第4話 両親の遺産
ティナが自由になり、正式に冒険者となった次の日。
いつもの習慣で早い時間に目が覚めたティナは、冒険者達が酔い潰れているのではないかと気になって、酒場に様子を見に行ってみることにした。
ちなみにティナはまだ未成年ということもあり、頃合いを見計らって宴から抜け出し、ギルドに併設されている施設に泊まらせて貰っている。
ティナのお祝いで夜通し騒いでいた酒場は現在、ティナの予想通り盃や食器が散乱し、酔いつぶれた冒険者達で溢れ、酷い惨状となっていた。
「……う〜〜ん……水ぅ……」
「うあぁ〜〜……頭いてぇ……」
「酒……酒ぇ……おえっぷっ」
ベルトルドの奢りで遠慮をなくした冒険者達は、浴びるように酒を飲んでいた。そのため、二日酔いになった者が大量発生しているようだ。
「おはようティナ。よく眠れたかい?」
ティナが冒険者達に呆れていると、目の前の惨状と場違いな、爽やか声がホールに響き渡る。
声がした方向へティナが振り向くと、そこにはいつもと変わらずきっちりとした身だしなみのベルトルドが、これまた爽やかな笑顔で立っていた。
「あ、ベルトルドさん、おはようございます! ベルトルドさんは二日酔いじゃないんですね」
酔い潰れている冒険者達とは違い、ベルトルドはいつも服をしっかりと整えている。その姿は冒険者というより優秀な文官のようだ。
「あれぐらいの酒で私が酔う訳ないだろう? こいつらがまだまだ未熟なだけだよ」
ティナは昨日の宴の様子を思い出す。
昨日はベルトルドも珍しくお酒を大量に飲んでいた。それこそ、そこに転がっている冒険者達より飲んでいたかもしれない。
(ランクが高いとお酒にも強くなるのかな……?)
全く隙がないベルトルドを不思議に思いつつ、ティナは今のこの状況をどうにかせねば、と考える。それはベルトルドも同じだったようで、呆れた顔でホールを見渡している。
「……流石にこの状態は見苦しいね。ティナ、すまないけどこいつらを起こしてくれないかな」
「わかりました。では、<ヒール>!!」
ティナが魔法名を唱えると、手のひらから光が溢れ、粒子となって冒険者達に降り注ぐ。
これは<神聖力>を持つ者が使える治癒の魔法で、本来なら呪文を詠唱する必要があるが、ティナは魔法名を唱えるだけで魔法を発動することが出来た。
詠唱破棄で魔法を使えるのは、この世界広しといえど、ティナを含めて十人にも満たない。それはティナが<稀代の聖女>と呼ばれる所以でもある。
「……あれ? ここは……」
「う〜ん、頭痛が……ってあれ? 痛くない?」
「お……? 身体がスッキリしてる?」
酒に潰れ、寝っ転がっていた冒険者達が次々と目を覚ましていく。ティナの魔法は効果覿面のようだ。
「あ! ティナが治してくれたのか! サンキューな!」
「あれだけ酷かった二日酔いが綺麗サッパリ治ったぜ! 流石ティナだな!」
「今日一日中動けないところだったよ……有難うな」
「お! 昨日の怪我まで治ってるじゃねぇか! ティナすげぇ!!」
体調どころか怪我まで治り、冒険者達はティナにすごく感謝した。本来であれば怪我をした場合、神殿の神官に高いお布施を払って治癒して貰う必要があったからだ。
「もう腕輪はないし、これからは自由に魔法が使えるからね! 怪我した人がいたら治すよ!」
「おぉーー!! そりゃ助かる!! 俺が怪我した時は頼むわ!」
「俺も俺も!」
「こらこら、ティナが治癒してくれるからと言って無茶は許さないよ。治癒するかどうかは状況で判断させて貰うからね。ティナも気軽に引き受けないように!」
「……は〜い」
ベルトルドはティナと冒険者達を諌め、魔法に頼らないようにと念を押す。ティナがいるからと油断し、命を落とすことになったら困るからだ。
ちなみに、今までティナが聖女の証として付けていた腕輪は、魔力を魔石に蓄積させるものであった。その魔力を蓄積した魔石はこの国を守っている結界の原動力となり、一年に一回、結界維持のため交換しなければならないのだ。
証の腕輪を付けている間はずっと魔力が魔石に吸収されていたため、ティナの魔力はかなり制限を受けていた。フレードリクがティナの魔力を低いと言ったのもそのためだ。
「それにしても証の腕輪をただの証明だと勘違いしている者は愚かだね。本来の用途を知れば誰も身に付けようとは思わないだろうに」
フレードリクが正にその勘違いしている者だった。アンネマリーが知らないのは仕方がないものの、王族である彼が知らない筈はないのだが、フレードリクだからな、とティナは密かに思う。
しかしその勘違いのお陰で腕輪を外すことが出来たのだから、フレードリクには感謝しなければならない。
「そう言えば、よくあの腕輪を外すことが出来たね。アンネマリーという令嬢も結構な魔力保持者なのかな?」
例の腕輪を外すためには一定量の魔力が必要となる。しかし常に魔力を吸収されていたティナは腕輪を外せるほどの魔力を注ぎ込むことが出来なかったのだ。
「そうですね、恐らく学院で一番だった可能性がありますね」
魔力保持者と言えば同級生のトールもかなり魔力量が多かった。王族であるフレードリクよりも遥かに多かった気がする。それこそアンネマリーと同じぐらいに。
「それでもティナには遠く及ばないだろうけどね。その令嬢もこれから大変かもしれないね……っと、そうだ。ティナに渡したいものがあるんだった。一緒に上に来てくれないかな?」
「……あ! は、はい! わかりました!」
思わずトールのことを思い出してしまったティナは、慌てて頭の中からトールのことを消去する。
もう会うことがない相手なのにふとした瞬間、トールのことが頭をよぎってしまう。ティナにとって彼の存在は予想以上に大きいのかもしれない。
ティナは雑念を取り払いながらベルトルドの後をついて行き、そして昨日と同じようにギルド長の執務室へと入る。
するとベルトルドが机の引き出しをゴソゴソと漁り、何かを取り出した。
「えっと、ティナが今まで討伐してきた魔物の素材があっただろう? それを換金した分がこれだよ。ざっと金貨二百枚ぐらいだね」
ベルトルドはそう言うと、膨らんだ革の袋を机の上に置いた。
置いた瞬間、ズシッとした音と金貨が擦れる音がして、かなり多い金額が入っていることがわかる。
「……えぇっ?! こんなに?!」
今までティナは、魔物の素材をギルドに預けっぱなしにしていたので、いくら貯まっているのか全くわからなかった。
正直、ギルドの役に立てば良いかと思っていたので、こうしてお金が残っているとは思わなかったのだ。
この国では金貨一枚で四人家族が半年は生活できる。ティナ一人であれば一年は普通に暮らせるだろう。
しかし冒険者を目指すなら、武器や防具を揃えるのに結構な金額が掛かるので、ティナにとってはとても助かる資金となる。
「それで驚かれると困るなぁ。ティナの両親の遺産も預かっていたんだけど、そっちは桁違いだよ」
「え……?! 両親に遺産があったんですか?」
「うん。私が頼まれて預かっていたんだ。自分達にもしものことがあったらティナに渡して欲しいってね。本当は二人が亡くなった時に渡すつもりだったんだけど、神殿がティナの身柄を孤児院預かりにしちゃっただろう? あいつらに取り上げられたらたまらないからね。だからずっと渡せなかったんだ」
ベルトルドは「ようやく渡すことが出来て良かったよ」と、晴れ晴れとした表情をして微笑んだ。
「ベルトルドさん……本当に有難うございます……! どう恩を返せばいいのか……」
ティナはベルトルドの配慮に感謝する。両親が残してくれたものは金額関係なく、ティナにとって大切な宝物だ。もし神殿の者の手に渡っていたら今頃どうなっていたかわからない。
「私はティナの両親に命を助けられたことがあるからね。その時の恩を少しでも返せたのなら嬉しいよ。だからティナも気にしなくて良いんだよ」
ベルトルドの優しさに触れて、ティナの胸に熱いものがこみ上げて来る。いつも彼はこうしてティナが気負わないように気遣ってくれるのだ。
「ほらほら、これが二人の残したものだよ。この箱を開けてみて」
しんみりとした雰囲気をぶち壊すかのように、ベルトルドが大きな木箱を持ってきた。先程の金貨の袋とは比べ物にならないぐらい重量がありそうだ。
「えっと、じゃあ失礼して……」
ベルトルドに促されたティナが恐る恐る箱を開けると、そこには溢れんばかりの白金貨と、宝石に何かの魔道具が入っていた。
「ひ、ひえぇ〜〜?! こ、これは……?!」
白金貨一枚は金貨十枚分だ。それが大きめの箱に大量に入っている。
他にも高そうな宝石などもあり、この箱の中身だけで立派な城が買えるぐらいの金額は十分ありそうだった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ティナさんいきなりお金持ちの巻。
本日二回めの投稿です。
コメントやお☆様が嬉しくてつい更新しました。(*´艸`*)
明日も更新しますので、どうぞよろしくお願いいたします!
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