第20話 大神官
ブレンドレル魔法学院で、フレードリクから婚約破棄と聖女の称号剥奪を受けたティナが、姿を消してから一日が過ぎた頃──。
セーデルルンド王国の王都にある、ラーシャルード神を崇拝する大神殿で、大神官オスカリウスが衛兵や神官たちに向かって声を荒げていた。
「クリスティナ様はまだ戻られんのかっ?!」
その理由は、当代の聖女であるクリスティナが、学院から戻らず姿を消したからだ。
オスカリウスがその報告を受けたのは翌日になってからであった。
「は、はい……っ、只今総力を上げて捜索中ですが、未だ足取りは掴めておりません」
大神殿が騒がしくなるのは随分久しぶりだった。
以前は脱走しようとしたクリスティナを探して、大神殿中が大騒ぎになることが度々あったのだ。
「くっ……! 一体どこへ行かれたのだ……! まさか誘拐された訳ではあるまいな……?!」
「いえ、その可能性は低いかと。わがラーシャルード教に盾突く組織などありませんし、大人しく捕まるようなクリスティナ様ではございません」
「それにもし聖女様がこの王都から連れ去られれば、こちらの魔道具に反応があるはずです」
「……うむ。確かに<腕輪>の指し示す位置は王都のままであるな。ならば、王都中を捜索させるのだ! 急げっ!!」
「はい! 直ちに!」
神官の一人が慌てて部屋から出ていった。
オスカリウスはその後姿を見守ると、やれやれといった様子で椅子に座り込む。
(くそっ!! 寄りにも寄ってアレクシスが不在の時に……!)
クリスティナの専属騎士であったアレクシスは、長年クリスティナに付き従っていたこともあり、彼女の行動パターンを熟知していた。
彼が不在でなかったら、クリスティナを早々に見つけることが出来たかもしれない。
「ようやく落ち着いたと思ったら……。まったく、困った娘だ」
学院に通うようになり、更に王子と婚約が決まってから、クリスティナは随分大人しくなった。
オスカリウスがようやくクリスティナも聖女の自覚を持ったか、と安心したところにこの騒ぎだ。
代々の聖女とは異なり、好奇心が旺盛でお転婆のクリスティナに散々振り回されてきたのが、大神官であるオスカリウスであった。
「……あの、大神官様。王宮より面会の申し入れが参りましたが、如何致しましょう……?」
オスカリウスが不機嫌なのを察した神官が、恐る恐る尋ねてくる。しかし敢えて尋ねてきたということは、それだけ高位の人物が面会を求めているのだろう。
「それは誰だ?」
「はい、フレードリク殿下です。どうやらお連れ様がいらっしゃるようでして……」
クリスティナが戻らないタイミングで、フレードリクが面会を求めてきたことに、オスカリウスは今のこの状況と何か関係があるのかと考える。
「……お通ししろ」
「かしこまりました」
神官が部屋から出てしばらくすると、この国の王子であるフレードリクが見慣れぬ少女と共に入ってきた。
二人を見たオスカリウスの顔が一瞬だけ歪む。二人の間に流れる雰囲気を見て、嫌な予感がしたのだ。
「……これはこれは、フレードリク殿下。わざわざこのような場所までご足労いただき有難うございます」
「いや、大神官殿は多忙でおられますからな。お気になさらずとも結構ですよ」
オスカリウスは以前からフレードリクの態度が気に食わなかった。王族でさえ大神官には頭を垂れるほど、大神殿の権威は非常に強いのだ。
しかし今日のフレードリクはいつにも増して尊大であった。きっとここへ連れてきた少女に良いところを見せたいのだろう。
クリスティナという婚約者がいながらコイツはどういうつもりだ、とブチギレそうになるのを何とか押さえ、オスカリウスはさっさと用件を聞くことにした。
「……して、この度は何用でお越しになられたのですかな?」
「はい。本日私は偽の聖女、クリスティナから聖女の称号を剥奪し、更に婚約破棄を言い渡しました!」
オスカリウスは堂々と胸を張ってそう言い切るフレードリクに、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……」
周りの神官たちもあまりのことに絶句している。
先程まで慌ただしかった神殿内が、フレードリクの言葉でシン……っ、と静まり返った。
予想以上の出来事にオスカリウスと神官たちがポカン、としていると、気を良くしたのか更にフレードリクが更に言葉を続けた。
「しかし安心していただきたい! 空席となった聖女の地位はこのアンネマリー嬢が引き継いでくれます! 彼女こそ聖女に相応しい素質を持った素晴らしい女性なのです! 新たなる聖女の誕生に、きっとラーシャルード神も喜んで下さるでしょう!」
そう言ってフレードリクがアンネマリーの肩に手を回し、オスカリウスたちに紹介した。
アンネマリーという名の少女は、控えめな態度に少し怯えた表情をしているが、その瞳に貪欲な野心が見え隠れしていることを、オスカリウスは看破する。
この少女は大神官であるオスカリウスに認められ、正式な聖女に任命されたいという欲望を隠しきれていないようだった。
「……っ、クリスティナ様は、一体何と……?」
オスカリウスの、感情を押さえた、それでも地を這うような低い声に、彼をよく知っている神官たちは冷や汗を流す。
「んん? あの偽聖女は大人しく従いましたよ? 見苦しく言い訳するかと思いきや、やけにあっさりと己の罪を認めましてね。少し拍子抜けでしたよ」
しかしフレードリクはオスカリウスの様子に全く気付かず、肩を竦めてやれやれと首を振っている。
そんなフレードリクの態度に、オスカリウスは何かがキレた音を聞いた。
聖職者になってからというもの、此処まで怒りが湧いたのは初めてだった。
国王からクリスティナをバカ王子の婚約者に、と打診を受けた時も大概だったが、あの時はバカ王子がクリスティナに惚れ込み、どうしてもと懇願するから渋々許可を出したのだ。それがクリスティナの幸せになるのなら、と。
正直、クリスティナが嫌がればすぐ婚約は解消させるつもりだったのだ。
しかしオスカリウスの予想に反して、クリスティナは婚約にも王妃教育にも文句を言わず、真剣に取り組み、飛躍的な成長を遂げていった。
そしてクリスティナは聖女の役目に対しても同じように取り組んだ。瘴気浄化の巡業にも協力的で、最近ではかなり瘴気が減り、王国にもようやく平穏が訪れると誰もが思っていたのだ。
オスカリウスは、クリスティナがじゃじゃ馬から淑女へと変貌していく様子に、彼女もまたこの婚約に乗り気なのだと思っていた。
──それなのに、このバカ王子はクリスティナからアンネマリーという少女に乗り換え、断罪したという。
「〜〜〜〜っ、こぉんの馬鹿もんがぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「っ!? ひ、ひぃっ!!!」
「きゃあっ!!」
とうとうオスカリウスの怒りが爆発した。寧ろよく今まで堪えてきたな、と神官たちが思うほどに、オスカリウスは我慢していたのだ。
大神殿の大神官であるオスカリウスも、クリスティナほどでなくても強大な魔力を持っている。
そんなオスカリウスがブチギレ、膨大な魔力と威圧が溢れ出し、その全てがフレードリクとアンネマリーに向けられたのだ。
怒りの波動が直撃した二人はその威圧に圧倒され、尻餅をついてしまう。
二人とも顔面は蒼白で、ガタガタと身体を恐怖で震わせている。
「……あ、ああ……っ!」
「ひぃ、ひぃいいいっ!!」
腐っても王子なのだろう、フレードリクは一般人であれば失神するほどの威圧にも、ギリギリ意識を保っていた。
アンネマリーという少女の方も、バカ王子が見初めただけあって能力は高いのだろう、まだ正気を保っている。
「貴様っ!! 自分が何をしたかわかっているのかっ!! もしクリスティナ様がいらっしゃらなければ、この国は──っ、んん?!」
フレードリクに怒鳴り散らかしていたオスカリウスの視界の端に、見覚えのある光を放つ物が映る。
「──っ?! そ、それは……っ!!! 何故お前がそれを持っているっ?!」
「あ、あわわ……っ、こ、これは……っ!!」
オスカリウスが見たのは、代々聖女のみが身に着けることを許された聖具、<聖女の腕輪>であった。
「答えろっ!!! さもなくばお前の腕を切り落とすっ!!!」
「──ひッ?! フ、フレードリク様がっ!! フレードリク様が私に……っ!!」
「嘘を付くなっ!!! その腕輪はそう簡単に外れるものではないっ!! 貴様ら、もしかして無理矢理腕輪を……っ!!!」
クリスティナを害して腕輪を手に入れたのかと、一瞬想像してしまったオスカリウスの身体から、更に怒気が膨れ上がる。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
お爺ちゃん激おこぷんぷん丸の巻。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます