第7話 面談
しばらく羞恥心で悶ていたティナだったが、やっと茹だった頭と顔の熱が引いてきたので、ようやくトールの顔を見ることが出来た。
「……ご、ごめん……! 色々考えてたら頭がごんがらがっちゃって……」
本当はトールを意識してしまい、恥ずかしくなっただけなのだが、あながち間違ったことは言っていない。
「もう落ち着いた? 俺も混乱させてごめん。ティナがこの国からいなくなるって思ったら、つい熱くなっちゃって」
やっと落ち着いたところなのに、わざとなのか無自覚なのか、またしてもトールが意味深なことを言う。
それでもティナは、何とかトールの攻撃に持ち堪えることに成功する。
「トールの申し出はすごく有り難いけど、護衛が決まり次第ベルトルド……ギルド長に連れて来るように言われているんだよね。ギルド長直々に面接するって言ってたけど……それでも大丈夫?」
きっとベルトルドのことだから、余程腕が立つ者じゃないと同行を認めないのでは、と思う。
いくらトールが鍛えていると言っても、所詮現役の冒険者には敵わないだろう。下手をするとベルトルドが直接試験を行うと言い出すかもしれない。
(もしベルトルドさんが試験をするなら……トールが危ないかも……)
ベルトルドは見た目こそ細身で優しげな雰囲気の美形であるが、実際は筋肉隆々な大柄の冒険者達より余程強い。
その昔、討伐に来たベルトルドの容姿を見て、舐めてかかった名のある大盗賊団が返り討ちにあい、ベルトルド一人で組織を壊滅させた話は有名で、今やギルドの伝説となっている。
「大丈夫だよ。ギルド長はティナの後見人なんだよね? だったら彼に認められたら後々安心だろうし、仲良くなれたら嬉しいな」
トールはベルトルドの話を聞いても怯むこと無く即答する。
(どうしてベルトルドさんに認められたいんだろう……。もしかしてトールも冒険者になりたいとか……?)
怯むどころか、むしろ試験を受けたそうなトールの様子に、ティナが見当違いなことを考える。
「じゃあ、ギルド長に面会させて貰える?」
「あ、うん。たぶん今なら大丈夫かも。じゃあ、出ようか」
先程ギルド室を出てそう時間は経っていないが、そろそろ昼時だしギルドカードも出来ている頃合いだろう。
ティナはギルドの受付に会議室使用の終了を伝えると、トールを連れてベルトルドの執務室へと向かう。
「ベルトルドさん、何度もすみません。ティナですけど」
扉をノックをしたティナが中に声を掛けると、「おや? 随分早かったねぇ。まあ、入って」とベルトルドから返事が返ってきた。
「失礼します」
「失礼します」
扉を開けて中を見ると、ベルトルドは書類に通していた目をティナ達の方へ向けた。そうしてティナの後ろにいるトールに気付くと、何とも言えない表情をする。
「えっと、彼は……」
「待って。俺が自分で言うよ」
トールを紹介しようとしたティナに、その本人が待ったをかけると、ベルトルドに向かって一礼する。
「初めまして。私はトールと申します。ご高名はかねがね承っておりました。お会いできて光栄です」
ティナはトールがベルトルドに物怖じせず、丁寧に挨拶していることに驚いた。
見た目は優しげでも、只者ではない雰囲気を纏っているベルトルドは、高ランクの冒険者でも気後れするのだが。
「……初めまして。君はティナの級友かな? もしかしてティナの護衛を申し出にここへ?」
「はい。是非私に彼女の護衛をさせていただきたく、許可を頂きに参りました」
お互い初対面のはずなのに、何故か二人の間に火花が散っているような気がして、ティナは背筋が寒くなる。
(えぇー?! 何だか二人共おかしくない? どうして部屋の気温が下がっていくの……?!)
二人を見てオロオロするティナに、ベルトルドが溜息をつきながら言った。
「……悪いけどティナ、ちょっと席を外してくれないかな? 私はこのトール君と二人っきりで話がしたいから、隣の応接室で待っていて欲しい」
「あ、はい、わかりました」
ティナがベルトルドに促されて外に出ようとした時、思わず心配になってトールの顔をチラッと窺ってみる。
するとトールはティナと目が合った瞬間、自信有り気に微笑んだ。
(……っ、うわーーーー!!)
よく顔が見えないはずなのに、余裕の表情を浮かべている(ように見える)トールに、ティナの胸はドキッとする。
やっと心が落ち着いたところなのに、不覚にもトールを格好良く思ってしまう。
ティナはトールとベルトルドに赤い顔が気付かれないように、急いで執務室から逃げたのだった。
* * * * * *
執務室から出て、応接に入ったティナは、備え付けられているソファーに座ると、バタッと横に倒れ込んだ。
「うあぁぁぁああーーー!! どうしよーーーーーーっ!!!」
ティナは心の中で燻っている感情を一気に放出するように、思いっ切り叫ぶ。
それは、この最上階の部屋全てが防音になっているからこそ出来る技だった。
とにかく再会してからのトールの言動がヤバい。学院では本当にただの友達のように接してくれていたのに……と、ティナはその違いに混乱する。
(うぅ……っ。私が自意識過剰なだけ?! 自惚れちゃってるの?!)
ティナは誰も見ていないのを良いことに、ソファーの上でバタバタと悶絶する。
ただでさえ、仄かに恋心を抱いていた相手なのだ。その相手が意味深な言葉と態度を連発するものだから、流石に自己評価が低いティナでも、トールが自分に好意を抱いてくれていると思うのは仕方がないことだろう。
しかしトールは思わせぶりな言動をしているだけで、はっきりとティナに告白した訳ではない。
(あー、でもアレだ。もしかしたら親友のように思ってくれているのかも)
トールの本心がわからないティナは、色んな可能性を考えてみる。これはもしトールがティナに持つ感情が恋愛で無かった時の保険なのだ。
期待するだけして、それが勘違いだったら目も当てられない。確実に心が折れてしまうだろう。
(……今ならまだ間に合う。違う、これはまだ本気じゃない。トールだって突然のことに驚いただけ……)
聖女だった頃、ティナは感情をコントロールする術を身につけた。聖女が持つ力は、全ての者のために使い、平等に与えなければならない。そこにティナ個人の感情は不要だったのだ。
「──そう、これは恋じゃない」
ティナは自分を戒めるかのように、繰り返し繰り返し呟いた。
それからしばらくして、ティナの心が冷静になり、落ち着いたところで、応接室の扉がノックされた。
「ティナ。面接が終わったよ」
「あ、はーい」
トールに声を掛けられて扉を開けると、機嫌が良さそうなトールが立っていた。
「その様子は……もしかして、許可を貰えたの?」
「うん、もちろん! ギルド長に僕の誠意をたっぷりと伝えたら、渋々だったけれど何とかご理解いただけたよ」
ティナはベルトルドがこんな短時間で許可を出したことに正直驚いた。
少なくともトールの実力を計るために冒険者の誰か、もしくはベルトルド本人と対戦すると思っていたのだ。
「とにかく、ギルド長がお待ちだから執務室に行こうか」
「うん」
トールに促され、ティナが執務室へ入ると、疲弊し不機嫌そうな顔のベルトルドが待っていた。
「……ティナ……厄介な奴に目を付けられたね……」
「……へ?」
ベルトルドのため息混じりの呟きを上手く聞き取れず、ティナが不思議に思う様子に、ベルトルドは再びため息をつくと「何でも無いよ」と諦めモードになった。
「ギルド長、俺をティナの護衛として認めていただけたのですよね?」
「……不本意だけど仕方無いね。取り敢えずトール君にも冒険者登録をして貰うよ。もし都合が悪いならこの話は無しの方向で──」
「いえ、大丈夫です」
「……じゃあ、一階の受付で登録してきてくれるかな? ティナは私と約束しているからね」
「……わかりました。では行ってきます。ティナ、また後で打ち合わせしよう」
トールはティナにそう言うと、執務室から出ていった。
表面上は和やかなものの、節々に剣呑な雰囲気を感じたティナは、ベルトルドに何があったのか聞いてみることにする。
「ベルトルドさん、トールと一体何があったんですか?」
「……うーん、何でも無いってこともないけど、今は静観するしかないかな? トール君のことは私の口からは何も言えないんだ。ごめんね」
ベルトルドの困ったような苦笑いに、ティナは質問の返事を諦めた。
彼がこう言う時は、ギルド長として守秘義務がある場合なのだ。
「大丈夫ですよ。わかりましたから、気にしないで下さい」
ティナはベルトルドの立場を悪くするつもりは毛頭ないので、この部屋で交わされた内容のことは言及しないと決める。
「それよりも……ベルトルドさん、トールの同行を許可してくれて有難うございます」
トールとのやり取りがわからない以上、想像するしか無いが、それでもトールの同行許可は、ベルトルドが自分のために下した決断なのだと──最善策なのだと、ティナは理解して感謝する。
ベルトルドは、そうして自分を心から信頼してくれるティナが可愛くて仕方がない。
ティナが生まれる前から見守ってきたベルトルドにとって、もはやティナは自分の子供のような存在なのだ。
「……はぁ〜〜……。……ティナ、嫌になったらすぐ逃げ帰ってくるんだよ? 良いね? 絶対だよ?」
過保護な自分を自覚しているベルトルドは、それでも娘を嫁に出す気分で、ティナの幸せを願い、送り出すことにしたのだった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
トールくんヤバい奴認定されるの巻。
今月中は更新が週1回になりますが、今後ともお付き合いのほど、
どうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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