第4話

 「……あぁ、クソ。 マジかよ」

 

 提示された能力の使用に必要な寿命を知って祐平は頭を抱える。

 寿命。 そう寿命なのだ。 まだ若い祐平にはそこまでピンとこない概念ではあるが、単純に考えて一日減れば一日早く死ぬと考えるなら気軽に使えないのは分かり切っている。


 それを踏まえて寿命をどれだけ使うのかというと――

 まず第一位階。 これは悪魔の能力を限定的に扱えるというもので、能力によってばらつきがある。

 直接影響を及ぼす能力、つまりは攻撃したり傷を癒したり空を飛んだりする能力は消耗が激しい。


 ちなみに「11/72グシオン」の場合は質問とそれに対する回答のみなのでかなり軽い部類に入る。

 二回で一日らしい。 要は一回質問をするだけで十二時間の寿命が持って行かれるのだ。

 せめてもの救いは質問に対する回答が成立した場合のみの消耗になるので、位階が足りない、または「11/72グシオン」が知らないと回答した場合は発生しない。


 そういう点は割と良心的だなと思うが、支払いの料金が大きすぎる。

 次に第二位階だが、悪魔の実体化が可能だ。 戦闘に関してはこれがメインになる。

 要はゲームとかでよくある召喚獣のように呼び出して戦わせる事だ。


 比較的、消耗も少なく、身を守る為にも寿命を守る意味でも使って行かなければならない。

 代金は呼び出すだけで寿命一か月、その後は維持の為に秒刻みで持って行かれる。

 

 ――ヤバすぎる。


 これは「11/72グシオン」の能力で知る事ができたのだが、他の連中は知らずにこれを使っているのかと考えると震えがくる。 そして第三位階はさらに危険だ。

 悪魔と融合してその能力を限定的に扱えるようになる。 攻防一体なので追い込まれれば使用の選択肢に上るが、料金は寿命半年で使用した後は同様に維持で持って行かれる。


 そして第四位階は第三位階の能力拡張版で、更に強大な力を振るえるが料金は数年になる。

 「11/72グシオン」は戦闘向きではないのでそこまで強くない代わりに消耗は抑えめだ。

 そう、数年でも抑えめなのだ。 特に戦闘に特化したタイプの悪魔は使っただけで五年から十年は吹き飛ぶらしい。 加えて維持費を支払わなければならないので、下手に使うとギリギリ十代の祐平ですら数度の使用で破産する。


 ――何だこれは……。


 そしてとどめに第五位階。

 これは悪魔の力を完全に扱う事ができる魔導書使用の奥義で、使っただけで数十年は吹っ飛ぶ。

 当然、維持費も膨大だ。 恐らく誰であろうと一度使えば破滅するので、冗談抜きで命と引き換えの切り札となる。


 「これ、代償がどんなもんなのかはっきり分からないってのがヤバすぎるだろ」


 祐平は思わずそう呟く。 「11/72グシオン」の能力を使用しなくても大きく消耗する事は分かるが、具体的に何を使うのかまでは分からない。 

 この場所に何が出るのかは不明だが、使わざるを得ない状況になる事は明らかだ。

 

 ズシンと背後から足音が響く。 祐平は恐る恐る振り返ると闇から滲み出るようにそれが現れた。

 

 「嘘だろおい……」


 身長は六、七メートル。 形状は人型。

 筋骨隆々とした体躯に下半身は毛に覆われており足は蹄。 

 そして頭部は――牛? 手には剣呑な輝きを放つ柄の長い斧。


 「み、ミノタウロスってやつでいいのか」


 ミノタウロスはフーフーと荒い息を吐きながら口の端から涎が泡になって漏れている。

 明らかに話が通じる相手ではないので、祐平はなんの躊躇もなく魔導書を前に突き出し使用。


 ――<第二レメゲトン:小鍵テウルギア 11/72グシオン


 魔導書の第二位階、悪魔の限定的な召喚だ。

 それにより悪魔「11/72グシオン」がこの世界にその姿を現す。

 現れたのは紫色のローブのような布を纏った――猿?だった。


 疑問符が付くのは猿にしてはしっかりと背筋が伸びており、身長も高い。

 百七十後半ある祐平よりも上なので、かなりの長身と言える。

 普通の猿ではないのは見れば分かるが、あまり強そうに見えなかったので大丈夫かなと内心で不安を抱くが縋る相手が他にいないので祈るような気持ちで指示を出す。


 「あいつを何とかしてくれ」


 猿――「11/72グシオン」は小さく頷くとペタペタと足音を立てるとミノタウロスへすっと手を翳す。

 ミノタウロスは大きな咆哮を上げると斧を振り上げるが、不意に止まった。

 「11/72グシオン」が何かブツブツと呟くとミノタウロスは斧を下ろす。 さっきまでの興奮した様子は鳴りを潜め、血走っていた目には理性の輝きが灯っていた。


 「11/72グシオン」が頷いて見せるとミノタウロスは踵を返して去って行った。

 

 「な、何があったんだ?」


 ――ミノタウロスの敵意を消し去った。


 答えを期待しての質問ではなかったが、しっかりと答えが返ってきた。

 「11/72グシオン」は対象の敵意を好意に反転させる事ができるらしく、それによってミノタウロスの敵意を消し去って追い払った。 好意に反転できるのなら味方につける事も出来るのではないかと思ったが、第二位階では消去が限界で反転は第三位階以上との事。


 「そこは別料金って事かよ」 


 質問が終わると「11/72グシオン」の姿は空間に溶ける様に消え去った。

 これは勝手に消えたのではなく、祐平が戻るように指示した結果だ。

 維持費も馬鹿にならないので用事が済んだら即座に戻した。

 

 ミノタウロスと遭遇してから撃退まで僅か一分と少し。

 たったそれだけの期間で寿命を一か月支払ったのかと考えると頭が痛くなる。

 

 ――落ち着け。 今は助かった事を素直に喜ぼう。


 命の危機だったが無傷で乗り切った上、魔導書の使用もある程度は把握した。

 そしてこの訳の分からない場所に危険な生き物が歩き回っている事も知れたのだ。

 一か月を支払った価値があったと思い込もう。 祐平は何度も深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 落ち着いた所でこれからどう動くかだ。 

 魔導書の完成などは一先ず脇に置いて笑実を探す所から始めよう。

 取りあえずミノタウロスの来た方向とは逆に歩き出す。 


 ――まずはここがどういったものかを知る必要がある。


 「11/72グシオン」に頼るのも選択肢としてはありかもしれないが、今の所は分かれ道の類も見つからないので何か見つかるまでは温存するつもりでいた。

 歩きながら周囲をぐるりと見回す。 あのミノタウロスが楽に歩けるだけあって広い。

 

 そして視界もそう広くなく、最低限の光源こそあるが壁際に着くと反対側の壁が見えない程度には見通しが悪い。 ついでに未来の見通しも最悪だった。

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