第14話 集結
11月3日午後。
「
「
「僕は
「
「小栗さんはネット怪談の類にも詳しいはずだ。そもそも【未来の私】の噂はいつから始まったものなんだ?」
「そもそもあの話は、噂と呼べるほどの規模ではないと僕は考えています。僕の持つオカルト界隈の情報網は迅速かつ正確です。真偽の程やネタにするか否かは別として、大小問わず日々無数の情報が網に引っ掛かる。にも関わらず僕がこの話題を知ったのは
ローカルな都市伝説の類ならともかく、画像生成AIなんて真新しいかつ身近になりつつある媒体発祥の噂なんて、あっという間にSNSやネット掲示板を駈け廻りそうなものだが、実際にはそうなっていない。ここから推察するに、【未来の私】に関する情報は、噂が巡って和仁に辿り着いたのではなく、最初から和仁に直接届いたのではないですかね。それを裏付けるような情報もありますよ」
峰行は持参したノートパソコンに生前の
「それぞれフランス語とスペイン語で深夜を表す言葉です。これ以前にはやはりネット上に【未来の私】に関する情報は見当たりませんし、僕には両者が和仁が【未来の私】を実行するように導線を引いたようにしか思えません。あるいは同一人物かも」
「雨谷くんこれって」
「ああ、これで三人目ってわけだ」
「三人目? どういう意味ですか」
「【FUSCUS】の開発者の名前は見たか?」
「いえ、そこまで気にしていませんでした」
「【MEDIA NOX】ラテン語で深夜を表す言葉だ。偶然の一致とは考えにくい。三者全てが同一人物の可能性も十分考えられるな」
早速、情報交換の効果が表れ始めた。深夜を意味する三つの名前が同一人物である可能性には、各々が持つ情報だけでは行き着かなかったかもしれない。
「開発者自らが、噂という体で【未来の私】の情報を標的に吹き込んでるのだとすれば、二輪以外の人達もそうだったのかもしれないわね。趣味でイラストを描いていた
「ひょっとしたら【未来の私】を試すまでは至らなかっただけで、他にも導線を敷かれた人間はいるのかもしれないな」
光賢が口にした可能性に誰もが顔を顰めた。
実際に【未来の私】の噂を試そうとする人間は少数派に思える。その少数が表面化しているのが現在の事件なのかもしれない。標的にある程度の規則性が見えるとはいえ、これは事実上、無差別テロと変わらない。
「被害に遭わなかったのは幸いだけど、どうして小栗さんのところには開発者からの接触が無かったのかしら?」
繭美が問い掛ける。オカルト系の話題を専門に扱う二輪に接触があったのなら、小栗にも同じような動きがあっても不思議ではない。
「自分で言うのもなんですけど、僕は開発者から見たら有名すぎたんじゃないですかね。応援に批判、真っ当な情報提供から怪文書に至るまで、僕の元には毎日たくさんの情報が流れてくる。その中に埋もれてしまうと思ったのかも」
動画投稿界隈の事情はよく分からないが、繭美と光賢には説得力のある意見に思えた。動画投稿者の二輪には一定の知名度があったが、それ以外の被害者はもっと個人的な活動を行っていた。首謀者は情報の大きな拡散は望まず、ミニマムな範囲に留めようとしたのかもしれない。
「開発者については何か掴めてないんですか? 肩書的にそっち方面は、雨谷さんや虎落さんの得意分野でしょう」
今度は小栗の方から情報を求めてきた。オカルトや動画投稿界隈の話題には明るいが、ITの分野はせいぜいパソコンや周辺機器、ガジェットの類ぐらいしか知識は持っていない。
「まだ可能性の段階だが、俺は
「八起深夜ね。ちなみにどんな人物ですか?」
「以前、雑誌の取材を受けた時の写真だ」
光賢は自身のスマホに表示した写真を峰行と瞳子に提示した。峰行は特に心当たりが無かったようで淡泊な反応だったが、意外にも食い入るように写真を見つめたのは、これまではやり取りを静観していた瞳子であった。
「烏丸さん。彼女に見覚えがあるのか?」
「顔には見覚えはないのですが、指輪に既視感があって。すみません、どこで見たのか思い出せません」
結局答えは出せず、瞳子は首を横に振った。確かに特徴的な指輪だが、年頃の少女だし、雑誌か何かで似たようなデザインの指輪でも見たのだろうと、光賢も追及はしなかった。
「今度は烏丸さんに聞きたいんだが、転落死した段について何か気づいたことはないか?」
「ちょっと雨谷くん。そんなストレートに聞かなくても」
遠慮を知らない光賢を、段の死を目撃してショックを受けたであろう瞳子を
「大丈夫です虎落さん。私、何でも話しますから」
予想に反して瞳子は非常に落ち着いていた。瞳子も【FUSCUS】によって危険に晒されている立場にある。解決に協力する覚悟を決めたということかもしれないが、十七歳の少女がたった二日でここまで割り切れるものなのか、繭美には疑問だった。
「最初の異変は、ふらつきでした。段さんが突然バランスを崩して膝をついたんです。直後には確か、視界が黒いとか言って、しきりに目の辺りを擦ったりしていました。音を気にする様子もあったかも。そこからは何もない場所を見て急に怯えだして、錯乱して斎場を飛び出していきました」
「視界不良に錯乱。玖瑠美の時とそっくりだ」
「生前の段さんから、
死の直前に視覚や聴覚に異常が現れた末に何かに怯えて錯乱する。やはりこれが【FUSCUS】に予言された死の、一定のパターンのようだ。
「追いついたのは段さんが転落した橋の上です。その時には段さんは落ち着きを取り戻していて、少しだけ話せました」
「段は何と言ったんだ?」
「恐ろしい怪物から逃げようとした言っていました。これまでに被害に遭った方々も同じ物を見たに違いないとも」
「その怪物とは?」
「私も気になって尋ねたんですが、直後にまた段さんの様子がおかしくなって、答えは得られませんでした」
怪物という、いかにもオカルト染みたワードの登場に、峰行は夢中で瞳子の証言を手帳に記録していく。
対する光賢と繭美は思案顔でお互いの顔を見合った。瞳子の証言は疑っていないし、他の目撃者も段が意味不明な発言をした旨を証言している。段が怪物と口にしたのは間違いないだろう。流石に本物の怪物が段を襲ったとまで飛躍することは出来ないが、例えば段を含む犠牲者達が怪物の幻覚のようなものを見た結果、それから逃れる過程で事故に遭ったと考えれば、一つの筋は通る。
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