第34幕 これが僕の家族だよ
12時の教会の鐘がなる。
南門ゲート前のリーガルと北門ゲート前のキースが鐘の音と同時にトランペットでファンファーレを吹く。
先頭の馬に鞭を打ち合図を送る。
馬車が動き出す。
北門ゲートのキース組は…。
キースは左手で手綱を引き、右腕には白フクロウの"マット"が乗る。
マットの口には小さな木のカゴが咥えられている。
「そーれいけー!」
キースのかけ声と共に右腕から大きく翼を広げ飛び立つマット。
口に咥えられたカゴから金と銀の紙吹雪が舞う。
「ぅわぁ~」と子供たちの歓声が上がる。
マットは前方20mほどの距離を飛び、Uターンをしてキースの右腕に戻る。
客車の屋根に登ってバイオリンを演奏するのはサーカス団の楽器奏者のリオンだ。
彼女が演奏しているのは
"パガニーニ作曲No,24奇想曲"。
難易度の高い指の運びの曲ではあるが、軽快なステップを踏みながらでも音が途切れずに、安定してバイオリンを弾くことが出来るのがリオンの持ち味だ。
世界的に有名な曲であるNo,24の演奏に、観客たちは聴き酔いしれる。
キースたちが乗る馬車には飼育小屋はない。
ライオンやゾウなどを乗せて運べるのはリーガルたちが乗る馬車だけだ。
その代わりこの馬車の2両目は、紅白のテント小屋を模した開放型の荷台になっていて、小さなステージのように使用出来る。
その荷台でパフォーマンスをするのはライアンとライザだ。
ライアンはボーリングのピンのような"クラブ"を4本使いジャグリングをする。
ライザはヘルメットを被り、逆立ちをしヘッドスピンをしながらサッカーボールを落とさないように右足から左足へと空中に蹴り上げる。
「よっ、ほっ、はっ」と2人の掛け合いで
サッカーボールとクラブを入れ替えながらジャグリングをする小技を見せ、観客を湧かせる。
キースたちの馬車は役所前のバス停を通りすぎ、坂道へ差し掛かる。
______________
南門ゲートを出発したリーガル組は…。
宿泊していたホテル前を過ぎるところ。
リーガルは右手で手綱を握り、左手で頭に被ったシルクハットを手に取る。
シルクハットにふっと息を吹きかけると中から白い鳩が3羽飛び立った。
客車の上にはシエルとマイルが乗り、双子姉弟ならではの息の合った組体操を披露する。
ウィルソンは馬車の後方でマリッサの背中に乗り、お手玉4つを使いジャグリングをする。
お手玉はジャグリングをするうちに、リンゴ、本、オレンジ、ウィルソンの被るピエロ帽と姿を変える。「あれ?帽子、どこいった?」とピエロは奇想天外なジェスチャーで観客の笑いを誘う役回り、お客さんの笑顔が一番嬉しい。
マリッサは首元に付いたバケツの水を鼻で吸い上げ、霧のように空中に噴射する。
光の反射により馬車全体に虹が架かる。
馬車はホテル前を過ぎ、中心街への坂道に差し掛る。
すると沿道の人混みの中から声がした。
「シエルさーん、マイルさーん」
シエルとマイルはその声に気が付き、声がした方を見る。
「「カリーナちゃん!」」
シエルとマイルに手を振り名前を呼んだのはカリーナだった。
シエルが屋根から飛び降りカリーナに抱き付く。
「久しぶり~カリーナちゃん!変わりないみたいで元気そうだね」
「シエルさんも元気そうですね!」
「姉さん!まだ途中だよ!」
屋根の上からマイルが呼ぶ。
「カリーナちゃんも一緒にどう?」
「はい!」
シエルは客車の屋根に、カリーナは飼育小屋の屋根に登る。
これがいわゆるOBあるある、"飛び入り参加しがち"というやつだ。
カリーナはモスグリーン色のガウチョワンピース姿だ。
「えっ!カリーナ?」
後方のウィルソンが気が付いた。
カリーナは ふふーん、とニヤリとした笑みを浮かべ無言でウィルソンに手を振った。
"Amazing grace,how sweet the sound
That saved a wretch like me"
カリーナが歌い出したのは"アメイジング•グレイス"という有名な曲だ。
5年前の歌声のように元通りには歌えないけど…、ここまで歌えるようになったよ。
見ててねウィルソン。
"I once was lost
but now am found
Was blind but now I see"
観客たちも突然の歌姫の登場に驚いたが、その歌声は透き通り観客たちを魅了する。
リーガルたちの馬車がショップが立ち並ぶ坂道を登りキースたちの馬車と合流する。
____________
馬車の到着を待つ屋敷の庭園では…。
正門から玄関までの直線70mの石畳にバラのアーチが10mの間隔を開け6本立ち並ぶ。
玄関からみて左側にお客様用の丸テーブルを8台。
右側をサーカスの公演用の野外ステージにする。
屋敷の庭園には客足が少しずつ増えている。
「4番テーブルに4名入ります!」
メリルが正門を入ってくるお客様をテーブル席に案内する。
「「はい!」」
メリルの指示に合わせ、アリシアとマリーが4名分のティーカップと紅茶を用意する。
アイラは前日作ったお菓子を4つバスケットに入れ、用意された紅茶とティーカップをトレーに乗せ、客席まで運ぶ。
「いらっしゃいませ、フィナンシェと紅茶セットです」
アイラがテーブル席のお客様にお菓子の乗った皿を配る。
「ここのお庭初めて入るけどとても綺麗ねぇ」
「お茶会にはぴったりね」
席に座るご婦人たちがアイラに話し掛ける。
「ハイ!ありがとうゴサイマス!私もここのお庭大好きデスヨ。ごゆっくりティータイムをお楽しみクダサイ」
アイラはご婦人たちに笑顔で応え、席を離れる。
2番テーブル席から5歳ぐらいの女の子がアリシアとマリーの元に歩いてきた。
「お菓子2つください」
女の子は空になった皿をアリシアに差し出す。「はい、どうぞ~」
アリシアが女の子の皿にトングを使いフィナンシェを2つ取り分ける。
「このお菓子とっても美味しいよおねぇちゃん!」
女の子がにこっと笑いお菓子の感想を聞かせてくれた。
「ありがとう!」
アリシアも女の子ににこっ笑顔で応え、お礼を言った。
手作りのお菓子を誉めてもらえるのってこんなに嬉しいんだ…。頑張ってお菓子作って良かったぁ…。
「良かったですね、アリシアさん」
マリーがアリシアに目線を合わせ顔を覗き込む。
「うん!」
「あっ、馬車が見えてきた!」
坂道を登る馬車を見つけ、メリルが飛び跳ねる。
馬車は観客たちを引き連れ、屋敷の正門に向かってくる。
「「皆さま、これからこのお庭でサーカス団のショーが行われます。ぜひ楽しんでいってください!」」
メリル、アイラ、アリシア、マリーが並んで立ち、テーブル席に座るお客様に馬車の到着を知らせる。
坂道を登り切り、庭園に入ってくる2台の馬車。
お客様が拍手で迎え入れる。
馬車の周りを付いて歩く観客たちをメリルとマリーが客席側へ案内する。
長い間、時間の止まっていたこのお屋敷が、今ではこんなに元気で溢れた賑わい歓声と拍手が飛び交う。
それはこのお屋敷のメイドとして庭園の手入れをしてきた私にとっても思いがけない出来事で…、あの時私が手放した…、身体も弱くて小さかった坊っちゃまが…、たくさんの人と絆を深めて築いたウィルソン坊っちゃまの"家族の形"…。
奥様…、見ておられますか…。
ダニエル坊っちゃま…。
人を笑顔にするピエロに…、なりましたよ…。
おかえりなさい…、坊っちゃま…。
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