第5話 月下草
ティナが呆然と箱の中身を眺めていると、キラキラした白金貨と宝石に紛れて、古びた袋のようなものがあることに気がついた。
それは年季が入っている小さい革の袋で、中に何かが入ってるようだった。
「これは……?」
ティナが袋の紐をほどき中を覗いてみると、折り畳まれた紙が何枚かと種のようなものが入っている。
袋から紙を取り出し広げてみると、綺麗な花の絵とその花についての説明が書かれていた。きっと一緒に入っている種がその花なのだろう。
「……月下草?」
紙に書かれている内容によると、月下草は”幻の花”と呼ばれており、万病に効く万能薬の原料になると言われている、とても希少な植物らしい。
月の光を浴びないと開花せず、しかも採取できる場所が限られているので、簡単に栽培が出来ないそうだ。
「へえ! これが月下草の種なんだ。始めて見たよ。ものすごく貴重な植物のだし、手に入れるのは大変だっただろうな」
万能薬の材料である月下草は、錬金術学会や魔術師協会、治癒を行う神殿など、世界中の機関が欲しがる植物だ。
しかし自生場所が限られているため栽培が出来ず、年々収穫量が低下しているので、希少性がどんどん高くなっているのだと、ベルトルドが教えてくれた。
「えっと、他の紙は……っと。あれ? 地図? 何か書いてある……」
月下草の説明が書いている紙の他にも数枚の紙が入っており、ティナはそれを一枚一枚広げていく。それはバツ印が入った地図や地名などが書かれた大量のリストであった。
「もしかして……月下草の自生場所の候補かもしれないね」
ベルトルドが言う通り、ティナの両親は月下草を見付け、育てたかったのかもしれない。地図の印や地名を見ると、どの場所も辺境の地だったり森や山の奥を示している。
「両親は、月下草を育てたかったのでしょうか?」
「多分そうだろうね。あの二人のことだから、きっと人助けをしたかったんじゃないかなぁ。二人共超が付くほどのお人好しだったしね」
ティナの両親は高位の冒険者であったが、困っている人がいると放っておけず、誰にでも手を差し伸べる優しい人達だった。
そんな両親に助けられた人間は数しれず、それは冒険者達にとっても例外ではなく、両親に助けられた彼らは未だに二人をとても尊敬しているという。
それは恩人の娘であるティナを、冒険者達が可愛がる理由の一つとなっている。
しかしベルトルドがティナの両親を「お人好し」と称するのは、子供を盗賊から助けるために命を落としたからだ。
ティナが五歳の頃、両親と一緒に隣国クロンクヴィストへ旅行に行ったことがあった。それは、その昔精霊が住んでいたと伝えられている湖を探す目的もあったという。
きっと両親はそうして旅行と言って、月下草の自生場所を探しに世界中を巡っていたのだろう。
そして旅の途中の隣国からの帰り道、両親は盗賊に襲われている商隊を発見し、助けに向かったのだが、不意打ちにあったのか二人共が命を落としてしまう。
高位の冒険者二人を殺害出来る盗賊達を、冒険者ギルドはただの盗賊ではないと判断し詳しく調査したものの、盗賊達の死体からは身元に関する情報など一切判明しなかった。
事件当時、ティナは商隊の子供と一緒に保護されたのだが、目を離した隙きにその子は姿を消してしまった。
まだ幼かったティナは両親の死にショックを受けたのか、その時のことを覚えておらず、結局この事件は迷宮入りとなる。
未だティナには事件の記憶が無いけれど、それでも両親に可愛がられ、愛情をたっぷりと注がれて育てられた記憶は残っていた。大好きな両親はティナの自慢だったのだ。
「……私、この種を育てみたい……!!」
「え」
世界中を旅してまで、ティナの両親は月下草の自生場所を探していたらしい。その想いの強さは沢山メモがされている紙を見れば一目瞭然だ。
どうして両親がそこまでして月下草を探していたのかはわからない。けれど、大好きな両親の夢を、娘である自分が引き継ぐのも良いかもしれない、とティナは思い立ったのだ。
だけど月下草は”幻の花”と呼ばれるほど希少な植物だ。栽培方法は未だ解明されておらず、自生している場所も秘匿されているので、その生態は謎に包まれている。
「うーん、ティナの気持ちはわかるけれど、月下草の栽培は不可能とされているんだよ? せめて自生場所が見つかれば話は変わってくると思うけどねぇ」
ベルトルドが難色を示すのも無理はない。この世界はまだまだ未知の領域がたくさんあり、危険な魔物もたくさんいるのだ。
「じゃあ、両親が巡った場所を辿るのなら良いですか? 私、両親が最後に訪れたクロンクヴィストに行ってみたいです。隣国なら危なくないですよね?」
ティナは両親が亡くなってから十年間、ずっとこの国から出たことがなかった。
小さい頃の記憶は朧気で記憶もなくしているため、ティナにとっては初めての外国のようなものだ。
「そうだなぁ……。ティナがやりたいことなら出来るだけ応援してあげたいけど……」
隣国であるクロンクヴィストとこの国セーデルルンドは交易が盛んで、商人や旅人の行き来も多い。乗合馬車を利用すればまず危険はないだろう。
「ベルトルドさんお願いします! 絶対無茶はしませんから! 何かあればすぐ連絡しますし、その地のギルドに駆け込みます!」
ティナの必死さに、ベルトルドは思わずため息を漏らす。
ずっとこの国に縛られていた彼女に自由を──好きなことをさせてあげたいという気持ちを、ベルトルドはずっと持っていたのだ。
「そうだねぇ。ティナの実力はわかっているし、隣国に行くぐらいなら大丈夫だと思うけれど、誰か護衛として連れて行くなら良いよ」
「護衛?!」
「うん。Dランクとは言え女の子の一人旅なんて危ないからね。信頼出来る人間を連れてきて。私が面接するから」
ベルトルドの提案にティナは確かに、と思う。それに彼にしてはかなり譲歩してくれたのだろう。
「……わかりました。誰にお願いするか考えます」
「決まったら教えてね。そう言えばこのお金どうする? ギルドに口座を作ってそこに預ける?」
「はい。是非それでお願いします」
ギルドに登録している冒険者が口座を作ってお金を預けておけば、各国にある支部で自由に引き出すことができる。大金を持ち歩くより安全で効率的だ。
ティナはベルトルドに挨拶をすると、執務室から出て一階のホールへと足を向ける。
護衛を引き受けてくれる冒険者を探そうと思ったのだ。
「ティナっ!!」
「?!」
ティナが一階に降りた瞬間、聞き覚えがある声がホールにこだまする。
驚いたティナが振り返ると、そこには同級生だったトールが息を切らして立っていた。
「トール!? どうしてここに……?!」
ティナはトールの姿を見て驚愕する。
学院から去ったティナが冒険者ギルドにいるなんて、生徒達の誰もが気付かないだろうと思っていた。
普通なら神殿に身を寄せるだろうと考えるはずだ。
「おうおう、どうしたティナ? 何かトラブルか?」
「困ってたら言えよ! 加勢してやっからよ!」
戸惑うティナの様子に、冒険者達が心配して声をかけてくれる。それだけで相手にとって十分な牽制になるだろうが、トールは怯むことなく立ち続けている。
「有難う。でもこの人は私の友達なんだ。だから大丈夫だよ」
ティナの言葉に、冒険者達は「なら良いけどよ……」「何かあったら言えよ」と言って身を引いてくれた。強面だが優しい人達なのだ。
「……トール、場所を変えて話そう」
ティナはそう言うと、受付にいる職員に声をかけて、会議室の一室を借りたいと伝える。
会議室は冒険者達が依頼を受けた後、打ち合わせに使う部屋だ。
そして二人で会議室に入った瞬間、トールがティナを強く抱きしめた。
「──っ?!」
あまりの驚きに、ティナは抵抗を忘れ、抱きしめられたままになってしまう。
「ち、ちょっと!! トール!! どうしたの?!」
我に返ったティナがトールの背中を叩くと、現在の状況に気づいたトールが慌ててティナから離れた。
「ご、ごめん……!! ティナの……クリスティナの姿を見たらつい……!」
トールの顔はよく見えないけれど、顔が赤くなっているのは何となくわかる。
いつもボサボサの髪は更にボサボサになっているし、よく見ると制服もくたびれている。
「……もしかして、私を探してくれていたの……?」
まさか、と思ったティナだったが、トールの戸惑った様子に確信する。
──彼は学院から姿を消したティナを、ずっと探し回っていたのだ。
「先生に呼び出された後戻ってみたら、もう学院中が大騒ぎで……。何があったのか聞いたら、君が婚約破棄された挙げ句学院から出て行ったって。それからすぐ追いかけたんだけど、既に君の姿は無くて、だから──……」
……今まで探していたのだと、トールは恥ずかしそうに呟いた。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ティナさん同級生と早い再会の巻。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます