第6話 同行者
トールが一晩中ティナを探してくれていた──その事実に、ティナの心は喜びに満たされる。
もう会えないのだと残念に思っていた相手が、必死になって自分を探してくれたのだ。それが嬉しくない筈はない。
「……探してくれて有難う。私も最後にトールとちゃんとお別れしたかったから、すごく嬉しい」
ティナがトールに向かって微笑むと、一瞬驚いた気配がした後、彼が悔しそうに言った。
「俺が君を探したのは、お別れの挨拶をするためじゃない!」
「……えっ」
トールの辛そうな雰囲気を感じ、ティナの胸がちくりと痛む。まさか自分が姿を消したことで、ここまでトールが傷付くとは思わなかったのだ。
「たとえ離れ離れになっても、君とは何かの形で繋がっていたかったんだ。だから突然いなくなって驚いたし、どうしても君に会いたかった」
まるで告白のようなトールの言葉に、ティナは自分の顔が赤くなっていることを自覚する。
「……っ、そうなんだ! そんな事言って貰えるなんて嬉しいな! あ、ところで、よく私がここにいるってわかったね。誰にも見つからないように来たつもりだったのに!」
勘違いしそうな自分を誤魔化すかのように、ティナはトールが冒険者ギルドに辿り着いた理由を聞く。
ティナがここに来た時はまだ授業が残っていたし、貴族達はこの辺りに足を踏み入れることは無いと思っていたのだ。
「ティナの後を追いかけて門を出る時に守衛さんに聞いたんだけど、確かにティナは門をくぐったはずなのに、忽然を姿を消したって言っていたよ。街で聞いてみても、誰も君の姿を見ていないんだ」
トールの話にティナはギクッとする。ティナが結界や魔法で姿を消すことが出来るのは、ティナとベルトルドだけの秘密なのだ。
もし誰かに知られたらすぐに神殿に報告され、素材をギルドに預けることも出来なくなってしまうだろう。それにこっそり抜け出せる手段を持っておくと、すごく役に立つので誰にも知られてはならない、とベルトルドから言われている。
「それから王都中を探していたんだけど、君のご両親が冒険者だったことを思い出してさ。もしかして、と思ってここに来たんだ」
トールはそう説明すると「会えて良かった……」と、嬉しそうに微笑んだ……ような気がする。
口元が笑みの形を作っているから、きっとそうなのだろうと思うしかないけれど。
トールの表情はわからないものの、何となく醸し出す雰囲気は甘く、ティナと会えたことを隠そうともせず堂々と喜んでいる姿に、ティナの方が恥ずかしくなる。
「……う、うん。有難う……って、あれ? 私、トールに両親が冒険者だったって言ったっけ?」
「え? えっ……と、君はその……有名人だったし、そんな噂をどこかで聞いたのかも……?」
ふと感じた違和感に、ティナがトールに質問する。
いつもはっきりと答える彼にしては、珍しくしどろもどろな様子を不思議に思うものの、そう言えば自分はいつも周りから注目されていたな、と思い出す。
学院にいる頃はいつも周りに気を使って、舐められないように虚勢を張っていたけれど……と思い出して気がついた。
「……あっ!!」
「どうしたの?」
突然声を上げたティナを、トールは不思議そうに見ている。
再会してから今まで、ティナに対してトールはごく自然に接してくれている。だけど、よく考えたらそれはおかしいのだ。
「……トールは私に驚かないの……?」
「何を? ……って、ああ。君の口調のこと?」
ティナの口調が貴族令嬢のそれと違い、砕けたものになっていることにトールも気付いたらしい。
ティナは誰と接する時でも、いつも言葉や振る舞いに注意していた。
それなのに慣れ親しんだギルドにいるものだから、すっかり素が出ていたのだ。
「別に驚かないよ。だって、今の君の方がすごく自然だしね。学院でも無理していたんじゃないかな?」
トールの鋭い指摘にティナは驚愕する。
まさか、自分の猫かぶりに気付く人間がいるとは思っていなかった。
それぐらいティナの猫かぶりは年季が入っていたし、完璧だったので今まで気付いた者は誰もいない。
「……っ、うん……本当はずっと無理してたと思う。でも、そうしないとダメだったから……」
ティナは本当の自分にトールが気付いてくれたことを嬉しく思う。
聖女の肩書きだけならまだ良かった。だけど、王子の婚約者にされてしまうと、今まで通り振る舞うわけにはいかない。
いくら聖女としてその価値を示しても、平民だったティナが王子妃に選ばれたことを快く思わない貴族は沢山いる。隙あらばティナを蹴落とそうとするはずだ。
本当は聖女にも王子妃にもなりたくはなかった。けれど、ティナのちっぽけなプライドが、謀略にかかり権力に屈するのを許さなかったのだ。
「頑張って貴族令嬢のように振る舞う君も可愛かったけど、やっぱり今の君の方が何倍も可愛い」
「?!」
突然トールに直球で褒められ、ティナは今日何度目かわからない赤面をする。
前から物怖じしないタイプだったけれど、今日のトールはかなり積極的だ。
「……あ、有難う」
ティナの頭の中はすでにいっぱいいっぱいで、お礼を言うのが精一杯だった。
(おかしい……。トールってこんなに女の子慣れしてたっけ……?)
学院でのトールは、ボサボサの髪の毛が目元を隠している上に眼鏡を掛けているので、かなり野暮ったかった。
だから女生徒達からは相手にされておらず、ティナ以外に仲が良さそうな女生徒はいなかったと記憶している。
だけど背が高いので妙な迫力があるのか、馬鹿にされているところは見たことがない。
(トールって不思議だなぁ。気が付いたらいつの間にか仲良くなっていたし)
初めは聖女や王子の婚約者という地位に取り入るのが目的だと思い、ティナはトールを警戒していた。
それなのに他の生徒とは違い、彼に下心は無かったらしく、ただの学友として普通に接してくれた。
──その普通が、学院生活に憧れていたティナにとって、どれだけ有り難かったのか……きっとトールは気付いていない。
「これからティナはどうするの? やっぱり冒険者になるつもり?」
王宮でも神殿でもなく冒険者ギルドにいるティナを見れば、誰でもそう考えるだろうと思うものの、何となくトールの言葉に確信めいたものを感じ取る。
「うん、もう登録は済ませたし、これからは冒険者として活動するつもりだけど……」
違和感を感じながらもトールには既に気付かれているし、隠す必要はないだろうと、ティナは正直に打ち明ける。
「あ、だけどしばらくはこの国を離れると思う。ちょっと用事があって──」
「この国を離れる?! どうして?!」
「えっ!? えっと……」
国を離れると言った途端、トールが超反応する。
ティナは戸惑いつつも、両親が最後に訪れた隣国、クロンクヴィストに行ってみたいのだと説明した。
「ふぅん……。クロンクヴィストに行くのはティナだけ? パーティーメンバーと行くの?」
「いや、パーティーはまだ組んでいないんだけど、ベルトルドさん……じゃない、ギルド長に護衛として、誰か連れて行けとは言われてるんだよね」
誰に護衛を頼むのかが問題だな、と考えたティナに、トールがさらりと言った。
「じゃあ、僕がティナを護衛するよ。一緒にクロンクヴィストへ行こう」
「うん。……ん? んん?」
まるで「お茶でも飲みに行こう」みたいなノリで言うものだから、思わずティナも同意しそうになってしまう。
「え? いやいやいや! そんな軽いノリで言われても!! っていうか、トールはまだ学院の生徒でしょ?! 留学で来ているのに休むわけにも──」
「やめるよ」
「は?」
「ティナがいない学院なんて意味はない。君がいないのなら、俺もやめる」
──トールの言葉に、ティナの心臓がどくんっと跳ねる。
ティナがいたから学院に通っていたのだと、そう告白するトールの顔は真剣で、冗談や思いつきで言ったようには見えない。
先程からのトールの言動に、ティナの心臓はずっと高鳴りっぱなしで、顔は真っ赤だと自覚出来るほど熱くなっている。
「……っ! で、でも……!!」
何とか平静を保とうと努力するティナだったが、顔は真っ赤なままで胸の鼓動もずっと速い。
「それに僕の出身はクロンクヴィストだよ? ティナと一緒に帰省するってことで良いんじゃないかな」
「え? まあ、そう言われればそうかもしれないけど……って、いやいやいや!」
そう言えばトールはクロンクヴィストからの留学生だったな、と思い出したティナは一瞬、トールの提案に納得しそうになってしまう。
だけど治安がマシとはいえ、クロンクヴィストまでの道のりは距離があるし、魔物と遭遇する可能性もゼロじゃない。何よりある程度の強さと体力も必要となるのだ。
「どうして? 俺、こう見えても結構鍛えてるよ?」
確かにトールは背が高くて手足も長く、バランスが良い体格をしている。
それにさっき抱きしめられた時に触れた、トールの身体はがっしりしていたし、筋肉が程よくついていた。きっと腹筋も割れていて──……と想像し、ティナの羞恥心が限界を突破した。
(うわーーーーっ!! もう無理ムリむりぃーーーーっ!!)
恋愛経験がないティナは恥ずかしさのあまりトールの顔を見ることが出来ず、心が落ち着くまでしばらく時間を要したのだった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ティナさん同級生に翻弄されるの巻。
これからは週2,3回の更新になりますが、更新頑張りますので
今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます