第23話 追跡

 ベルトルドに会うため、ギルドを訪れたアレクシスだったが、ギルドの受付に面会依頼をにべもなく断られてしまう。


 何とか面会をと粘ったものの、全く取り付く島がない。しかも周りの冒険者たちがアレクシスを見る目はかなり冷たい。


 アレクシスはギルド中の人間から冷たい視線を向けられ、仕方なくギルドを後にしたが、だからこそ確信が持てた。


 ──クリスティナは絶対にここにいる、と。


 ギルド中の冒険者が聖騎士であるアレクシスに対し、悪感情を持っていたのが良い証拠だ。

 緘口令が敷かれ、市井の人間が知り得ない学院での出来事が、恐らくクリスティナからギルド中に伝わったのだ。


 クリスティナは瘴気浄化の巡業へ行く度に、こっそり魔物を狩っていた。それは彼女がギルドに行くための口実だったのだろう。


 クリスティナはベルトルドに酷く懐いていた。そしてベルトルドも彼女を可愛がっていて、再三神殿にクリスティナの処遇について苦言を呈するほどだった。

 神殿に文句を言える人物など国王ぐらいのものなのだが、ベルトルド自身が凄腕の実力者で、しかも権力まで持ち合わせていたため、彼は神殿にとって敵に回したくない人物だ。

 そんなベルトルドが統括するギルドは、聖女の称号を剥奪されたクリスティナに格好の隠れ家となるはずだ。


 一体いつ魔物を狩り、ギルドに出入りしているのかわからなかったが、時々、夜中にクリスティナの姿が見えないことがあったので、きっとその時だろうとアレクシスは当たりをつけていた。


 本来であれば、主であるクリスティナから目を離すなどもっての外であったが、クリスティナは忽然と姿を消してしまうのだ。

 恐らく<結界>の応用魔法を使用しているのだろう。そうなればクリスティナが術を解かない限り、見付けることは不可能だ。


 きっと今回も<結界>を使用し、姿をくらませたに違いない。


 アレクシスにはクリスティナの行動を逐一報告する義務があったが、彼は敢えて報告しなかった。それは彼女に少しでも羽根を伸ばして欲しかったからだ。


 そうしてしばらくの間、アレクシスはギルドを見張っていたが、一向にクリスティナの気配がないことを訝しんだ。


 <結界>を使われていたらそれまでだが、捜索網が張り巡らされている状況で、クリスティナも無闇矢鱈に魔法を使ったりしないはずだ。

 もし彼女が魔法を使えば、魔力を感知した聖騎士たちが速攻、身柄を保護するために動く手筈になっている。


 しかし神殿にも王宮にも未だクリスティナ発見の知らせは入っていないし、それらしき人物が王都の城壁を通過したという連絡もない。


 ならば、クリスティナは未だ王都の、それもギルド本部に滞在しているはずなのだが……アレクシスは何かが引っかかった。


 自由になったクリスティナが、ずっと建物の中に引き篭もるなどありえない。


 ──彼女なら、すぐにでもこの国を飛び出して──……。


 クリスティナの行動力をよく知るアレクシスは、そう考えて気が付いた。


(……! まさか、クリスティナ様は既に……っ!!)


 自分の考えが正しければ、クリスティナが見つからない事にも納得できる。


 冒険者ギルドの協力を得たクリスティナは冒険者と共に、既に王都から脱出しているのだ。

 ベルトルドなら簡単に冒険者登録もギルドカードも用意できる。クリスティナに新しい身分を与えることなど造作もないのだ。


(クソっ!! 私としたことが……っ!!)


 アレクシスは大急ぎで馬に乗り城壁へと向かう。今いる場所から一番近いのは隣国クロンクヴィストへ向かう街道へ出る城壁だ。


 破れかぶれでほとんど勘のようなものだったが、アレクシスは構わず馬を走らせた。


 もしクリスティナが全くの逆方向へ向かっていたとしても、捜し続ければ必ず再会できるとアレクシスは信じている。

 それぐらい、自分はクリスティナと強い絆を築いてきたし、縁を結んできた。そう簡単に壊れるような、壊せるような関係ではないはずだ。


 ……それなのに一体何故──! どうして自分が戻るまで神殿で待っていてくれなかったのか、どうして自分を置いて行ってしまったのか……!


 アレクシスは必死に馬を走らせながら、クリスティナを想う。


(……私から離れるなんてさせない、許さない──!)


 アレクシスにとって、クリスティナだけが唯一無二の聖女なのだ。

 自分の全てを捧げても構わないと思うほどに、その気持は強い。


 だからクリスティナのそばで、彼女を守れるのは自分だけだと、そう思っていたのに──!!


 ──そうして、クロンクヴィストへ向かう道中、アレクシスはありえない量の魔力が行使されるのを感じた。

 クリスティナとは違う魔力のそれは、アレクシスが無視できないほどであった。


(一体何が起こっている?!)


 アレクシスが魔力を辿ってみれば、そこにはずっと探し求めていた最愛の人がいた。


 しかし、その人の横には見知らぬ男がいて、二人が寄り添っているように見えたアレクシスは逆上してしまう。


『我が力の源よ 我が手に集いて 輝ける光の弓となれ <ルクス・アルクス>!!』


(相手が誰であれ、クリスティナ様には触れさせない──!!)


 アレクシスはクリスティナといる男に向かって、光の矢を放つ。

 闇を引き裂くように光の矢が、まっすぐ男に向かっていく。


 突然の攻撃に避けられるはずがないと、確信していたアレクシスだったが、その男は魔法を感知し、クリスティナを抱き込みながら倒れるように回避した。


「クリスティナ様っ!!」


 男を弾き飛ばすはずが、クリスティナを押し倒す様子に、アレクシスは慌てて馬から飛び降り、彼女のもとへ駆け寄った。


「……っ、いてて……」


 クリスティナを抱いていた男が呻きながら身体を起こしている隙に、その首を切り裂こうと動いたアレクシスを、クリスティナが一喝する。 


「アレクシスっ!! やめなさいっ!!」


 久しぶりに聞いた、自分の名を呼ぶ最愛の人の声に、アレクシスの心は歓喜に震える。

 しかしその喜びも一転、不敬な男を庇うクリスティナをアレクシスは不満に思う。


「クリスティナ様!! 何故そのような男と……っ!!」


「彼は私の友人です! それなのに突然魔法で攻撃するとはどういうつもりですかっ?!」


「友人……?! しかし、その男はどう見ても怪し過ぎます!」


 先ほど感じた魔力の量も質も、異常なレベルだった。それに髪の毛で顔を隠し、正体がバレないようにしているのも怪しい。


「アレクシス卿、俺はトールと言います。怪しい風体なのは自覚していますが、俺はティナに危害を加えるつもりは全くありません」


 アレクシスはトールと名乗った男がクリスティナの名を気安く呼んでいることに、クリスティナがその呼び方を許していることに激昂する。


「黙れっ!! クリスティナ様を気軽に呼ぶなっ!! この方はお前のような者が触れて良いお方ではないっ!! クリスティナ様から離れろっ!!」


 再びアレクシスがトールに向かって剣を向けようとするが、その前にクリスティナがトールを庇うように阻む。


「いい加減にしなさいっ!! トールは私の友人だと言ったはずです!! 彼を傷つけることは許しません!!」


「……っ?! クリスティナ様……?!」


「それに私はもう聖女でもクリスティナではありません。今の私は冒険者のティナです!」


 クリスティナ──ティナはアレクシスに宣言した。その言葉は、これ以上関わるな、という拒絶の意味も含まれている。


「……っ、ど、どうして……っ!! 貴女を貶めたフレードリクは廃嫡され、聖女を騙った女共々重罰を与えられます!!」


「アレクシス」


「大神官様もクリスティナ様を心配されていますし、神殿の者も皆んな貴女のお帰りを待っているのですよ!!」


 クリスティナから拒絶の言葉を聞きたくないのだろう、アレクシスは彼女の問いかけには答えず、ただただ訴え続ける。


「私は神殿には戻りません」


「──っ?! な、何故そのようなことを……! あぁ、ご安心下さい! クリスティナ様の功績を横取りしていた老いぼれ共は全員処分しました!! 腐敗していた神官共はもういませんから! 私が聖国に行っていたのも、クリスティナ様を大聖女に、と教皇に進言するためで──!!」


「──アレクシス、有難う。貴方や大神官様には本当にお世話になりました。とても感謝しています」


「っ?! おやめくださいっ!! どうして今生の別れのようなことを仰るのです!! 私は貴女に忠誠を誓い、剣を捧げた騎士です!! それはこれからも変わりません!!」


 アレクシスがクリスティナを引き留めようと懸命に訴える。ここでクリスティナを連れ帰らなければ永遠に彼女を失うのではないか、とそんな予感がするのだ。


「貴方が捧げた忠誠は聖女に対してでしょう? 何度も言いますが、私はもう聖女ではなく冒険者です。私はトールと共にクロンクヴィストへ参ります」


 クリスティナが一度決めたことを曲げない性格なのは、アレクシスが一番良く知っている。彼女の意志は固く、アレクシスが何を言っても引き止めることは不可能だろう。


 アレクシスはならば、と最後の賭けに出る。


「──っ、でしたら!! 私はそこのトールという男に決闘を申し込みます!!」

  



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


アレクシスさんご乱心の巻。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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