第9話

 「……お前、どうする気だった?」

 

 攻撃はされず、男はそんな事を聞いて来る。

 意図がよく分からず、祐平は小さく首を傾げた。


 「こんな状況になって、戦う事もせずにお前は何を目的に動いていたのかって聞いてるんだ?」

 「……いや、そこまでは考えてないです。 ここに一緒に来た子がいるんでその子を探してから考えるつもりでした。 ――探すのに魔導書は必要なんでできれば見逃してくれませんか?」


 もしかしたら積極的に殺したいタイプの人種ではないかもしれない。

 意思疎通が取れる事に希望を見出した祐平はどうにか見逃して貰おうと頼み込む。

 笑実を探すにしても身を守るにしても魔導書は絶対に必要だ。 失う事は死を意味する。


 「……お前、戦闘向きじゃないって言ってたよな? なら何ができる?」

 「知ってる事を教えてくれる感じですね」

 「例えば?」

 「攻撃はしないんで実演して見せてもいいですかね?」


 男が頷くのを確認して第一位階を使用。 男の使役している悪魔の正体を尋ねる

 答えは即座に出た。


 「あんたの魔導書は『07/72アモン』『28/72ベリト』『57/72オセ』の三つ。 これで充分ですかね? もっと喋れって言うなら能力の詳細まで分かりますが……」

 「いや、充分だ。 要は検索機能みたいなものか」

 「まぁ、そんな感じです。 知らない事は知らんって返してきますが」

 「……お前、名前は? 俺は水堂すいどう いさお。 就活中のフリーターだ」

 「潟来かたらい 祐坪ゆうへいです。 専門学生やってます」

 「お前、俺と組む気はあるか?」


 水堂と名乗った男は唐突にそんな事を言い出した。

 正直、手を組めれば最高だが、差し出せるメリットが少ないので見逃して貰えれば上等だと思っていたので提案に驚いた。


 「いや、申し出はありがたいんですけど、ぶっちゃけ俺って戦闘では役立たずですよ?」

 「寝る時の見張りぐらいできるだろ?」


 それを聞いて祐平はあぁと納得した。 魔導書という超常の力を得たとはいえ、扱うのはただの人間なのだ。 疲労もするし、休息は必ず必要だろう。

 なら仲間を見つけて休める環境を作っておくのは賢い選択だ。 

 

 「まぁ、それぐらいなら何とか。 でも、戦闘とかではあんまり役に立てませんが……」

 「そっちは俺が担当する。 お前はその能力で俺に色々と教えてくれればいい」

 「そういう事でしたら喜んで。 よろしくお願いします」


 断る理由がなかったので手を差し出した。 水堂はしっかりとその手を握る。

 力強く、体温が高いのか少し熱い手だった。

 

 

 「――って訳だ」

 「そういう事だったんですか」


 手を組む事になった二人は歩きながら情報の交換を始める。

 水堂は最初の粗暴な印象とは違って話してみるとかなり気さくな男だった。

 魔導書について尋ねるとさっき出くわした相手から取り上げたと素直に答える。


 なんでも子供を殺して魔導書を奪っていた奴だったらしく、引っぱたいて取り上げたらしい。

 そして幸か不幸か水堂はまだ怪物と出くわしていなかったので、存在自体を知らなかった。


 「そうか。 なら、さっきの女子高生、死んだかもしれないな……」

 

 そう呟く水堂の表情には若干の後悔が滲んでいる。

 三冊分持っている理由は取り上げた相手が二冊持っていたからだ。

 女子高生と聞いて笑実の事が頭に過ぎったが特徴が一致しないので間違いなく別人だった。

 

 「そういや、あのガキ自分が勝つとか訳の分からない事を言っていたが、何だったんだ?」

 「もしかしてその女子高生の持ってたのって『28/72ベリト』の方じゃないですか?」

 「多分そうだな」

 「だったら騙されてましたね。 『28/72ベリト』って未来の事を教えてくれるみたいですけど、結構な割合で嘘を吹き込んで来るので信用しない方がいいみたいです」

 「おいおい、マジかよ。どうりであのガキ、自身満々だった訳だ。 そういう事だったら使わない方がいいかもな」

 「そんなに強くないみたいなんで尚更使わない方がいいですね。 あ、先にでかい巨人みたいな奴がいるんで別の道行きましょう」


 戦闘面で頼り切りになりそうなので祐平は別の面で貢献しようと暗視で先を見て、安全を確認する作業を請け負っていた。 


 「いや、マジで助かったぜ。 魔導書使用の代償ってそんなに重かったのか?」


 簡単な情報交換を終えれば互いの事情説明を兼ねた雑談だ。

 祐平の齎した情報――特に魔導書使用のコストに関してはかなり喜ばれた。

 水堂を騙そうといった気持ちは毛頭なく、祐平は情報の出し惜しみをせずに全力で彼の味方をして信用を勝ち取るべく素直に全てを吐き出した。


 「なるべく戦闘では第二位階までに留めた方がいいと思います。 三以上は気軽に使わないようにしましょう」

 「あぁ、俺も早死にしたくないし、それでいいだろ。 ところで俺の手元には三冊分あるんだが、複数同時に出せたりはするのか?」

 「ちょっと待ってください聞いてみます――あぁ、いけるっぽいですね。 ただ、同時に使うと消耗が激しくなるみたいなんで、第三使うよりはマシみたいですけどぽんぽん使わない方がいいです」

 「ほー、それにしてもお前の悪魔、かなり便利だな」

 「確かに便利ではあるんですけど、戦闘能力皆無なんで同じ魔導書持ちに襲われたら即死ですよ」


 『11/72グシオン』は確かに便利ではあるが、強くはないので荒事になると途端に役立たずになる。

 祐平からすると水堂の持っている『07/72アモン』の魔導書こそかなり羨ましかった。

 炎を纏った狼の悪魔。 シンプルだけに純粋で強い。 こと正面からの戦闘では早々負ける事はないだろう。


 ただ、寿命を消費する事を知らなければその力に溺れて調子に乗っていたかもしれないと考えるとこれで良かったとも思っていた。

 

 「取りあえず方針としては仲間になってくれそうな人を探して団結するって感じですかね?」

 「あぁ、こんな状況だ、裏切りとかの警戒も出るだろうが、俺としては人間の善性ってやつを信じたいからな」

 「俺も笑実を探したいんで、方針には賛成ですね」

 

 少なくとも笑実はどんな力を手にしたとしても呑み込まれるような事にはならない。

 祐平はそう信じていたので身を守れる魔導書を引き当ててくれと祈るばかりだった。

 

 「そういや、その笑実って子は彼女か何かなのか?」

 

 水堂の質問に祐平は肩を竦めて見せる。


 「よく聞かれますが違いますよ。 可愛い娘ではありますが、付き合うとかヤりたいかとか聞かれるとうーんってなっちゃいますね」


 嘘ではなかった。 

 祐平は笑実の事を妹のように考えており、好きか嫌いかで尋ねられると間違いなく好きだと即答できる。

 だが、踏み込んだ関係になるのかと自問すると首を捻ってしまうのだ。

 

 果たして自分は笑実に異性を求めているのだろうかと。


 「そんなものか?」

 「そんな物なんですよ」


 二人はやや打ち解けたやり取りをしつつ先へと進む。

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