第5話
盤上の駒は全て配置され、各々が動き出した。
配置した駒の数は七十。 ゲームの舞台は彼が用意した巨大構造体。
迷路のような複雑怪奇な構造は大迷宮と呼べるだろう。
彼の居る場所は広い空間に中央に簡素な机と揺り椅子。
キイキイと椅子を揺らしながら視線を斜め上の中空に向ける。
本来なら何もないはずだがそこには図面のようなものが浮かんでおり、全体に散らばるように光点が瞬き、動いていた。
光点は青と赤の二種類。 青はプレイヤー、赤はエネミーとして配置したクリーチャーだ。
このゲームには彼が定めた明確なルールが存在し、それに則って進行される。
クリーチャーはプレイヤーを襲うようにできており、一定時間置きに追加が出現する仕組みとなっていた。
その為、減らさなければ増えていくのでプレイヤーは否が応でも戦わざるを得ない。
付け加えるなら最初に提示した通り、最後の一人になるか何らかの形で決着が着くまで出られないのでクリーチャーを仕留めたとしても他のプレイヤーが残っている限り永遠に彷徨う羽目になる。
つまり盤面のプレイヤー達はクリーチャーを排除しつつ、他のプレイヤーを殺害して魔導書を奪う必要があるのだ。 そしてこのゲームを勝ち残るにはもう一つ必要な事があるそれは――
「始まったか」
彼は膝に乗せている魔導書の表紙を撫でながらある一点に視線を向けた。
そこでは青い点が二つ、接触しようとしている。
「やれ、ぶっ殺せ!」
「返り討ちにしろ!」
主成は大学生で、フードコートで食事をしていたらこの一件に巻き込まれた。
今回の一件に巻き込まれて不安だったが、唐突に与えられた魔導書という人知を超えた力に酔いしれていた。 悪魔を召喚し、使役する。
試しに使った時の興奮は記憶に新しい。 代償に魂の一部を消費すると聞いていたが、よく分からなかったので精神力的なものだと勝手に解釈した。
要は疲労するので疲れたら引っ込めればいいと考えているのだ。 そんな彼は道中に出くわした巨大な犬のような怪物を返り討ちにし、しばらく歩くと広い空間に出た。
そこには先客がいたが、怪物を容易く屠れた事に気を良くした彼は魔導書を寄越せば手下にしてやると上から目線でそう告げたのだ。 その後の展開は早く、少々の言い合いの後に戦闘に突入した。
対する林下はフリーターでバイトに行く前に食事を済ませようとフードコートで持ち帰りのハンバーガーを購入したところで巻き込まれた。
血の気が多い方ではなかったが、いきなり横柄な態度を取る主成の態度が腹に据えかねたのか戦う事を選んだ。 それぞれが魔導書を翳し、悪魔を呼び出す。
――<
――<
主成が呼び出したのは『
林下が呼び出した『
奇しくも両者とも体長数メートルの犬に似た悪魔だったが、主成は勝ちを確信していた。
同じ犬なら頭が三つもある自分の悪魔の方が強いと。
二体の悪魔はもつれあうように互いに噛みつき、爪を立てる。 『
ゾブリと首元から入った爪が胴体を斜めに引き裂いて『
「おい! ふざけんな! それだけ頭があるのに負けてんじゃねーぞ!」
さっさと反撃しろと叫ぶが、戦う力が残されていないのか『
『
「あ、あぁ……」
「は、さっきまでの威勢はどうしたよ? どうせお前みたいなのはしつこく粘着してきそうだしここで死んどけよ」
林下は『
悪魔は主の命令を受けて主成へ向けて飛びかかる。
「クソが! こうなったら<
「最初から使っとけよ間抜けが!」
グシャリ。 主成は魔導書の能力を再使用する間もなく『
上半身が熟れ過ぎた果物のように爆ぜて地面に放射状のシミを作る。
「ざまあみやがれ! あぁ、クソ汚ねぇな……」
殺人を犯した忌避感を勝利の高揚で打ち消した林下は血に塗れた主成の魔導書を拾い上げる。
すると魔導書のページが勝手に外れて林下の魔導書へと移動した。
あぁ、こうなるのかとぼんやりと考え、二体分のページ数になった魔導書へと視線を落とす。
彼は進んで人を殺したいとは思っていなかった。
だからと言って黙って学のなさそうな馬鹿男に従う事も出来ず、命のやり取りになったのだ。
結果として人一人の人生を終了させた事が徐々に冷えて来た頭に沁み込んで来る。
いや、汚濁のように広がっていた。
元々、彼は一人で不安だったので仲間を見つけようと思っていたのだ。
だが、その選択肢が彼の中から消え失せようとしていた。
何故ならページの増えた魔導書を見れば誰かから奪った事は明白。
間違いなく、他の人間は自分の事を殺人者だと思うだろう。 仮に正当防衛だったと説明したとしても誰が信じるというのだろうか? 少なくとも自分は信じないと林下は断言できた。
仮に信じられたとしても疑念は確実に植え付ける事となる。
こいつは人を一人殺している。 自分も殺されるのではないのかと。
疑念は疑惑に変わり、疑惑は不安へと転じるだろう。
そして最後は林下を殺す事で不安を解消しようとするかもしれない。
これは林下の思い込みで、話せば分かってくれる者もいるかもしれない。
もしかしたら他の巻き込まれた者達と一緒に脱出を模索する未来があるかもしれない。
全てあるかもしれないだ。 問題はその可能性を林下自身が信じる事ができるかにかかっている。
――無理だ。
考えるまでもない事だった。 彼は自分基準で物事を考える傾向にあったので、自分が疑う事は他人も疑うと根拠なく信じており、それにより彼の進む道は決定する事となる。
それはつまり、他の参加者から魔導書を奪い。 このゲームに勝ち残る事だ。
こうして林下は主催者の意図した方向へと転がり落ちる事となった。
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