第8話 準備

 苦渋の決断を下したベルトルドは、こうしている場合じゃないと気持ちを切り替え、先程届いたばかりの箱を開ける。


「ほらティナ、ギルドカードが出来たよ。これでティナも正式な冒険者だね」


「わぁ……! 有難うございます! 嬉しいです!」


 自分の名前とランクが示されているカードを見たティナは、ようやく憧れだった冒険者になれたと、嬉しそうにしている。


「ほらほら、喜ぶのはまだ早いよ。カードに魔力を注いで所有者を確定させないとね」


 魔力の波長は人によって違う。ギルドカードはその仕組を利用し、自身の魔力をカードに読み込ませることで、本人にしか使えないようにプロテクトを掛けることが出来るのだ。


「あ、そうですね! やってみます!」


 ティナがカードに魔力を流すと、表面にギルドのマークが浮かび上がった。どうやら魔力の読み込みが完了すると浮かび上がるらしい。


「うわぁ……! 不思議ですね!」


「それは錬金術学会と魔術師協会の合作でね。かなり難しい術式で作られているそうだよ。失くしたら再発行に銀貨一枚かかるからね。注意するんだよ」


 この世界の最先端技術が使われているカードはかなり高価らしい。銀貨一枚はティナの一ヶ月分の生活費費ぐらいの金額だ。


「え、そんなに?! き、気をつけます!」


 ギルドカードの価値に驚いたティナは、失くさないようにカードを大事に仕舞い込んだ。

 その様子を確認したベルトルドは、真面目な顔をしてティナに向かい合う。


「ティナ。これから君は冒険者ギルドの一員だ。規律をよく理解して、遵守しなければならないよ」


 ベルトルドに諭され、ティナは自分が組織の一員になったことを自覚する。


 これからベルトルドはティナの上司となるのだ。しかも彼は王国本部のギルド長で、それは新米冒険者にとっては雲の上の存在ということだ。今までのように気軽に会うことは出来ないだろう。


「……はいっ! 私、ずっとベルトルドさん……ギルド長に甘えていたんですね……今まで有難うございました! これからはちゃんと節度を守ります!」


 ティナは自分のこれからの行動がベルトルドの沽券に関わるのだと気付き、彼に頼り過ぎないようにしようと決意する。


「それはそれでティナの成長を感じて嬉しいけれど……何だか寂しいね」


 ベルトルドは寂しそうな、それでも眩しそうにティナを見る。


「……ギルド長。私本当に感謝しているんです。両親が亡くなってからずっと私を守っていてくれたんですよね? 王宮や神殿に反発してまで……」


「……ティナ……」


 ティナが気付かないように配慮していたものの、ベルトルドはずっとティナの置かれている境遇について抗議していた。あまりにもティナを酷使していると。

 しかしそれは下手な貴族であれば家門を取り潰されていてもおかしくない行動であった。

 それでも王国本部のギルド長で高名な冒険者であるベルトルドだからこそ、身分も地位もそのままでいられるのだ。


「ギルド長に恩を返すためにも、立派な冒険者になりますから! それこそ心配する必要がないぐらい!」


 屈託なく笑い、そう宣言するティナに、ベルトルドは小さかった頃の面影を重ね、時間の流れの速さを実感する。


「……そうだね。今回の旅で色んな経験をたくさんしてくると良いよ。私はここで待っているから。いつでも帰っておいで」


「……っ、はい……!」


 ベルトルドの存在に、どれほど助けられただろうと考えたティナの胸に、色んな感情が込み上げてくる。


 ベルトルドには沢山の愛情を与えて貰った。自分にとって彼は親も同然なのだ。


 いつか自分も一人前になったなら、ベルトルドにたくさん恩を返したいと、ティナは心から思う。




 まもなくティナは王国を離れ、隣国のクロンクヴィストへ旅立ってしまう──だが、ベルトルドはしかし、と思う。


 今回の婚約破棄、称号剥奪に学院の退学、そして冒険者登録のタイミング。更に都合よく現れた元級友──。

 ベルトルドは、これらの出来事が同時に起こる確率はどれほどだろうか、と考える。


(まるで人智を超えた大いなる意志が、ティナを導いているようだ……)


 聖女ではなくなったといっても、それは称号を剥奪されただけに過ぎない。

 第一王子フレードリクも勘違いしているが、称号があるからといって聖女の力が使えるわけではないのだ。


 そういう意味ではティナの本質は変わっておらず、その力も失ってはいない。それは、未だに創造神ラーシャルードの寵愛を、彼女は一身に受けているということだ。


 新しく聖女とされたアンネマリーには可哀想だが、しばらくはティナのためにもお役を頑張っていただこう、とベルトルドは僅かな同情を抱きながら思う。


 それからベルトルドは安心して愛娘を送り出すために、快適に旅が出来るよう職員たちに最善の装備を準備させるのであった。





 * * * * * *





 冒険者登録に行っていたトールが戻り、ティナはこれからのことについて話し合う。


「登録は無事に済んだの? 試験は受けたんだよね?」


「それがギルド長が手を回してくれたらしくてね。試験もなしでDランクスタートにして貰えたよ」


「えっ!? 本当!? あ、でもそう言えばトールってば強いものね。当然の結果かも」


 ティナはベルトルドの手際の良さに感心する。流石王都本部のギルド長だ。人を見る目も長けているらしい。

 実際トールは学院でも常に上位の成績だった。魔力の多さを活かした多種多様な魔法展開は見事で、希望すれば卒業後は誰もが憧れる宮廷魔導師の職にも就けただろう。

 だがトールが得意とするのは意外なことに戦闘演習で、対人戦では負け知らずであった。


「ティナがそんなに俺を高く評価してくれてるなんて嬉しいな」


「正当な評価だよ。トールってすごく優秀で一位だって狙えるのに、わざと実力を隠しているのかなって」


 普通であれば優秀な成績を修めるために、全力を出して競争するはずなのに、何故かトールからはそんな必死さを感じない。

 それに留学生は胸を張って帰国出来るよう、卒業まで必死に勉学に励むが、トールはそれすら放棄し、卒業も待たず退学してしまった。

 しかも冒険者になって帰って来た息子を見て、両親はなんて思うのだろうか、と考えてティナは「あ」と気が付いた。


「えっと、トールは学院を退学したこと、ご両親には知らせているの?」


 トールの意志で学院をやめると言っていたが、親の許可を取らずにそんな事をすればかなりの怒りを買ってしまうだろう。下手をすると勘当されてしまうかもしれない。


「うーん、俺は別に成績は二の次だったからさ。学院に通えればそれで良かったんだよね。だから俺が学院を退学しても何の問題もないよ」


「……え」


 トールが質問に答えてくれたものの、更にティナは混乱してしまう。トールの家庭事情はわからないが、学院を退学して冒険者になった件は親も認めてくれたということなのだろう。しかし──。


「今のはどういう意味? 学院に通わなければならない理由があったってこと? でも……」


 トールの発言をまとめると、彼は何かの理由があって、わざわざ隣国クロンクヴィストからブレンドレル魔法学院に留学しに来たらしい。だが、ティナが退学するやいなや、ティナがいない学院にいる意味はないと、あっさり退学したということになる。


(……それって、私がいたから学院に通ってたって聞こえるんだけど……)


 頭の中でまとめた結果、導き出された答えに、ティナはまさか、と思う。


「ティナの想像通り、俺は君に会うためにこの国に来たんだ。その理由は今はまだ話せないけど……。どうか俺を信じて、君を守らせて欲しい」


 ティナの思考を読み取ったかのように、トールはこれまでにない真剣な声で言った。……やっぱり表情はわからないが。

 しかしその声は、ティナがトールを信じるには十分な熱が籠もっている。


「……うん、わかった。トールを信じるよ。いつか理由を話せる時が来たら、ちゃんと教えてね」


 どうして別の国の人間であるトールがティナに会いに来たのか、どうしてティナを守りたいと言うのか、わからないことは沢山あるけれど、それでもティナはトールを信じようと思う。

 ──たとえそれが、聖女の力を手に入れるためのはかりごとだとしても。


「有難う。信じてくれて嬉しいよ」


 トールが喜ぶ様子を見たティナは、もうこれ以上余計なことを考えず、無事クロンクヴィストに辿り着くために集中することにした。


「じゃあ、トールのギルドカードが出来次第出発かな」


「そうだね。明日の朝には出来ているらしいから、受け取ったらすぐ出発しよう。そう言えばティナはどこに行きたいの?」


「──あ。そう言えばまだ伝えていなかったっけ。えっとね、私、両親が冒険者時代に訪れた場所を巡りたくて……」


 ティナは両親が残してくれたものの中に、地図があったことをトールに伝えた。


「両親は月下草が欲しかったみたいでね。依頼をこなしながら世界中を探していたんだって。だから私も月下草の自生地を見付けたいの」


 月下草の種のことや、本当は栽培する場所探しも兼ねているというのは、今はトールに伝えない方が良いとティナは判断する。


「月下草……なるほど、そうだったんだ。わかった、俺も一緒に探すよ」


「え! でも、どれだけ時間が掛かるかわからないよ? 危険な所にも行くよ?」


「だったら尚更、俺も一緒に行く。そんな危険な場所にティナを絶対送り出したくないし、それに俺は君を守りたいって言っただろ?」


 てっきりトールとはクロンクヴィストで別れると思っていたので、月花草探しまで付き合ってくれるとは……と、ティナは心の中で驚愕する。


「……有難う。トールが一緒にいてくれるとすごく嬉しい」


 ティナは驚きを隠し、トールに向かってにっこりと、花が咲くように微笑んだ。


「──っ! ……そ、そう……? なら良かったけど……っ」


 トールが珍しく戸惑っている。よく見ると顔も真っ赤に染まっており、ティナはようやく一矢報いることが出来たと、トールの反応に満足した。

 ずっとトールに翻弄されっぱなしだったので、たまには素直になって仕返ししてやろうと思ったのだ。


 それから二人はクロンクヴィストまでのルートを打ち合わせ、明日の出発に備えるのだった。


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


ギルドカードは超高額だったの巻。


いつも応援有難うございます!とても励みになってます!(*´艸`*)

今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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