


 アンネマリーは学院の生徒たちに言った内容と同じことをアレクシスにも聞かせた。その内容にアレクシスの端正な顔が歪む。


 アレクシスのその表情を見たアンネマリーは、彼がクリスティナに騙されていたと知り、彼女を軽蔑したのだと理解した。


 ならば、この美しい聖騎士はクリスティナを捨て、新しい聖女である自分にその心を捧げ、尽くしてくれる──! アンネマリーはそう信じて疑わない。


「──だからクリスティナ様からこの腕輪を取り返したのです! 腕輪も私を認めました! 私が魔力を流したら、簡単に外れたんです!」


 強欲なアンネマリーは、クリスティナから全てのものを奪うつもりだったが、こんなに美しい聖騎士がいるのなら、フレードリクをクリスティナに返してあげても良いだろう、と考えた。

 王妃の地位も魅力的だったが、美貌の聖騎士とともに国民から崇められる方が幸せかもしれない。

 そのためにはむしろフレードリクは邪魔なのではないか、と思ったのだ。


(……可哀想なクリスティナ様。でもフレードリク様に婚約破棄の撤回を口利きしてあげるわ。私は慈悲深い聖女ですもの!)


「……そうですか。この腕輪を外せた、ということは、貴女もかなり魔力が多いのでしょうか?」


「はいっ!! 魔力の量なら自信があります! ブレンドレル魔法学院では特待生ですし!」


 アンネマリーがここぞとばかりに自分の優秀さをアピールする。

 <稀代の聖女>と持て囃されていたクリスティナと比べても、自身の魔力量は遜色がないと彼女は自負しているのだ。

 それにクリスティナが出来たのなら、自分も十分聖女としてやっていけるはずだと、アンネマリーは常々思っていたのだ。


「それは素晴らしい! さぞや優秀なのでしょうね」


 アンネマリーの狙い通り、アレクシスは彼女に好感を持ったようだ。


 この調子で行けば、大神官から守って貰えるだろうし、自分を聖女として迎え入れてくれる……と、浅ましく計算していたアンネマリーの思考は、次のアレクシスの言葉で停止する。


「では、聖女となられたのであれば、勿論<神聖力>はお持ちですよね? 貴女の得意とする魔法をここで見せていただけますか?」


「……え?」


「聖女はこの国を魔物から守る結界を張り、瘴気を浄化する<神聖力>を持つ方のことですよ? まさか腕輪を付けただけで聖女になれる……なんて思っていませんよね?」


「あっ……!」


 アレクシスの言葉に、アンネマリーは根本的な勘違いに気が付いた。てっきり腕輪さえ身に付けていれば聖女になるのだと何故か思い込んでいた。

 いくら魔力が多くても、アンネマリーの頭は残念な出来であった。


「い、今はまだ<神聖力>は持っていません、けど……! ここで過ごせばそのうち私にも<神聖力>が与えられるはずです!! 私をここに置いて下さい!!」


 <神聖力>は神殿の神官や巫女達が修行を積んで得ることが出来る。なら、自分にもその力が与えられるはずだ、とアンネマリーは考えたのだ。


「……ここで修行と仰られても……。今の貴女のその状態で耐えられるかどうか……」


 心配そうなアレクシスの様子に、修行はそんなに厳しいのかと思ったが、アンネマリーは何かが引っかかった。


「そ、それはどういう……。え、状態って?」


「貴女の魔力ですよ。もしかして気付いていらっしゃらないのですか?」


 アンネマリーは自身の身体の状態を確認する。すると、自分の身体を包んでいた魔力の量が殆ど無いことに気が付いた。


「ど、どうして……っ?! 私の魔力が……っ!!」


 ──この世界では、魔力の多さは生命力の強さに比例する。


 昨日までは魔力が満ち、健康そのものだった身体が今は酷く重い。

 どうやらクリスティナを追い出すことに成功した喜びで自覚していなかったところに、大神官からの殺気を受け、身体の感覚が麻痺していたようだ。


「あのゲ……フレードリク殿下もご存知のはずなのですが……。お聞きしていませんか? その<聖女の腕輪>は身に付けた者の魔力を常に吸収していると」


「えっ……?! わ、私、そんなの聞いていません!! ただ綺麗な腕輪だって……証だって……っ!」


 そうして、アンネマリーはある事実に辿り着き、驚愕する。

 クリスティナはこの腕輪を付けた状態で普通に生活し、更には瘴気を浄化するために国中を巡っていたのか、と。

 腕輪を付けただけで疲労困憊になった自分とは比べ物にならないほどの魔力量を、クリスティナは持っていた。

 自分より少し多いぐらいの魔力量しか無いと嘲っていたのは、とんだ思い違いだったのだ。


「そうでしょうね。そうでなければ誰が好き好んで、その腕輪を身に付けようと思うのか……理解に苦しむところでした」


 アレクシスはそう言うと、アンネマリーに向かって綺麗な笑顔を向ける。先程までのアンネマリーなら、その笑顔に見惚れていただろう。


 ──しかし、アンネマリーはようやく気が付いた。


 口は笑みの形を象っていても、アレクシスのその瞳は全く笑っていない。むしろ汚物を見るような、蔑んだ視線を自分に向けているということを。


「運が良かったですね。クリスティナ様がその腕輪に魔力を貯めて下さっていて。そうでなければ貴女の身体もその顔も、あっという間に老婆になっていたでしょうから」


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


アレクシスさんも激おこぷんぷん丸の巻。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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