第3話 冒険者ギルド

 クリスティナがしばらく歩いていくと、交差した剣と杖に盾のマークが入った看板を掲げている大きな建物が見えてきた。


 その建物が世界中に拠点がある、冒険者ギルドのセーデルルンド王国王都本部だ。


 冒険者ギルドは世界各国に本部や支部を設けているが、どの国のどの機関にも属さない独立した組織となっている。


 この王都本部は、セーデルルンド王国各地にある支部を統括する役目も担っており、最高責任者のギルド長ともなれば、かなりの権力を持つこととなる。


 どことなく威厳があり、一般人が立ち入りにくい雰囲気を醸し出しているギルドの重厚な扉を、クリスティナは勝手知ったる様子で開き、軽い足取りで入っていく。


 冒険者達で賑わっていたギルドのホールだったが、クリスティナが足を踏み入れると、その姿を見た冒険者達が一斉に驚いた表情を浮かべた。


「おいおい、ティナ! 白昼堂々とこんなところに来てどうした?」


「王宮や神殿にバレたらヤバいんじゃないのか?」


「ティナちゃんどうしたの? いつもと様子が違うわよ?」


「制服のままだし、素材の換金に来た訳じゃねぇよな?」


「珍しいな、学院をサボってきたのか?」


 クリスティナを心配した冒険者達から次々と声が掛かる。


「うん、そのことで相談に来たんだけど……。ベルトルドさんいるかな?」


「おう、ギルド長なら執務室にいるぜ。行ってみろよ」


 カウンターの奥にいたギルドの職員がクリスティナに答えてくれた。


「有難う、行ってくる。皆んな、後で説明するからちょっと待ってね」


 クリスティナは冒険者達に声をかけると、手を振って奥の部屋へと入っていく。

 そうして階段を登り、最上階にあるギルド長の部屋の前まで来ると、格調高そうな飴色の大きな扉をノックした。


「ベルトルドさん、クリスティナです」


 クリスティナが扉をノックすると、中から「どうぞ」と男性の声で返事があった。


「失礼します」


 クリスティナが声を掛け扉を開けて中に入ると、整頓された本や資料が収納されている本棚が、広い部屋の一面を埋め尽くしている光景が目に入ってきた。

 そして正面に置かれているこれまた高そうな机の上には、書類や資料らしき紙の束が整理された状態で幾つも積み重なっている。


「やあ、クリスティナ。こんな時間にどうしたんだい?」


 大きな窓から入る光を背に受け、穏やかに微笑むのは冒険者ギルド王都本部のギルド長であるベルトルドだ。


 ベルトルドは柔らかい物腰の細身な男性で、先程の強面で大柄な男達とは全く違うタイプでとても冒険者には見えない。

 だが、見た目に反してベルトルドはS級冒険者として名を馳せた人物であり、その実力は未だ衰えていない。


 冒険者達にとっても雲の上のような存在のベルトルドに、アポイントメントもなしで面会出来るのは、世界広しといえどもクリスティナぐらいだろう。彼は王族から要請があったとしても多忙を理由に平気で拒否するのだ。


「えっと、それが……」


 クリスティナはブレンドレル魔法学院で起こった出来事を、洗いざらいベルトルドに説明した。クリスティナが説明すればするほど執務室の気温が下がっていく……ような気がする。


「ふふふ……なるほど、なるほど……。フレードリク殿下がねぇ……」


 ベルトルドは歳を感じさせない綺麗な顔で微笑んだ。それは世のご令嬢方やご婦人達を魅了しそうな笑顔だったが、クリスティナはその笑みに隠された感情を読み取り、背筋を凍らせる。


「え、えっと! そういうわけで、王妃だとか聖女だとか面倒くさいお役目から開放されまして、この度めでたく自由の身になりました!!」


 クリスティナは努めて明るく振る舞いながら、ベルトルドに自分は平気なのだと笑顔を見せる。


「……そうか。クリスティナが自由になれたのなら、お祝いしないといけないね」


 ベルトルドはクリスティナの事を荒立てたくないという気持ちを汲み取って、フレードリクに対する怒りを鎮めることにする。


「きっとクリスティナの両親も喜ぶだろう。もちろん私やギルドの連中達もだ。皆んなクリスティナのことをずっと心配していたからね」


 ベルトルドとクリスティナの両親はその昔同じパーティーを組んでいて、クリスティナのことも生まれた時から知っている。

 その両親が亡くなった後、ベルトルドはクリスティナの後見人となり、ずっと彼女を見守ってくれていたのだ。


「……有難うベルトルドさん! 今まで心配をかけてごめんなさい」


 そう言って笑顔を浮かべるクリスティナに、ベルトルドも笑顔で頷いた。


「自由になったクリスティナはこれからどうしたい? もう学院には通えないだろうけれど、別の学校に通うことも出来るよ」


「いえ、私は冒険者になりたいです! 今まではお役目があったから冒険者登録できなかったけれど、正式に冒険者になって自由気ままに生きていこうと思います!」


 クリスティナが学院生活に憧れていることを知っていたベルトルドは、クリスティナの希望を聞いて驚いたものの、その意志の強さに彼女の望みを叶えることにする。


「わかった。じゃあ今から登録しようか。クリスティナのレベルはよく知っているから、テストも免除でいいよ」


 通常、冒険者になるためにテストが行われ、その結果によって冒険者ランクが決まるのだが、クリスティナは昔から討伐した魔物の素材を売りにギルドを利用していた実績があった。

 どうして聖女であるクリスティナが魔物の素材を手に入れていたかと言うと、クリスティナは神殿から命令を受け、瘴気を浄化するために赴いた先で、遭遇した魔物を尽く狩っていたからだ。


 ちなみにベルトルドや高位冒険者から闘い方を教えて貰ったクリスティナの戦闘能力はかなり高い。

 それは両親共に高位冒険者だったクリスティナに、高い素質があったことも関係しているだろう。


「本当ですか! 有難うございます!」


「ランクは……そうだねぇ。Dランクから始めようか。クリスティナならすぐにでもCランクになれると思うけどね」


 クリスティナが持ってくる素材はCランクの魔物のものが多い。初心者がFランクからスタートすることを考えると、クリスティナにDランクの資格は十分あるだろう。


 このギルド本部の冒険者達はクリスティナの腕を認めており、とても可愛がっている。例えクリスティナがCランクだったとしても異論を言う者はいない。

 しかしベルトルドはクリスティナが下手に目立たないよう、低めのランクにしたのだ。


「Dランクで十分です。考慮いただき有難うございます! ……あ、もし可能なら、名前を『ティナ』にしていただけますか?」


 元々クリスティナの名前は「ティナ」であった。しかし、<聖女>の称号と同時に「クリスティナ」と洗礼名を与えられ、それ以降は「クリスティナ」と名乗っていた。


 だが、<聖女>でなくなった現在、わざわざ洗礼名を名乗る必要はないし、何しろ大好きな両親が付けてくれた名前に、ティナはずっと戻りたかったのだ。


「なるほど、わかったよ。じゃあ、『ティナ』の名前でギルドカードを用意しておくから、明日の昼頃にまたここに来てくれるかな。そろそろ下で待っている奴らにティナの冒険者達デビューを教えてあげないとね」


「はい、何から何まで有難うございます!」


 それからティナとベルトルドは冒険者達が待つ一階のホールへと足を運ぶ。するとそこには噂を聞いて集まったらしい冒険者達で溢れかえっていた。


「ええ〜〜っ! 皆んな一体どうしたの……?!」


「どうやらティナのことが心配で集まってきたんだろうね」


(そう言えばさっき皆んなに知らせてくるって言ってたっけ……)


 噂になるだろうと予想していたものの、こんなに人が集まると思っていなかったティナはひどく驚いた。


 驚愕しているティナを横に、ベルトルドが一歩前に出て、冒険者達に向かって宣言する。


「冒険者諸君! この度、ティナが我々の仲間となった! 彼女は正式な冒険者であり、その身柄は冒険者ギルドが預かることとなる! ティナに害をもたらす者は我がギルドの敵と同義であると心せよ!」


 冒険者ギルド王国本部の長であるベルトルドの言葉に、冒険者達が大いに沸き返った。


「ティナ良かったなぁ!! これからもよろしくな!!」


「難癖つけてくる奴がいたら言えよ! お仕置きしてやるからよ!」


「ティナちゃんおめでとう! 一緒にパーティー組みましょう!」


「今までよく頑張った! 王国を守ってくれてありがとう!!」


「これからは堂々と狩りに行けるな! いい狩場を教えてやるぜ!!」


 集まった冒険者達からお祝いされたティナは、嬉しさのあまり思わず涙ぐんでしまう。

 ずっと彼らはティナのことを可愛がってくれていた。きっと今までティナの置かれた境遇を心配してくれていたのだろう。


「晴れてティナが自由になったこの日を皆んなで祝おうではないか! 私の奢りだ、好きなだけ楽しむがいい!!」


「うおおおぉぉっ!! 流石ギルド長だぜ!!」


「野郎どもお祝いだーーー!! 酒持ってこいやぁ!!」


 ギルド長であるベルトルドが告げると同時に、冒険者達が歓喜の雄叫びを上げる。ギルド長公認で酒がたらふく飲めるのだ。こんな機会はめったに無い。


 ──そうして、ギルドに併設されている酒場で急遽ティナの冒険者入り祝いの宴が開かれ、冒険者達は夜遅くまで騒ぎ続けたのだった。


 



* * * * * *


お読みいただき有難うございました!


ティナさん戦闘系聖女だったの巻。


明日も更新しますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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