冬
物心ついた時から死と戯れてきた。
私の一番古い記憶は母の葬式だ。三歳ごろだろうか、一枚の写真のように棺桶に縋りついて泣く父の姿がこびりついている。祖母は父が放棄した役目を負うのに手いっぱいで、私のことに気にかける余裕はなさそうだった。そんな私の隣にいたのは隣に住んでいた秋吾だ。幼馴染の彼がなぜか私とではなく、私が手をつないでいる人形と手をつないでいる。その情景がなぜか第三者視点で一枚の写真のように頭の中にある。そんな写真は存在しないのに、着てる服から床の染みまで見えるのだ。それが一番古い記憶。
それから私は祖母に育てられた。その祖母が亡くなったのは十二の頃だ。うだるように蒸し暑く、昨日まで鳴きわめいていた蝉の声がこの日だけぴたりと止んでいたのをよく覚えている。棺桶に入れられて化粧をほどこされた祖母はただ眠っているだけのように見えた。まあ目覚めないだけで眠っているのに変わりはないのだが。どちらにしろ、これから腐っていくものには到底見えなかった。
自分なりに大人たちがみんな祖母が死んだというのだからきっとそうなのだろうと納得していた。この頃読んだ本の通りにアイオライトの石を棺桶に入れてあげた。アイオライトといっても近くの小さな科学館で買った青い石なのだが。その石の本当の名前は今も分からないままでいる。気休めにしかならなかったが、これで祖母は迷わずに済むと心から思った。綺麗に化粧を施され、棺桶に横たわってる母と祖母はとても安らかな顔をしていて、きっと死ぬのはそんなに怖いものではないと子供ながらに思った。母と祖母の死が関係しているかは分からないが希死念慮は私の中で漂い続けている。
まだ硬い制服、使いまわしの机と椅子。緊張した様子のクラスメイト。新生活にふさわしいものが完璧に揃った状態でもどこか俯瞰で見てしまう癖は何だろう。
「じゃあ、次、なみばねさん。」
「先生、なみばねじゃなくてハバネです。」
「あ、ハバネって読むのね、ごめんねぇ先生間違えちゃった。」
のんびりした先生だな。
「波羽蒼空と言います。趣味は文章を書くことです。よろしくお願いします。」
浮いたことを言っているのはわかっている。その上で仲良くしてくれる人が欲しいのはわがままだろうか。
「はばねさん?だよね。」
愛らしい顔立ちをした、背は私より少し低い女の子だ。桜の花が映る、開いた窓から吹く風を受けほんわりと光っている。
「うん。波の羽って書いて波羽。蒼空でいいよ。」
「きれいな名前だね。私、打野一花。よろしくね、蒼空ちゃん。」
話し方から、性格のいい子なのだとよくわかる。きっとクラスのみんなから愛される子になるんだろう。
「ありがとう、よろしくね」。
「文章を書くのが好きって言ってたけど、何を書いてるの?」
「ええと、なんと言えばいいのかな、なんか物語の破片と言うか、序章の序章と
言うか、日常生活で見つけた言葉を書きなぐっている感じかな。」
言い終わって、はたと気づいた。やってしまった。聞いてもらえたのが嬉しくてつい喋りすぎてしまった。
「へえ、写真みたいに綺麗な言葉を切り取ってるんだね。素敵。」
よかった。ちゃんと通じていた、まさかわかってくれる人がいるなんてびっくりだ。
「ありがとう。」
これからもっと仲良くなれたらいい。
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