第11話 チャンネル登録者数40万人超えですよ

「約束の時間はとっくに過ぎてるのに。何やってるんだよ」


 時刻は午後6時15分を過ぎた頃。名古屋から東京に到着した小栗おぐり峰行みねゆきは、東京駅近くのカフェで待ち合わせ相手であるだん永樹えいきを待っていたのだが、約束の午後6時はとっくに過ぎているのに、段は一向に姿を現さない。


 段の方から指定してきた待ち合わせ場所だし、まさか道に迷っているなんてことはあるまい。連絡も無しに待たされ続けるのは不愉快だし、以前聞いていた番号に電話をかけてみることにした。


 電源は切れていないようで呼び出し音が鳴っているが、十コールを越えても段が電話に出る気配はない。これ以上付き合っていられないと、電話を切ろうと思ったその時、誰かが電話口に出た。


『段永樹さんの携帯電話におかけでしょうか? 私は鈍山にびやま警察署の虎落もがりと申します』

「どうして警察の方が彼の電話に?」

『誠に残念ながら、段永樹さんはお亡くなりになられました。今から一時間半ほど前のことです。段さんの携帯は現在、被害者の所持品として警察の方で保管しております』

「……おいおいまじかよ」


 劇的な展開に思わず素の口調が漏れていた。友人の二輪にわ和仁かずひとに続き、今度は彼の動画制作の手伝いをしていた段までもが亡くなった。段も【FUSCUS】で死の瞬間を見ていたことは把握していたし、二輪が後悔していたように、さらなる犠牲者が出てしまった形だ。


『あなたは小栗峰行さんですよね。段さんの行動や予定を把握するためにスマホを確認させて頂きましたが、今日あなたと会う約束をしていたようですね』


「そうですが。まさか僕が何か疑われているわけじゃないでしょうね? 断わっておきますが、僕は彼と初めて会うために、名古屋から出てきたばかりなんですよ」


『誤解させてしまったのなら謝ります。何もあなたを疑っているわけではありません。段さんの死に事件性はありませんが、その死には【FUSCUS】や【未来の私】の噂が関わっている気がしてならない。あなたはどこまで知っているのだろうと思いまして』


 過去の履歴から、段が峰行とのやり取りで【FUSCUS】や【未来の私】の話題に触れていることは確認が取れている。烏丸からすま瞳子とうこのような例もあるし、峰行もまた事件に巻き込まれている可能性を否定出来ない。


「驚いたな。最近の警察は呪いや都市伝説も捜査するんですか?」


『残念ながら組織だって動いてはいませんよ。これは私が外部の友人と独自に行っている捜査です。【FUSCUS】と一連の不審死の因果関係を証明出来ればあるいは上を動かすことが出来るかもしれませんが、如何せん現状では情報が少なすぎる』


「それは残念。怪異を専門とする特殊部署でもあれば面白かったのに」


 オカルト系の動画投稿者として、思わずロマンを口にしてしまった。流石に不謹慎だったと自重し、峰行は直ぐに取り繕った。


「失礼。今のは失言でした。僕がどこまで知っているのかというお話しでしたね。友人だった二輪にわ和仁かずひとが様々な情報を残してくれたので、ある程度は状況は把握しているつもりです」


『念のためお聞きしますが、【未来の私】の噂を試したりは?』


「サイトぐらいは閲覧しましたが、噂は流石に試していませんよ。二輪からもそれだけは止めておけと念を押されていましたから」


『それは幸いでした。これまでの経緯を見るに、あの噂はかなり危険ですから』


 現職の刑事がそこまで言う程だ。好奇心で噂を試さなくて良かったと峰行は安堵した。同時に真相を知りたいという欲求も強まる。


「一つ提案があるのですが」

『何でしょうか』

「あなた方の調査に僕も加えてくれませんか? ネット界隈やオカルト関係への人脈は広いと自負していますし、きっとお役に立てると思いますよ」

『小栗さんは動画投稿者でしたね』

「はい。チャンネル登録者数40万人超えですよ」


 電話越しの繭美は思案して黙り込んだ。吹聴のリスクを考えれば、発信力のある人間を引き込むべきか悩むが、詳細を把握しきれていない二輪周りの情報や、警察官の繭美やITジャーナリストの光賢にはない峰行のネットワークは魅力的だ。目を光らせるという意味でも、単独で動き回られるよりも、一緒に行動した方が得策かもしれない。一緒に調査を進める光賢も、事件解決に必要なら手段は選ばないはずだ。


『では情報交換も兼ねて、一度顔合わせをしましょう。しばらくはこちらにご滞在ですか?』

「とりあえず三泊分の宿を取っていますが、必要な幾らでも期間を延長しますよ。二輪の弔い合戦のために来ていますから」

『分かりました。可能な限り早く場を設けたいと思います。改めてご連絡差し上げますね』


 詳細は直接顔を合わせてからということで、やり取りは一度締めくくられた。


「面白くなってきたじゃないか」


 これは何よりも優先して追いかけるべき案件だと峰行は確信した。今起きている不可思議な出来事は全て本物だ。友人の二輪の死に対して不謹慎かもしれないが、オカルトマニアの性として、この状況に興奮を覚えずにはいられなかった。


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