冬
一花は綺麗なものが好きだった。大抵の人は綺麗なものが好きだと思うが、一花は好きなだけじゃなかった。綺麗なものを見つけるのも得意だった。
「ねえ、これ見て、」
そう言って一花に手を引かれて見に行ったものはどれも私では拾い上げることのできないものばかりだった。子どもが落としていったプラスチックの宝石モドキ。凍てつくような冬の朝。工場の薄汚れた壁。卒業生が忘れていった傷がいくつもついた傘。きっと息のしづらいこの世界でも、冬の朝だけは呼吸が楽になるのだろう。そして誰かの宝物だったものにそっと寄り添えるようになるのだろう。一花は拾い上げるのが上手だった。私の中で浮かんでは消える言葉や、道端に転がった誰かの思い出さえも。私が一花に心を開くのに時間はかからなかった。
「八月十三日に、神社でお祭りがあるんだって、一緒に行かない?」
もうそんな季節か、夏服の裾を翻して一花がくるくると回る。
「あ、家に浴衣あるけど着る?」
「着る!」
「私着付けするから、一回家に集合ね。」
「着付けできるの!?すごいね。」
夕焼けに染まった廊下は気の早いヒグラシの声と相まって、ひどく感傷的にさせる。明日から夏休みが始まる。
「そんなに難しくないよ。」
この時期になると思い出す。母と一緒におそろいの浴衣を者た記憶。みんな母に似てる似てるとはやし立てて。小さい頃は嬉しかった。でも母が死んでから、この記憶のもつ意味は真逆のものになった。
とりあえず、一度練習がてら者てみるか。鏡の前には、浴衣を着た自分が写る。自分では母に似ているとはわからない。母は母だし、古いアルバムをめくっても、そこにあるのは幼い母でそれ以上でもそれ以下でもない。久々に着てみたけれど、我ながら可愛いな。
がちゃり。
そんな風にドアを優しく閉じるのは父の音
「お帰り」
義務のように声を出す。ああ、この姿を見られたらなんと言われるのだろう。
「美音・・・夏祭りに行くのか、誰と行くのかい?香織さんとかい?」
音の無いためと望を飲み込んでからを出す。
「ええ、そうよ。かおりちゃんと行くの。女子会についてきちゃだめよ?」
なるべく母に似せて喋る。「女子会についてきちゃだめよ?」母がよくいたずらっぼく父に言っていたと祖母が話してくれた。こう言えば父は納得してくれるから。
「そうか、またしばらく帰れそうにない。すまないな。」
「いえ、お仕事頑張ってください。」
そう言って父は何やら書類を持って家を出て行った。父の中に私はいない。私は自分の顔が嫌いだ。母の若いころを写し取ったような顔をしているらしい。最初は蒼空は美音に似ているな、だった。今となっては私が私の名前で呼ばれることはなくなった。髪の長かった母に相反するようにショートカットにしたが効果はなかった。私は父を避けるようになり、もともと多忙だった父の仕事はさらに忙しくなった。互いに傷つけないために互いに関わるのをやめた。私に家族はいても家庭はない。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「おはよう。って言っても夕方だけどな。」
「秋吾、私、わたしは、」
籠りつくように問うが、うまく言葉にならない。
「大丈夫だ、分かってる。お前は波羽蒼空。俺の幼馴染だ。」
「うん。」
目を閉じると毛布のような眠気が襲う。
「おやすみ」
「ありがとう、お前がいてくれてよかった。」
彼がいるから死なないでいられる。
夏祭り当日、天気予報が晴れにも関わらずてるてる坊主を七個も作った私をあざ笑うように大雨になった。もともと天気予報を信じる方ではないが今回のことでもう信じないと決めた。一花に連絡すると、また来年行こうね、と即レスがきた。来年という言葉に少しにやけながら来年もあるのかと考える。
「来年まで生きるか。」
死ねない理由を探して今日も生きている。
人はいつ死ぬかなんて分かりはしないのに。それを私は知っているのに。
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