第18話 占い

 王都から出立してから、初めての新月を迎えた今夜、ティナはようやくイロナに占って貰うことになった。


 以前もイロナはティナを占おうとしたのだが、占おうとする度に邪魔が入り、結局占うことが出来なかったのだ。


「うわぁ……! これで占うんですね……すごく不思議……!」


 イロナから占いに使う石を見せて貰ったティナは、石に刻まれた古代アルカナ文字に興味津々だ。


「その石は<アンズーツ>……言葉や交流を司る文字ね。交流を通じて知識や情報を得られるという意味があるわ。丁度今の状況ね」


「あっ! 本当だ! 今正に占って貰う所ですもんね! うわぁ! すごいなぁ!」


 何となく取り出した石なのに、既に現在の状況を表している文字に興奮する。


「じゃあ、何が知りたいのかしら? それによって選ぶ石の数が違うのだけれど……」


 イロナは占う事柄によって、石の数や並べ方が違うのだと説明する。


 単に「はい」か「いいえ」で知りたければ石は一つでいいし、「結果」と「対策」が知りたければ二つの石を選び、石の意味を読み解くのだという。

 他にも「過去・現在・未来」が知りたければ三つ、それに加え「障害」や「解決方法」など、知りたいことが増えるごとに石の数も増えていく。

 しかし石の数が多ければ良いということはなく、占いの目的に合わせて最適な石の数を選ぶ方が的中率は上がるのだと、イロナはティナにわかりやすく教えてくれた。


「……念の為、石の数は少なめにしましょうか。あまり詳しく占おうとすると、例え新月でも妨害されるかもしれないわ」


 イロナはティナの「運命値」が高く、神に愛されているために占いが出来ないと思っているようだ。ティナ自身にそんな自覚は全く無いが、イロナが言うと妙な説得力がある。


「……そうなんですね。じゃあ、私の捜し物が見付かって、やりたいことが成功するかどうか占って貰えますか?」


「あら、恋占いじゃなくていいの? 「えっ?!」……なんてね、フフ、冗談よ。じゃあ、知りたいことを思い浮かべながら、ここから石を取ってくれる?」


 イロナにからかわれたティナは、赤面しながらも月下草のことを頭に浮かべながら石を選んだ。


「一つ目は右に置いて、二つ目は左に置いてくれる? 右は「対策」で、左は「結果」を表すのよ」


 イロナに言われた通り、ティナは石を選んでテーブルに置いた。


「……」


 ティナが選んだ石をじっと見ながら、イロナは何かを考えているようだ。石に刻まれた古代アルカナ文字の意味をリーディングしているのだろう。


 占って貰う前はどんな結果でも受け止めるつもりだったが、実際にイロナが石をリーディングしているのを見て、彼女の初めて見る真剣な顔に、ティナの緊張はどんどん増していく。


(うわ〜〜! どんな結果が出たんだろう……。でも結果が悪くても対策がわかるんだから有り難いよね)


 ”幻の花”と呼ばれている月下草の自生地や栽培方法が、そう簡単にわかるはずがないのはティナも理解している。でも占いの結果に少しの可能性があるのなら、諦めたくない、とティナは思う。


「そうねぇ。まず「結果」から見ると、この石は<フェイヒュー>。豊かな実りと富を意味する文字ね。今までしてきた努力が報われて、豊かになるという暗示よ。結果だけ見れば、ティナちゃんのやりたいことは成功するでしょうね」


「……っ! 本当ですか……!?」


「ええ。ティナちゃんが努力すれば物事が好転し、良い結果として実を結ぶことになるってことね。その過程で探しものも見付かると思うから安心して?」


「良かった……!!」


 イロナの占い結果にティナは喜んだ。それと同時に内容が的中していることに畏怖の念を抱く。


「それで、その良い「結果」を導くための「対策」だけれど、<ライドゥホ>の文字が出ているわ。これは”車輪”を表す文字で、移動や旅を意味するの。距離の移動を伴わなくても、積極的な行動全般を司っているから、とにかく動くこと、早めの行動が良いという暗示になるわね」


「すごい……! それって、正に今のこの状況ですよね」


「そうね。ティナちゃんの行動は間違っていない、ってことね。逆に言えばティナちゃんが行動を起こしたから、やりたいことを成功させることが出来るんじゃないかしら」


「……っ」


「今までずっとティナちゃんは頑張ってきたのね……偉いわ。これからはティナちゃんの思うように生きてね。そして絶対幸せになるのよ。私の石たちもそう言っているわ」


 ティナは占いの結果とイロナの言葉に、憑き物が落ちていくような気分になった。


 本当はずっと心の中で、自分の行動は正しかったのかと疑問に思っていたのだ。

 自分が自由になりたいからと、今まで守り続けてきた国を──自分に信頼を寄せてくれていた大神官のお爺ちゃんと、聖騎士や神官たちを置いたまま出て行っていいのか……と。


「有難うございます……! イロナさんに占って貰えて本当に良かったです……!」


 ティナは思わず涙ぐみ、そして感謝した。


 これからは堂々と胸を張って生きて良いのだと、そう言われたような気がして。





 * * * * * *





 ティナたちとモルガン一家は、クロンクヴィストの国境まで後少しという所まで来ていた。

 恐らく明日中にはクロンクヴィストに入国できるだろう。


(もうすぐこの依頼も終わっちゃうのか……寂しいなぁ……)


 ティナたちが受けた依頼は、モルガン一家をクロンクヴィストの王都ブライトクロイツにあるバルテルス地区まで護衛することだ。

 国境からバルテルスまでまだ二週間ほど掛かるとはいえ、あっという間に時間は過ぎてしまうだろう。


 モルガン一家との別れは嫌でも訪れる──そう考えただけで、ティナの心に寂しさが込み上げてくる。

 しかし両親が残してくれた形見でもある、月下草の種を栽培出来る場所を探すという目的は忘れていない。

 それにイロナにお墨付きを貰ったのだ。ならば、後は行動あるのみだ。


「わふ」


「あ、アウルムおいで」


 アネタと遊んでいたアウルムが、トコトコとティナのところへやって来た。どうやらアネタが眠ったらしい。


 アウルムはティナの膝の上に登るとコロッと丸くなる。まるで”撫でて”と言わんばかりのアウルムの行動に、ティナはくすっと笑いが漏れる。


「ふふ、アウルムは可愛いなぁ……。よしよーし」


 ティナはアウルムを撫でる時、いつも手に<神聖力>を纏っていた。可愛がると同時に瘴気の浄化もしているのだ。

 そんなティナを見回りから帰ってきたトールがじっと見つめている。


「トールどうしたの?」


「……ん? ああ、何だかティナの表情が明るくなったなって」


「え? そうかな? そんなに違う?」


「うん。ギルドで会った時も違ったけど、更に明るくなって可愛くなった」


「……っ?! か、可愛……っ!!」


「ティナをずっと見ていたからわかるよ。学院にいる時と比べたら全然違う」


「?! 〜〜っ!?」


 トールは時々こうして爆弾を落とす。しかも段々物言いもストレートになってきた……と思う。

 ティナは体中真っ赤になっているのを自覚し、恥ずかしくて仕方がない。それでも何か返事しなければ、と一生懸命言葉を探す。


「……あ、有難う……っ、多分、イロナさんに占って貰って心がすごくスッキリしたから……そのおかげかも……」


「そうか、イロナさんの占いは凄いんだな。出来れば俺がティナの憂いを晴らしてあげたかったのに」


「!?」


 さすがのティナも、もう駄目だった。トールの言葉に、最早どう返していいのかわからない。


(な、何かっ!! 何か言葉は……っ!! もうトールってば、どうしてそんな事言うのーーーーっ!!)


 茹だった頭では全く考えがまとまらず、ティナは呻き声をあげることしか出来ない。


「アウルムは良いなぁ。ティナに甘えられて。俺も甘えたい」


「ふぁっ?!」


 今日のトールはどこかおかしい。心の声がだだ漏れだ。


(え? え? 何? 何なのっ?! この状況は一体何? 何が起こっているの?!)


 最早混乱の域に達しているティナに気づいているのかいないのか、トールはティナを見て優しく微笑んだ……ような気がする。


「たまには俺もかまってよ」


 そう意地悪く、いたずらっぽく言うトールに、ティナはとうとう撃沈した。

 恥ずかしくて恥ずかしくて、トールの顔を見ることが出来ず、俯いてしまう。


(……………………もうダメ……助けて……っ)


 混乱しながらもよく考えれば、確かに旅の間中ずっと、ティナはアネタに構いっぱなしだった。更にアウルムを拾ってからは、トールと二人っきりの時間はほとんど無かったのだ。


 ならば、これからはもう少しトールとの時間を大切にしよう、とティナは思う。


「…………うん」


 何とか返事をしたティナだったが、その声はとてもか細くて、トールに聞こえたかわからない。

 だけどトールが笑う気配がしたからきっと、ティナの声はちゃんと届いたのだろう。


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


トールくん御乱心、の巻。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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