第19話 契約
トールのかまって発言を受けて身悶えていたティナが、ようやく落ち着いた頃、ティナの膝の上で眠っているアウルムを見たトールが思い出したように言った。
「そう言えば、最近アウルムの毛の色、変わってきたと思わない?」
「へ?」
トールに指摘されたティナは、改めてアウルムを見る。
「……確かに」
ずっと見ていたから気付かなかったが、意識して見てみると、真っ黒だったアウルムの毛色が少し薄くなっていた。
「やっぱり。俺の気のせいじゃなかったか」
「一体どういうことだろう? アウルムは元々黒色じゃなかったのかな?」
「うーん。色んな説が考えられるよね。例えば、ティナの<浄化>で瘴気が抜けると同時に色も抜けたのか、それとも元々違う色だったのが瘴気で黒くなっていたのか……」
トールの仮説はどちらも有り得そうだった。
どちらにせよ、ティナの<神聖力>が関係あるのは間違いない。
「じゃあ、アウルムの浄化をもっと強くやってみたらどうなるのかな?」
「原因はわからないままだろうけど、色はもっと変わるんじゃないかな」
「そっか……どうしよう……」
このまま浄化をし続ければ、アウルムの色は黒ではなくなるだろう。それはそれで見てみたいティナだったが、アウルムがトールにそっくりじゃなくなるのが、何だか勿体ないような……残念な気持ちになってしまっていた。
「無理に<浄化>しなくてもいいと思うよ。でもクロンクヴィストに着いたら、アウルムと獣魔契約しなくちゃいけないと思うけど……大丈夫かな?」
「えっ?! 獣魔契約?! なにそれ!」
「魔物はそのままじゃ国内に入れることが出来ないんだ。国の中で暴れたら困るからね。だから主人と魔物を契約で結んで制御するんだよ。ちなみに魔物が起こした問題は全て主人の責任になるから」
「な、なるほど……! でもそりゃそうだよね。国民を守らなきゃ駄目だもんね」
トール曰く、国境にある入国審査場で従魔契約の手続きが出来るらしい。
「高位の魔物と無理矢理従魔契約を結ぼうとして死んだ人もいるからね。従魔契約はそう簡単なことじゃないんだけど……まあ、ティナとアウルムなら大丈夫かな」
「し、死ぬ場合もあるの?!」
「魔物のレベルにもよるけどね。結構制約が多いから、契約を嫌がる魔物もいるんだよ。だから主人と魔物のレベルが違いすぎると、契約が拒否されるんだ」
どうやら獣魔契約は一筋縄では行かないらしい。
しかし考えてみると当然だろう。制約も何もなければ赤ん坊とドラゴンでも獣魔契約が結べてしまうことになる。
クロンクヴィストでは魔物を悪用されないための法整備がしっかりと成されているようだ。
アウルムはとてもティナに懐いている。それにティナはアウルムに制約をかけたい訳でも従わせたい訳でもない。
しかし、従魔契約となると話は別だ。
本来、魔物と人間は相容れない関係であった。だが、その関係を契約で縛ることで、人間は魔物を使役出来るようになったのだ。
もちろん中には例外もあるが、アウルムのように魔物が人間に懐くのは極めて稀なのである。
「…………」
無言になり、心配そうな表情を浮かべているティナに、トールはどうすれば安心させてあげられるか考える。
しかし、アウルムはその種族も属性も何もわからない魔物だ。しかも<金眼>持ちときている。その潜在能力は計り知れない。
最悪、アウルムが従魔契約を拒めば討伐しなければならないのだ。
──ならば、これ以上情が移る前に──ティナの心配事をなくすためにも、自分が出来ることをしよう、とトールは決めた。
「ティナが望むなら、今ここで獣魔契約が出来るよ」
「──えっ?!」
本来獣魔契約を結ぶ場合、専用の魔法陣と魔術師が三人必要だ。それは契約が拒否された場合、魔物を拘束し処分するための措置なのだ。
「入国審査場だと獣魔契約を拒否した魔物は処分されるんだ。例外なくね。なら、今ここで契約すれば、もし拒否されてもアウルムを逃すことが出来るよ」
トールの提案にティナは驚いた。
魔物が処分されることにも、トールが獣魔契約の魔術を使えることにも。
「……そんな契約魔術を、トールは使えるの……?」
いくら最高の教育機関であるブレンドレル魔法学院で優秀だといっても、そこまで専門的な魔術まで網羅しているとは思わなかった。
「時間だけはたくさんあったからね。使えそうな魔術はある程度修めているよ」
あまり学院に行けなかったティナと違い、トールには学ぶ時間があったのかもしれない。しかし並大抵の努力をしなければ、そうは成り得ないだろう。
「──やるよ。アウルムと獣魔契約したい。トール、お願いしていい?」
色々わからないことだらけだが、ティナはトールの申し出を受けることにする。
アウルムが処分されるのはもちろん嫌だ。もし入国管理場でそんなことになったら、元聖女の立場を利用してでもアウルムを守るだろう。
しかしそんなことは関係なく、ティナはトールの気遣いが嬉しかったのだ。
自分の心も身体も──そのすべてを、全身全霊をかけて守ろうとしてくれる──そんなトールの気持ちに触れて、ティナは胸が喜びに満たされていくのを実感する。
今のティナなら、たとえ相手が古代竜だろうが神獣だろうが獣魔契約を結ぶことが出来そうだ。
「わかった。じゃあ、場所を移動しようか」
ティナがアウルムを抱いてトールの後を付いて歩くと、広場のような開けた場所に出た。
「ここなら丁度いいね。じゃあ、アウルムを抱いたままでいいからそこに立ってくれる?」
「うん」
獣魔契約に失敗すると命を落とすと聞かされても、ティナの瞳には全く恐怖の色は見えない。
それは、ティナがトールに全幅の信頼を寄せているからだ。
優秀なトールは絶対自分とアウルムを傷つけないという、確固たる自信もあった。
それに、もし自分が死ぬことになっても、最後に見る光景がトールの姿なら、それはそれでありかもしれない──なんて、そんなことを思うぐらい、自分はトールのことが好きなのだと、ティナはようやく自覚し、認めたのだ。
そしてトールはトールで、もし獣魔契約に失敗したら反動を受けてでも術を破棄しようと考えていた。それは膨大な魔力の暴走を自分が全て引き受けるということだ。
自分が提案したことで、ティナに危険が及ぶことを何よりも恐れたトールの決断であった。
「じゃあ、いくよ」
トールはそう言うと精神を集中させていく。
すると、トールの身体から魔力の光が溢れ、渦を巻いたかと思うと、魔力の渦が魔法陣へと変化して、ティナの足元に現れた。
『我が力の源よ 絆を結ぶ鎖となり その盟約の繋がりとなれ 彼の者の意のままに 彼の者の為すままに 汝、主に付き従え その命尽きるまで──<アエテルニターティス・パクトゥム>』
トールの詠唱に反応するかのように、ティナの足元の魔法陣が光り輝く。
そして魔法陣から溢れた光が、ティナとアウルムを包み込んだ。
光の奔流の中で、ティナは不思議な魔力の存在を感じた。トールの優しい魔力とは違う、温かい魔力だ。
温かい魔力がティナの身体を包み込むと、すうっと溶けていく感覚がした。
きっとこの温かい魔力はアウルムの魔力だろう。
先程まで溢れていた光が少なくなっていき、魔法陣が消えていった。どうやら無事に獣魔契約が完了したらしい。
「……ふう。終わったよティナ。アウルムもティナを主と認めたみたいだよ。良かったね」
かなり魔力を消費したのだろう、いつも飄々としているトールが珍しく気怠げだ。
「トール大丈夫?!」
ティナは慌ててトールに駆け寄った。もしかするとトールの魔力が枯渇した可能性があるのだ。
「うん、大丈夫だから……」
「でも……っ」
獣魔契約には魔術師が三人必要だ。それは即ちトールが三人分の魔力を消費したことになる。学院でも一、二を争う魔力量を誇るトールでもかなり厳しかったはずだ。
しかも予め設置している魔法陣を使うところを、自前の魔力で魔法陣を描いたのだ。その魔力の消費量は量り知れず、一般人であれば魔法陣を描くことすら出来なかっただろう。
「少し休めば回復するから、心配しないで」
トールはティナを安心させたくて笑顔を浮かべる。しかし、顔が半分隠れているので、上手く伝わっていないかもしれない。
こういう時素顔が晒せればいいのに、とトールは歯がゆく思う。
「私が回復するよ! あ、えっと……そのためにはトールに触れないと駄目だけど……」
聖女であるティナなら、トールの魔力を回復させるのは簡単だ。しかしその場合、回復させる対象に触れる必要がある。
触れる場所は手でも頭でもどこでも良いのだが、トールのことを好きだと自覚したティナは変に意識してしまい、顔が真っ赤になっていた。
「──っ」
上気した頬に潤んだ瞳のティナはやけに扇情的で、その色香にトールの理性がクラっとなる。
正直、魔力が枯渇しかかっているトールに、今のティナはすごく目の毒だ。
トールは鉄壁を誇ると自負している自分の理性が、簡単に崩れそうになっているのを自覚してしまう。
そんなトールの状況を知らないティナが、トールの手に触れようとした時、突然トールがティナを強く抱きしめ、その場に押し倒した。
驚きで見開いたティナの目に、光の矢が映る。
それは、さっきまでトールがいた場所を通過する軌道を描いていて──。
「──クリスティナ様っ!!」
見覚えがある魔法に、聞き覚えのある声を聞いたティナが、混乱しながら顔を向けると──。
そこには、ラーシャルード神を崇拝する神殿の守り手で、聖女を守護する役目を持つ聖騎士団団員──アレクシスがいた。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
トールくんのライバル登場の巻。
ちなみに呪文は異世界共通なのです!( ー`дー´)キリッ(←面倒くさがり)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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