第27幕 悲しみ乗り越えて

アリシアのヘアカットが終了した。

「お疲れ様でした。おとうさま」

ショルダーバッグに入っていた、保湿クリームをワックス代わりに髪をオールバックにセットしてヘアセット終了。

「ありがとうアリシアちゃん…」

ダグラスがアリシアにお礼を言う。

「どういたしまして」

アリシアはハンカチで手に付いた保湿クリームを拭う。

「…あとは…これをどうぞ」

アリシアはダグラスに差し出した物は…。

「これは?…」

「ウィルの手作りのお菓子です。これを食べて元気出してください、おとうさま」

アルミホイルに包まれたお菓子をダグラスに差し出す。

「ウィルソンの…お菓子…。ありがとう」

お菓子を受け取り優しく微笑む。

お菓子作り…小さい頃から好きだったもんな…。

「こっちもだいぶ片付いたよ」

掃除を済ませたウィルソンがリビングに顔を出す。

「ありがとう、ウィルソン。アリシアちゃん」

ダグラスは2人に礼を言い、立ち上がる。

「出かける支度をするから、2人は外で待っていてくれ」

ダグラスはテーブルに置いてある黒淵メガネをかけた。

「わかったよ、父さん」

ウィルソンとアリシアは玄関のドアを開け外に出る。


(ありがとう…ウィル…)

「!…リズ?…まさか…」

リズの声が耳に届き…、弱々しく…消えていった

…。

「え…どうしたのウィル…」

アリシアが聞く。

「リズが…、今息を引き取った…」

「そんな!身体は無事で助かるって…」

動物病院の女性からはそう説明は受けたが、近くに居ないはずのリズの声が耳に届いた…。

最期の別れの言葉が、霧のよう消えていった…。

ウィルソンはその場にしゃがみ込み、泣き崩れた…。

「ごめんな…助けてやれなくて…、ごめんな…」

「ウィル…」

アリシアがウィルソンの肩を擦する。

今まで我慢して溜め込んでいたものが、崩落していくような感覚…。

「兄さん…、団長…、レオン…、リズ…、近くに居たのに…助けてやれない…」

命の大切さに大きいも小さいも無い…。

ずっと一緒に行動を共にしてきたパートナーのリズを失った。助かると思って安心していた心の糸がプツリと切れ、感情が崩壊した。

僕はちっとも強くなんかない…、皆の前で泣けば心配を掛けてしまう…。馬車の屋根の上や宿舎のキッチンの隅で1人で泣いていただけだ…。


アリシアが後ろからウィルソンの頭を抱き寄せ、頭を撫でた…。

「よくがんばったね…、いい子いい子…。えらいね…だいじょうぶだよ~」

私がお母さんに泣きつくと、いつもこうして慰めてくれてたなぁ…。こんな優しい気持ちになれるんだね…。これが"母性?"ってことかな?


プッ!プッ!と短いクラクションが鳴る。

「おーぃ、泣き虫ウィルソ~ン。そんなとこで泣いてると轢き殺すわよー」

物騒なことを言う聞き慣れた声に、ウィルソンは顔をあげる。

ワインレッド色のオープンカーのハンドルを握るカリーナの姿があった。

「…カリーナ…」

「なんだその顔は…。どうした、"夫婦喧嘩"に負けたか?」


ウィルソンは1人動物病院に戻り、リズの状態を確認。受付をしてくれた女性もリズが息を引き取ったことは気が付かなかったようだ…。

後日、リズの亡骸を引き取りにくると女性に伝え、動物病院を後にした。

_____________


「ごめんねカリーナ…」

「大丈夫よ、途中までだけど、乗せてあげるわよ。大事な旧友ですからね」

カリーナの運転する4人乗りのオープンカーに乗せてもらえるとこになった。

アリシアは助手席に、ウィルソンとダグラスは後部座席に乗る。

「カリーナさんはこれからどこに行くの?」

アリシアがカリーナに聞く。

「"シンクローズ"って西の街の新築の別荘の下見にね。旦那さまが先に行って待ってるみたい。1時間半くらい掛かるかなぁ…」

「別荘!すごい!」

アリシアは目をキラキラさせる。

「ウィルソンたちはリザベートに行くんでしょ?ウィルソンのお屋敷の方が立派よ?やったねアリシアちゃん!お姫様みたいね」

「私が…お姫様…」

カリーナにはリザベートのお屋敷に住んでいたことは話してたんだっけなぁ…。よく覚えてるな…。

「シンクローズからリザベートまでだと2時間くらいかな?…さすがにリザベ-トまでは送って行けないや…悪いね」

「そんなことないよ。ありがとうカリーナ。すごい助かるよ」

「良い友達を持ったなウィルソン」

「そう…だね」

父親に仲間を誉めて貰える日が来るなんてね…。

なんだか気恥ずかしい…。

「お、ここだここだ」

一般道路を走るカリーナの車は道路を外れ、草原を突き進む。

「おい、カリーナ…。こっち道じゃないだろ…」

「え?何いってんの?道じゃん?」

草原を抜け林の中に入る。

「カリーナさん…だいじょう…ぶ?」

アリシアがシートベルトをギュッと握る。

「大丈夫よ。"私の行く所に道はできる"ってね!」

街まで1時間半ってそういうことか!!

こんな高級車で轍(わだち)もない林の中を良く走れるな!しかもオープンカーだぞこれ!

「飛ばすわよ~、しっかり掴まって~」

「飛ばすな!」

ウィルソンが叫ぶ。アリシアは目を回す。

ダグラスがシートベルトにしがみつきうずくまる。

いつの間にか、さっきまでの悲しみはどこかに吹き飛んでいた…。


そういえば…、カリーナはいつも僕が悲しい顔をしていると、その何倍もの明るさと突拍子もない行動で元気付けてくれてたっけ…。


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