第29幕 黒豹レオン

カリーナの脱退から3年が経った夏の終わり。

海岸沿いの"シアラット"という街を訪れた、リズワルドサーカス団。

今回の遠征メンバーは、ゴードン団長、ライアン、シエル、マイル、ウィルソン、クロヒョウレオン。


シアラットの中心街の小劇場を借りて公演を行えることになった。

時刻は14時15分。

ホテルのチェックインを済ませ、午後の客寄せの時間。

ウィルソンとライアンはレオンを連れ小劇場前の公園を訪れた。

レオンにはリードは付いていない。

人間の年齢では70歳を越える大人のクロヒョウなので、急に暴れたり、逃げるようなことはしない。

街の人々はレオンの姿に釘付けになる。

「人気者だな、レオン」

「さすがに目立ち過ぎだよね…」

(悲鳴を上げられると後処理が大変だがな…)

レオンの声が耳に届く。

漆黒の毛並みは太陽の反射でキラキラ輝き、すれ違う人々を魅了する。

多少のリスクは考慮しなければ、観客は増やすことは難しい。

「ここにしよう」

「そうだね」

小さな子供たちが砂遊びをする砂場前。

ウィルソンは石のベンチにマジックの道具が入ったトランクを置いた。

「みんなー、これからお兄さんたちが面白いものを見せるから楽しんでいってねー」

ライアンが砂場で遊ぶ子供たちに声を掛ける。

「え!なになに?」「うわ!なんか黒いの居る」

子供たちが集まる。

子供の心を掴めば、その子供は親にサーカス団のことを話す。

2日後の小劇場公演の集客に繋がる。


ライアンはトランクから"クラブ"を3本取り出し、ジャグリングをする。

ウィルソンはトランクから白のお手玉を3つ取り出しジャグリング。

「すごいと思ったら拍手お願いしまぁす」

ジャグリングをしながらベンチを離れ、2人は5mの間隔を取る。

「「はい!」」

かけ声と共にフォーメーションチェンジ。

客寄せの時は特に打ち合わせはしていない。

パートナーが何を使って、次にどんな行動をするかも、一緒に旅をする中で理解出来るようになる。

レオンはまだ砂遊びをしている子供の注目を集めるため、子供を背中に乗せて砂場の外周を走り回る。

ライアンとウィルソンの息の合ったジャグリング。

「はい、ここから混ぜて行きまぁす」

クラブ3本とお手玉3つを混ぜ込んだジャグリングをする2人。

形状の違う物を一定の速さで投げてキャッチするのはお互いの息が合って初めて出来ること。

ライアンは足を開いて股の間でキャッチするなど小技を見せる。

子供連れの女性は、おぉ~、と感心する。

公園には親子やカップルなどで人口が増え、

午後の部の客寄せは大成功だ。


客寄せが終わりトランクに道具をしまうウィルソンとライアン。

「大きな黒猫さん…、触ってもいい?」

レオンの近くに4歳くらいの女の子がやってきた。

砂場に居た子供ではなかった。

客寄せが終わってから公園にやってきた1人の少女。

ウィルソンが女の子に近寄る。

「うん。いいよ。クロヒョウのレオンって名前だよ」

地面に寝転がっていたレオンはすっと立ち上がる。

女の子の身長とレオンの頭の高さは同じぐらいだ。

レオンは頭を低くして女の子に撫でさせた。

「ふかふかであったかい…」

女の子はにっこり笑う。

「背中に乗せてあげたら?」

ライアンが提案する。

「そうだね。…背中乗りたい?」

「うん!乗る!」

女の子はぴょんぴょん跳ねる。

ウィルソンは女の子を抱き上げ、レオンの背中に乗せる。

「大丈夫?レオン」

(良いさ、これも大事な仕事だ)

「ふかふかでくすぐった…」

「落ちないように掴まっててね」

「うん!」

レオンはゆっくり砂場の外周を歩き、元の位置に戻る。

「どうだった?」

「たのしかった!ありがとう!」

女の子は笑って礼を言った。

ウィルソンが女の子を抱き上げ、地面に降ろす。

女の子はその場でぴょんぴょん跳ねた。

すると女の子は着地した瞬間、レオンのしっぽを踏んでしまった。

レオンは痛がる様子もなく、しっぽをシュッと足の下から引き抜いた。

女の子はバランスを崩し転んでしまった。

「大丈夫!?痛いところない!?」

ウィルソンは急いで女の子を起き上がらせる。

「うわぁ~ん!いた~い」

泣き出してしまった…。

(すまないウィルソン…。怪我はしていないようだが…)

レオンは身体を丸め、女の子を包む。

「ごめんね…。痛いの痛いのぽーい」

ウィルソンが泣き止ませる。

「ほらー、見て見てー」

ライアンが変顔をする。両手の人差し指で瞼を吊り上げ、親指で豚鼻にする…。

「…………ふふ」

女の子は笑ってくれた。

「ごめんね。歩いて帰れるかい?」

「うん」

女の子は手を振り公園を出て行った。

「冷や冷やしたね~」

「…そうだね」

(…子供相手は何が起こるか予想できんからな…)


午後の客寄せが終了し公園を後にした。

ウィルソン、ライアン、レオンはシエル、マイルと合流し、ホテルに戻る。


____________


時刻は16時40分。

チェックインをした海岸沿いのホテルは、オーシャンビューが望める露天風呂付きのリッチな客室だ。そこの大部屋に3泊することになった。

「露天風呂だってよ!すげー眺め!」

「天気も良いし最高ね-」

はしゃぐ双子姉弟。


「ウィルも入りましょ-」

シエルがウィルソンを呼ぶ。

「わかった、待って水着用意するから」

宿舎を出る前からこのホテルに泊まれることを楽しみにしていた双子姉弟は、水着持参で露天風呂に入ることは決めていた。

シエルとマイルはもうすでに服の下に水着を着ている。

「ライアンも一緒に入ろうー」

「え!…俺は…1人でゆっくり入るよ…」

「あらそう…」

ライアンと双子姉弟はあまり遠征で一緒のメンバーになることがない。

ライアンはシエルのフランクな対応に合わせるので精一杯だ。

部屋には団長の姿はない。

団長は今朝のチェックインの後、別遠征組のリーガルから連絡があり、この街を離れている。


「はぁ~、気持ちい~」

「ライアンも入れば良いじゃん。なぁ?」

「シエルに緊張してるんじゃない?」

3人仲良く温泉に浸かる。

「え?わたし?」

「…まぁ、確かに姉さんとの絡みは少ないな」

「そんな気にしなくて良いのにね、水着着てるんだし…」

6歳の時から双子姉弟と一緒にいるウィルソンにとってはシエルの身体を性的な目で見ることはないが、接点の少ないライアンからしてみれば、

シエルの豊満な胸にはやはり戸惑うようだ。

「3人仲良く入ってると三兄弟みたいだな!」

「そうだね」

「そうだねじゃない!わたし男じゃない」

_________


―時間を少し戻し、15時20分。

「えっ!サーカス団の人たちに転ばされた!?」

「うん…"痛いの痛いの"してもらったぁ」

「大丈夫なの!?怪我は無い!?」

公園でサーカス団の"大きな黒猫さん"と遊んだことを家に帰って母親に話す少女。

転んで泣いてしまったことも話す。

「ちょっと…あなたぁ!」

話を聞いた母親がイライラを募らせ夫を呼ぶ。

「どうした?」

「今この街に来ているサーカス団にミーアが怪我させられたって!」

「でもママ…」

「なんだと!それは黙っちゃいられないな」

母親はヒステリック気味に怒りをあらわにする。

「私の大事な娘になんてことを…、こんなことをしてタダじゃ済ませないわよ!」

「サーカス団を探しに行くぞ!」

怒りで理性を忘れた母親は娘の話もろくに最後まで聞かず部屋を出る。

母親と父親は庭で飼っている"ドーベルマン"4頭を連れ中心街へ向かう。

番犬として飼われているドーベルマンは近所の住民も近付けないほど凶暴に躾されている。


―そしてサーカス団の泊まるホテルでは…。

ウィルソン、シエル、マイルは温泉から上がり、ライアンと交代していた。


「ここの夕食はビュッフェスタイルみたいよ?」

ドライヤーで髪を乾かすシエルが言う。

「ビュッフェ…ってなに?」

「好きなだけ食べ放題ってことらしいぞ」

「そうなんだ」

楽しみにしていただけに下調べは完璧のようだ。


「おーぃウィルソーン」

浴室からライアンが呼ぶ。

ウィルソンはライアンの声に気付き浴室の扉を開ける。

「どうしたのライアン」

「中庭の方から犬が吠えてる声が聞こえるんだ」

ライアンは浴槽に入ったまま中庭を指差す。

今いる部屋はホテルの4階だ。

オーシャンビューが望めるこの浴室から中庭の様子も見ることが出来る。

「本当だ…、怒っているみたいな吠え方だね…」

大型犬が吠えているようだ。

1匹ではない、複数匹いるようだ。

中庭にはサーカス団の馬車が停めてある。

ウィルソンはベランダの柵から身をのりだし中庭の様子を確認する。

するとドーベルマン4頭が馬車の周りを取り囲み、飼育小屋に向かい吠えている。

飼育小屋にはレオンが乗っているはずだ。

「レオンになにかあったのかな…」

「レオンに吠えてるの?あの犬たち」

「ちょっと僕中庭行ってくるからライアンも後で来てね」

ウィルソンは浴室を出る。

「ちょっとレオンの様子が気になるから外出てくるね」

ウィルソンはベッドに寝転がる双子姉弟に話す。

「レオン?…おぉ、わかった」

「何かあったら教えてね」

「うん」

ウィルソンは部屋を出てエレベーターで1階に降りた。


ドーベルマン4頭を連れた夫婦はこの街に来ているサーカス団の馬車を探すため小劇場前を訪れた。

「ここの公園でミーアが怪我させられたってことか…」

「私、そのサーカス団の人たちを同じ目に遭わせないと気が済まないわ。大事な娘を…」

警察庁長官の夫と専業主婦の妻。

夫の稼ぎが良いことに、庭付きの豪邸に住む妻はブランド物の指輪や洋服で身なりを飾る。

「この子たちにサーカス団を襲ってもらえば、私たちは手を汚さなくて済むわよね?罪にはならないわ」

「お前…本気でそんなこと―」

「あなたミーアが可哀想じゃないの!?」

一度キレると理性を失う妻に夫は逆らえない。


ドーベルマン4頭は公園の地面の匂いを嗅ぎ、レオンの匂いを探る。




















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